エピローグ
「いやあ、いい天気だ。あ、お代わり要ります?」
「もらおう」
日向の草原の上。男と竜は草の上に敷いた布の上で昼食を広げていた。
竜は男からパンを受け取り、口に放りこむ。見ているだけでお腹が膨れそうな喰いっぷりの隣で、男は手から橙に輝く炎出すと薄く切ったパンをこんがりと炙り、その上にぽとりとバターを乗せて溶けた所にりんごジャムをこれでもかと塗りたくった。
それにざくりと歯を入れつつ、男は今朝配られた知らせに目を通す。
「ほう。帰らずのダンジョン遂に突破者現る、ですってよ」
そこには入ったものは誰も帰れないと言われていたダンジョンを踏破した者がついに現れたという見出しが華々しく載っていた。
「我は人間になど興味がない。それより我のパンもこんがりせよ」
「はいはい。へえ、踏破したのは男女の二人組。どんな時も冷静に物事を見極める男と異例の若さにして頭一つ抜きんでた天才魔女」
「ジャムも」
「はいよ。へえ、二人は互いを信頼する真の相棒だと答えている……。いいねえ、こういう関係ってのは」
「ふん。人間など所詮ただの愚かな生物にすぎん」
「旦那がそう言って食べてるパンは人間が丹精込めて発明したんですけど?」
「……食い物に対する意地は認めんこともない」
「大体あんたがつるんでる僕だって人間でしょうが」
「主は違う」
「似たようなもんですよ」
男はそう言って残ったパンを全て口の中に収めた。
「あー美味い。体に悪くて飛び切り美味い」
指についたバターも行儀悪く舐めとって男は笑った。オレンジの髪が日の光に照らされて、キラキラと輝いた。
※※※
はるか昔。一人の子が忌み子として迫害されながら育っていた。
彼は目が見えず、言葉も話せない。そんな子を、村の人間は気味悪がった。
そしてとうとう両親は彼を捨ててしまった。万が一にも生きて帰ってくることのないよう、竜の住まう谷に子を突き落とした。
「ベントウ?」
「持ち運べる食事です。今まではあんな不味い干し肉しかなかったが、僕の魔法を応用すればこれで旅先でも美味いものが食べられるようになる」
「それを売るのか、人間に。主を捨てた者たちに」
しかし子は生きていた。死にかけの竜の血だまりへと落ち、数万年生きる竜の血を浴びたからだ。血に髪を染めながら子は強い竜の力を受けた。
健康になった子は懸命に竜の看病をし、見事に息を吹き返す。人間嫌いの竜ではあったが、彼も自らの恩人を蔑ろにするほど考えを止めてはいなかった。
「僕を捨てたのも人間なら、旅先で僕に親切にしてくれたのもまた人間です」
「我は人間が嫌いだ。我の宝石角を私欲のままに折り、幼い命をいとも簡単に押し付ける。人間が嫌いだ」
子と竜は旅を始める。子は若いまま時が止まってしまったようで、一所に留まることができなかった。
旅は過酷で険しく、冒険者用の干し肉を共に顔を顰めて食べたこともあった。こんな不味いものをと子と竜は驚いた。
子は長い長い旅の中で人から料理を、竜から魔法を教わった。そうして何百回目の春のこと、子は竜に「冒険者のために美味しい食事を作りたい」と言い出した。
「何故、お前はそのように強い。何故、憎しみを忘れる。何故……」
「……冒険者は未開の地を切り開く者。知らない世界を繋ぐもの。彼らのおかげで分かったことは多くある」
未開の地にあった資料で奇病がただの流行り病になった。少数とされていたことが昔は一般的だったと分かった。
知らないことは恐ろしい。無知ゆえに解決せず、無知ゆえに切り捨てる。
子は賢かった。目は見えずとも口もきけずとも、人間が得体のしれない自身を恐れていると分かっていたのだ。だかこそ捨てられたとも。
それはただの病気だったかもしれないし、先天性の障がいだったのかもしれない。しかし彼らは知らなかった。それ故に彼を捨てた。
竜の力の影響か、髪も目の色も変わった子は言う。
「冒険者たちのが冒険が少しでも進むのなら。僕や旦那みたいな数少ない誰かが、泣かなくても済むかもしれないでしょう?」
※※※
「なあギル。まだ弁当を作るのか? そろそろ隠居してもいいんじゃないか?」
「んなこと言って、旦那が独り占めしたいだけでしょ」
「そそんなことはない!」
「……ともかく僕は前にも言った通り冒険者に新しい世界を広げてほしいんですよ。
異常を異常のまま排斥する世界はごめんですから」
それに、ねえ。
男は風にひらりと髪をなびかせる。夕日の川のようなそれは、日の光に透け、黄金に光る。
「美味い飯を作ってると、僕もここにいていいんだって。そんな気になるんです」
男の細い目の奥で緑の目が光る。
瞼の内に隠されたそれは、まるで秘められた宝石のようだった。
彼は今日も弁当を作る。
冒険者たちの、そして自分のために今日も笑顔でこう言うのだ。
「いらっしゃい! ざっくりとしたご要望をどうぞ!」
冒険者たちのお弁当 きぬもめん @kinamo
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