1、初心者冒険者のお弁当

 ある二人の若者がいた。

 一人は家族を見返すために、もう一人は仲間に認めてもらうために冒険者を目指した。

 迷宮から生還した二人は言う。

「あれがなければ死んでいた」と。



※※※



「ねえまたそれ? もう飽きたんだけど」

「文句言うなよ。俺たちの実力じゃここが限界だ」

 ぶうぶうと文句を言っているのはローブに身を包んだ金髪の少女。それを諫めるように依頼書を取ったのは簡素な鎧を身に着けた茶髪の少年だ。

 依頼書が所狭しとつけられた掲示板の前、少女は自身の身長よりも高い杖を退屈そうに揺らしている。

「この前もこの前もこの前も、ずーっと同じ雑魚狩ってばっか」

「お前の行きたいところがどこも身の丈に合わなすぎなんだよ。いいかメルデ。お前は遊び半分かもしれないけどな、冒険者ってのは死ぬ危険と隣り合わせなんだぞ!」

「この前も同じこと言った。ねえラック。もう少し難易度上げてもよくない? あんたはともかく私は強いんだから」

「駄目だ」

 彼がぴしゃりと言い切った言葉に少女、メルデは頬を膨らませる。

 納得がいかないと言わんばかりの彼女にラックは己の剣を一瞥してから言った。手入れの行き届いている剣だ。しかし彼のような若者が持つ武器にしては、いささかそれは古ぼけて見えた。


「俺たちは己の身の丈に合ったことをすればいいんだ。そうすればおのずと成果はついてくる」

 拗ねたメルデなど気にもせず、ラックはカウンターに依頼書を持っていく。農場にやってくるモンスターを数匹狩る簡単な初心者向けの仕事。

 しかし彼が「おねがいします」と言いかけたところで彼女が言う。


「ふーん。それもんだ」

「っ、メルデ! 人の思考を読むなって―――」

「自分に期待しない家が嫌で飛び出した癖に。いつまで縛られてるわけ?」

 静止の声も聞かず怪しく目を輝かせながら言う彼女に、ラックは歯を食いしばる。

「……縛られてなんか」

 彼の脳裏をよぎるのは彼が逃げ出した家のことだ。

 身分の高い家の三男坊。要領のいい兄たちと違い、ラックはいつも一歩遅い。

「私はね、さっさとみんなを認めさせる魔女になりたいの。……だから手段なんて選ばない」

 ぎっと金の目がラックを見据えて、言う。


「ま、あんたみたいなやつにけど」


 それが彼にとって一番言われたくないことだと彼女は分かっている。メルデは幼くとも大魔女の子孫なのだから、このくらいは簡単なことだった。

 彼女の思惑通り、ラックの思考は兄から言われたことと同じ言葉で満たされていく。

「ラック君はいつも通り雑魚でもなんでもちまちま一生狩ってればいいんじゃない?  偉ーいお兄さんに言われた通りさ」

「っ、誰があんな奴の言うことなんかに従うか!」

 その言葉が最後の決め手となったのだろう。ゆらりと頭を起こした彼は手に持っていた依頼書を乱暴に掲示板へ戻しながら言った。

 しめたと言わんばかりにメルデの顔がにやりと笑う。彼女はここぞとばかりに新しい依頼書を差し出しながら言った。

「じゃ、ここに行こう! ここの奥深く、いい魔導書が眠ってるって噂なんだよね」

「ああ分かったよ。ここにしてやる。お前の挑発に乗ってやるよ」

「やった! あとで取り消しなんてなしだからね」

 にこにこと笑う彼女から依頼書をひったくり、彼はカウンターへと突き出す。


「俺だってやればできるんだ。あんな奴らを見返してやるんだ……!」

 怒りに飲まれた彼は気づかない。

 依頼書に書かれたダンジョンが、いつも受けている依頼より数段飛ばしで危険であることに。


 二人は隣接した店で冒険に必要な干し肉や薬草を買ってから、勢いそのままにそのダンジョンへと足を運ぶ。

 蜃気楼の迷宮ミラージュラビリンスと呼ばれるそこが玄人の冒険者でも準備なしでは迷う可能性があることを、彼らは全く知らなかった。

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