5、初心者冒険者のお弁当

「……あの、ごめん」

 その時、急な謝罪にラックは目を丸くする。

「私が、変なこと言ったから。こんなこと」

「………いや、まあ。ムカついたのは確かだけどさ、本当のことだし。それに、挑発に乗ったのは俺だしな」

 家の言葉を振り切ったつもりになって縛られていたのは間違いのない事実だとラックは言うが、メルデはぶんぶんと首を振った。

「違うの。ラックだけじゃない。私も、私だって焦ってたの」

「メルデが?」

「早く認めてもらわなきゃって、それで……わざと一番嫌なとこをついた」

 若き魔女はうなだれながらそう言った。


「私、天才だったおばあ様の後継者だったから。お母様は魔法はからっきしだったし、私が継ぐんだって信じてた。魔法だって小さい時から使えたもの」

 メルデが若者となった時、彼女の祖母は亡くなった。

 継ぐ時が来たと彼女は思った。しかし、皆は別の優秀な老人を彼女の祖母の後釜に据えてしまったのだ。

 そのことに彼女は怒りに震え、周囲に言って回った。

「どうして私じゃ駄目なんだって。そしたらね」

 大人たちは彼女にこう言ったと言う。

「『お前が彼女のような魔女になるには。これは村の掟だ』だって。もっともっと衰えた者が魔女としてふさわしいんだって」

「若すぎるって、俺と同じくらいの年じゃないのか?」

「魔女の家系は長生きだから。私が皆に認められるには少なくとも九十は超えないといけないって」

「きゅ、九十⁉ そこまで待たないといけないのか?」

「おかしいわよね。今だって私は誰より魔法が使いこなせる自信がある。なのに、ただ若いってだけで魔女にふさわしくないなんて」

 もっともな理由があるのなら彼女だって納得できた。けれどそれが歳というあまりにもどうにもできない事実に納得などできる訳もない。

「だから認めさせてやろうって思った。魔女として私が歳をとってなくてもおばあさまの教えを継ぐにふさわしい子だって」

「……だから、俺を焚きつけた?」

 彼女はこくりと頷いた。


「ダンジョンに入ってお宝を手に入れてさ。すごい魔導書を持って帰って見返す

つもりだった。すごいね、やっぱりあなたがふさわしいって」

 でも駄目だね、と彼女は言う。その目はうっすらと涙の幕が張っていた。

「こんなんで、あんたまで危険に巻き込んで。やっぱり、みんなの言う通り、魔女になんてふさわしくない。おばあ様みたいな、偉大な魔女になんか」

 その言葉を最後に沈黙が降りる。お互いに何を言うべきか、悩んでいるようだった。

「ごめんね。もう一緒にいなくてもいいからさ」

「……そりゃ、ここから出られたらの話だろ」

「うん。それも、そうだね。本当に、巻き込んでごめ―――」

 しかし、彼は遮るように言う。


「メルデ。俺はんだぞ」


 その言葉にメルデがはじかれたように顔を上げた。

「え、な、なんで―――?」

「お前の言う通り、俺は家から逃げながら家の言葉に縛られていた」

 無能と馬鹿にしてきた彼らを見返すために、自分も何かできると証明するために冒険者になった。

「だけど実際は兄たちに言われたままにしか行動できなかった。自分なんてこれがお似合いだって、優秀じゃないって。貶めてきた」

 身の丈に合わないことをするな。そう言われ続け思い続け、何もできないのだと考えていた。事実、弱いモンスターにしか安心して立ち向かえなかった。


「でも、メルデが俺を変えた」

「私、が?」

「あんたが無理にでもここに連れてきてくれたから、俺はあの堂々巡りから一歩踏み出せたんだ」

 このダンジョン自体は確かにまだまだモンスターは弱いものだろう。しかし普段ラックが相手をしているものに比べれば、危険性は数段上がっているはずだ。

 だがそれにもかかわらず、ラックは倒すことができた。彼自身が思っているよりも力がついていることに、彼自身が気づいたのだ。

 兄たちがずっと言っていた「身の丈」がいつの間にか大きく変わっていた。

「あんたが連れてこなかったら俺はずっとあそこから出られなかった。だから少なくとも俺は、感謝してる」

「ラック……」

「でもまだまだ俺は臆病だ。だからさ、まだ離れられるとちょっと困る」

 それにまだ魔導書だって見つけてないだろう、と彼が手を伸ばせばメルデは潤んだ目をぐいっと拭って笑いながらその手を掴む。


「っ、本当に、世話が焼けるんだから」

「はは、でももうあんな焚き付け方はやめてくれよ。言えば分かるんだから」

「分かってるわよ。もう」

 そう言って二人は立ち上がった。いつの間にか狼の姿はない。またモンスターが寄ってくる気配がしたが、二人の体は先ほど食べたものでやる気に満ち溢れていた。

「さて、まずは生きてここから出ないとな。メルデ、魔力は?」

「じゅーぶん! さあて見てなさいよ。メルデ様のとびっきりの炎魔法であんたたちなんか―――」

 ぼうっとやる気を見せるように彼女の杖が炎を纏う。しかしその炎を見た時ラックが叫んだ。

「止まれ!」

「っ、な、なによ?」

「………炎の向きが、後ろに流れている」

 炎の先はメルデの後ろへと引っ張られるように伸びていた。炎が靡くと言うことは、風の流れがあるということ。そしてここは窓などないダンジョン。空気が出ていく先と言えば一つしかない。


、だ」

「え?」

「メルデ、その炎を絶やさないようにしろ! ここから出られるぞ!」

「わ、分かった!」

 そうと決まれば一目散。彼らは炎の向きに向って走り出す。二人の足取りはとても軽いものだった。

 走りながら明るい声で彼が言う。

「結局、お宝は見つからなかったし騙されるは遭難するわ散々な冒険だ。出口の方向も分かったし、ここから宝さがしにでも切り替えるか?」

 その言葉に彼女は不敵に笑ってこう返す。

「冗談。命あっての物種だもの。それに攻略法だって分かったことだし、今度はもっと楽にお宝が手に入るわ! もちろんあんたも手伝うのよ!」

「そうだな。今度は干し肉じゃなくて弁当でも持って!」

「あの地図詐欺師もぶっ飛ばしてからね!」

 二人の頭にはすでに未来が満ち満ちている。

 暗いダンジョン内を駆けあがる二人の足音は高く迷宮に響きながら、そしてやがて聞こえなくなっていった。

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