2、初心者冒険者のお弁当

 蜃気楼の迷宮ミラージュラビリンス

 読んで字のごとく蜃気楼のように道を変え冒険者を惑わせるこのダンジョンは、前に入った時とは全くの別空間になっていたなんてことも珍しくない。

 出現するモンスターはさほど強力ではないものの、ダンジョン自体が持つ特性がダンジョンマップ作製を困難にしている。しかしその特性上、まだ見つかっていない魔導書や宝石が多くあると考えられ、このダンジョンに向かう冒険者は絶えることがない。

 

 経験のある冒険者であっても一歩間違えば迷い込むようなダンジョンではあるものの、さりとて解決策がないわけでもない。

 ただそれは前段階でその情報を確認していればの話だ。



「……ねえ、ここどこ?」

「………知らん」

「知らないって何よ! さっきダンジョンマップ買ってたじゃない⁈」

「そのマップが何の役にも立たないから言ってるんだ!」 

 ダンジョン入り口で買ったマップをぐしゃりと握りつぶしながらラックは言う。

「くそ、途中まではこれで大丈夫だって話だったのに」

 騙された、とラックはマップとは一切食い違う迷宮に頭を抱えた。昔からこういった詐欺行為は後を絶たないと言うのに、はやる気持ちのあまり彼はそれをすっかり失念していたのだ。


 石造りの内部はひやりと冷たく、細い道が幾本にも伸びている。その先は暗く、進むことでしか奥を確認することができない。

 同じような構造の連続に自分がどこにいるかも分からなくなり、同じ場所をぐるぐると回っているんじゃないかという考えが二人の頭をよぎる。

「で、でも。さっきつけた傷がないじゃない。ならちゃんと前には進んでるでしょ?」

「そうだと思いたいけどな」

 もちろんここはミラージュラビリンス。傷自体丸ごと変わっているからそんな目印など意味をなさないのだが、この二人には知る由もない。彼らが今できることと言えば、どこに繋がるかも分からない前へと進みながら時折現れるモンスターを狩ることくらいだった。

 

「っまあ、歩いてればいずれ出れるでしょ! ほら、そっちに行ったわよラック!」

「意外と戦えるもんだな、こんな状況でもっ!」

 そう言っている間にも骨で作られた鋭い角をこちらに向ける骨纏いの虫ボーンバグズをメルデが灼熱の魔法で焼き払う。全てを完全に仕留めきることができないまでも、突貫してくるものはラックが的確に弱点である翅の中心へと剣を突き立てていく。

 相手が何者だろうと豪快に魔法を使うメルデと、緻密に勉強したことを活かすラック。

 正反対の二人の戦い方はお互いの部分を補うようにぴたりとはまっており、次々襲い来るモンスターを蹴散らしながらも二人の歩みは軽快に進んでいった。



※※※



 しかしその軽快さ長くは続かない。

「…………ねえ、今どこら辺?」

「………分からん」

「……分からんってなによ……」

「話すな……余計な体力を使う……」

 度重なる戦闘で魔力は枯渇し、体力も限界に近いと言うのにまだどこにもたどり着かない。

 このままでは迷宮で迷い続けては危ないと来た道を戻ろうと方向転換したものの、いくら歩いても出口は見えない。

 どのくらい歩いたかも分からず、日が見えないダンジョンでは時間がどれほど立ったかも分からない。同じ光景がぐるぐると続くさまに彼らの神経もだいぶ参っていた。


「……ねえ、あのまずいやつ。まだある?」

「何度も言っただろ。……お前が食べたやつで最後だよ」

 食料も水も底をつきかけていた。初めこそまずい干し肉に文句を言っていたメルデも最後には無言で口にするほど空腹に追い詰められていた。

 何もないという事実に彼女の顔がくしゃりと歪む。あまりの空腹と長く続く死への恐怖から体が守ろうとしているのか、彼女は軽い幼児退行を起こしていた。

「やだあ……私たちここで迷って死んじゃうの……? そんなのやだぁ……!」

「泣くなよ。今はお前の幻惑魔法が頼りなんだぞ」

「だって、だってぇ……」

 どうにか魔法でモンスターの目をくらませている今、メルデが倒れることは彼らの死を意味する。しかし彼女はべそべそ泣きながら言った。

「最期に食べるのがあんなまずい干し肉なんて、そんなのやだあ……」

「……俺だって、食べられるもんなら食べたいさ。でも……」

 こんなことになるなら、やっぱり身の丈に合わないことなんてするんじゃなった。

 ラックの脳内には彼を見下し笑う兄たちの姿がある。「役立たず、無能」そう言う彼らの姿が。


「美味しいもの、食べたいなあ……」

「………そうだな」

 空腹で頭が回らない。出てくるモンスターは虫ばかりで、二人は戦う体力すら残っていなかった。

 ラックは冒険者用の鞄を漁る。ひょっとして底に干し肉の一枚くらいへばりついているのではないか、しかしそんな淡い希望も干し肉を包んでいた袋から破片一つ落ちてこない事実に打ち砕かれる。

「くそっ、やっぱり俺たちは――――」

 しかし、肉の代わりのように一枚の紙が落ちてくる。

「………なんだ、これ」

「なに⁈ 食べ物?」

「いや、紙だ。なんでこんなものが……。あ、そういえば」

 そこでラックは干し肉を買った店で渡されたものだと思い出す。店主が「いらないと思うけど、こいつも入れておくよ」と、渋い顔でねじ込んでいた。

 

 紙を見ればそこには「初回無料サービス券」と書かれていた。

「何だこれ。冒険者限定、弁当サービス?」

「何? 何が書いてあるの?」

「いや、俺にもよく分からないんだが……これは店名か?」

 大きくサービスと書かれた隅には店の名前の名前なのか小さく「弁当屋、ギル」と書かれている。裏にひっくり返せば馬鹿馬鹿しいほど明るい文字で


「ざっくりとしたご要望をどうぞ!」


 と書かれていた。


「……ね、ねえ」

「は、はは。なにが無料サービスだ。馬鹿馬鹿しい。今こんな紙っ切れ、あったってなんの役にも立たねえじゃねえか!」

 ラックの手の中でぐしゃぐしゃと紙が潰れていく。何もできない何もならない役立たずの紙。まるで自分自身のような。

「ちくしょう……ちくしょう……冒険者限定サービスだっていうんならここまで食料の一つでも持ってきやがれってんだ!」

 無力さに叫んだ、その時だった。

 彼の持っていた紙がぼうっと光を放ったかと思えば、ただの紙はラックの手を離れまるで蝶のようにふわふわと飛んでいく。

「な、にが」

「ラック! あれ魔法よ! 魔法! 紙に魔法が込められてる!」

 そして蝶は時期見えなくなった。呆然とする二人を置いて。

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