・・・ーー

  皿の上に盛られた料理は、一見すると、ひどく簡素なものに思えた。少量の温かい米の上に、鎮座する半熟の卵。ソースもタレもかかっておらず、味気のない雰囲気だ。学友考案のこの料理に、俺はわずかなネーミングセンスをもって、「ドームシェルター・チキンカレー」と名付けた。

「いいか、見てろよ……」

 テーブルに乗り出した犬は、耳をぴょこぴょこさせながら、じっと料理を見つめている。俺は銀色のスプーンで、とろけそうな球状の卵に、すっと一筋、線を入れた。


 ――それはまるで、小さい頃に憧れた、夢と希望のようだった。ほんの少しのきっかけで、柔らかな白身はふるりとほどける。そして、滑らかな舌触りの黄身とルーが、白米の上に零れ落ちた。


「わん!」

 俺の気持ちを代弁するかのように、犬は尻尾を振りながら、くんくんと鼻を動かした。俺が話し掛ける相手の中で、この鼠色の犬だけが、最高の言葉を返してくれた。

「どうだ、美味そうだろ」

「わん!」

 犬は俺に鼻を寄せ、長く湿った赤い舌で、ぺろぺろと俺の顔を舐める。俺が鶏肉の欠片を分けてやると、満足そうに頷いて、もう一度「わん」と鳴いた。

「うん。美味いな」

 ルーと卵が一つになって、口の中で広がる感覚。その味はどこか懐かしく、古びたフィルムを再生するかのような、遠い昔を思い出させた。

「……そう言えば、毎週日曜日の夜は、カレーライスの日だったな」

 家族で囲んだ丸いテーブル。兄弟でケチをつけ合った肉の量。それを笑う母親と、黙々とカレーを食べる父。……過ぎ去ってしまった日常は、決して巻き戻されることなく、記憶の彼方で色褪せていく。当たり前だからこそ、目を反らしたい事実だった。

「ああ、まいったな……。こんな気持ちに、なっちまうとは……」

 ……心なしか、チキンカレーの輪郭が、涙の色で滲んでいる。こんな気分にさせるとは、あいつにもう一つや二つ、文句を言う必要が出てきたな。俺はそう思いながら、一気にカレーをかき込んだ。

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