第三十七集 松永茉己

 5月20日 13:50 任田高校 グラウンド


  「準備はよろしいでしょうか、始め!」


  こっちの次鋒は松永、対して向こうは午上だ。午上がどういう技を使ってくるか分からない上に、戦ったことあるのは日高だけだ、だから鞭を使うこと以外ほぼ謎。


  「なーに、今回の相手はペット連れなわけ?」


  「にゃーちゃんは、ペットじゃない、家族。」


  「あっそう、どうでもいいけどそのペット、やっちゃっていいの?」


  「出来るなら、やってみ。」


  ああ女子って怖い、こういう口喧嘩がなんやかんや1番怖い。


  「行って、にゃーちゃん、猫又変化(ねこまたへんげ)・黒豹(くろひょう)。」


  「アアァァ!!」


  「なんだ、猫がデカくなっただけじゃん。縛ってあげるよ、縛馬(ばくば)!」


  前に日高を拘束した技か、しかしそれはにゃーちゃん相手に通じるのだろうか。


  「アアアァァ!!アァ!」


  午上に突進したにゃーちゃんは鞭の軌道が分かっているのか、鞭を避けながら午上の懐に入った!


  「にゃーちゃん、やっちゃって。」


  「アアァ!」


  「へぇ、やるじゃん。だけどあたし、犬派なんだよねー。」


  「アア!」


  「にゃーちゃん!」


  にゃーちゃんは午上に素手で弾き飛ばされた、黒豹になったというのにパワー負けした。これは単純に力において午上のが上であると証明した。


  「なら、今度は!猫又変化(ねこまたへんげ)・猟豹(りょうひょう)!」


  「にゃぉー…」


  りょうひょう?見た目はチーターみたいになかったからきっとチーターなんだろう。それにしても、鳴き声かわいいな。


  「結局猫じゃん、だからあたしは犬派だって言ってるでしょ?」


  「知らない、にゃーちゃんは犬にはならないよ。」


  そりゃそうだ、急に猫が犬になったら怖い。


  「あっそ、なに?今度はスピード勝負がしたい訳?ならかかってきな。」


  「言われなくとも、にゃーちゃん、行くよ。」


  「にゃー!」


  いかんな、チーターになったはずなのに可愛くなったって思ってしまう…てかチーター本当にそう鳴くの?


 ※チーターの鳴き声は実際こんな感じです、結構かわいい。


  「にゃーちゃん、正面突破!」


  「にゃー!」


  「バッカみたい、さっきと同じじゃん、そんなんじゃあたしには通じないよ!」


  「にゃーちゃん、裏!」


  「なに!」


  にゃーちゃんは瞬間移動したかのように午上の裏を取った。なるほど、チーターになっただけでこんなにもスピードが変わるのか。


  「痛いなー、制服が傷ついたらどうしてくれるわけ?」


  「知らない、学校に言えばいいんじゃない?」


  「にゃー…」


  ダメだ、にゃーちゃんの鳴き声のせいで口喧嘩がどうでも良くなってきた。


  「しゃーない、その猫、討つわ。」


  「えっ…」


  待てよ、今討つって言ったのか?それは…


  「ダメ!」


  「へぇ、そんなに拒むんだ、ならなおさら討ちたくなっちゃった。」


  「それだけは…絶対に…ダメなの!!」


  松永の様子がおかしい、健太じゃないからあんま分からないけど、妖気が乱れてるような、そんな感じがする。


  「あなたには…私の…にゃーちゃんの…なにが!」


  「あんた、なにをしようとしてるわけ?」


  「にゃーちゃん、おいで。」


  「にゃぁぁぁぁ…」


  にゃーちゃんが怯えてる、というより、拒んでる。


  「大丈夫、にゃーちゃんとなら、失敗しないから。」


  「にゃう…」


  「ありがとう、にゃーちゃん。行くよ、猫又憑依(ねこまたひょうい)。」


  松永とにゃーちゃんが、一体となっていく、俺と酒呑様みたいに。猫又の特徴がそのまま松永に宿り、松永の体から猫耳や爪、2本の尻尾が生えた。


  「にゃーちゃんは、もう二度と死なせたりしない!」


  …


  小一の頃、お母さんが私を連れてペットショップに行った。私は早く帰りたい早く帰りたいとずっと思っていたけど、ペットショップに着いたらいろんなペットが居て、私は目を輝かせた。


  犬、猫、兎など、いろいろあった中、私は1匹の猫に心を奪われた、それがにゃーちゃんだ。にゃーちゃんはずっと私のことを見ていて、私もにゃーちゃんのことをじーっと見ていた。わざとあちこち歩いても、にゃーちゃんはずっとこっちを見てくれていた。


  これは私が飼ってあげなきゃって勝手に思い込んで、お母さんに頼んでにゃーちゃんを家に迎え入れた。


  にゃーちゃんは直ぐに懐いてくれた、何をしてもずっと一緒にいてくれた。


  「これからも、ずっと一緒にいようね、にゃーちゃん!」


  「にゃー!」


  なんか喜んでるみたいで、私も嬉しかった。


  家で一緒に遊んだり、一緒に寝たり、一緒に風呂入ったり、爪を切ってあげたり。にゃーちゃんとの思い出は数え切れなくなるくらい増えた。


  しかしある休日、私はにゃーちゃんを外に連れていきたいとお母さんに言った、だけどお母さんは犬じゃないんだから散歩は大丈夫だよと言った。それでも私はにゃーちゃんと外で遊びたくて、お母さんに黙ってにゃーちゃんを外に連れて行った。


  外に出ると、にゃーちゃんも凄く嬉しそうにしていた、頭がかなり良かったのか、歩道を出ないようにずっと歩いていた。


  そして家近くの公園の前に着いた時に、私はいけないことをした。


  「にゃーちゃん!公園だよ!公園で遊ぼ!」


  私はかなりテンションが高くなって、周りが見えていなかった、横断歩道でもない所を渡って公園に向かおうとした時に、車が走ってきていた。


  「え…」


  私は動けなかった、なにを考えていたかはもう分からないけど、足が動いてくれなかった。その時だった。


  「にゃーー!!」


  にゃーちゃんが飛び込んできて、私を公園側に押し込んでくれた。だけどその後、車が何かにぶつかった音が聞こえて、嫌な予感がした。


  「にゃー…ちゃん…?」


  にゃーちゃんを呼んでも、動いてくれなかった、ただその場に横たわっていた。


  「にゃーちゃん…ああああああああぁぁぁ!!」


  なにもかも考えられなくなった、自分のせいでにゃーちゃんが轢かれたとか、運転手の速度違反とか、そんなことどうでも良くなった。ただただにゃーちゃんがもういないことしか、考えられなかった。


  その後、警察の人が来て、取り調べをしていたけど、私はなにを聞かれても返事できなかった。それくらい絶望していたのだろう。


  まだ家に迎え入れてから半年しか経ってないのに、せっかく出来た新しい友達で家族なのに、こんなもあっさり失ってしまった。


  警察の人に死体はどうするの?と聞かれたので、私は自分で埋葬してあげたいと、家の庭に持ち帰った。


  「ごめんね、にゃーちゃん、私のせいで…」


  にゃーちゃんはなにも返事してくれない、当たり前だよね、もうここににゃーちゃんはいないんだから。


  「さよならにゃーちゃん、半年だけだったけど、楽しかったよ…」


  涙が止まらない、にゃーちゃんを失った悲しみは私にしか分からない。だからこの悲しみと共に、にゃーちゃんを埋葬してあげよう。


  掘った穴ににゃーちゃんを入れ、その上に土を被せた。とても辛かった、もし自分がこうなったらと考えると吐き気がしてきた。だからにゃーちゃん、助けてくれて、ありがとう。


  「にゃぉー…」


  「えっ…」


  後ろから猫の鳴き声が聞こえた、振り返ってみたら、そこにはにゃーちゃんがいた。


  「にゃー…ちゃん…?」

 

  「にゃー!」


  「にゃーちゃん!」


  どういう奇跡か、にゃーちゃんは生き返った。ただ死体は土の中に埋めたはずなのに、どうして後ろから帰ってきたんだろう。でも、そんなことがどうでもいいと思うくらい、嬉しかった。ただ尻尾が2つになっていたのが、少し気になった。


  このことから2年後、妖魔の気配がすると、家に小犬丸さんっていう人が来ていた。


  「ねぇお嬢ちゃん、君のお家から妖魔の気配がするんだけど、なにか身に覚えはない?」


  言っている意味が分からなかった、妖魔なんて、家にはないのに、なんでそんなことを聞いてくるのだろうか。


  「気配からして、そんなに問題にならない妖魔だと思うんだけど、万が一のために、正体だけはハッキリさせたいんだよね。」


  「いえ、私は、分かりません。」


  本当に分からなかった、身に覚えなんてこれっぽっちもなかった。そう思った時ににゃーちゃんの2つに分かれた尻尾の事を思い出した。


  「にゃー。」


  「にゃーちゃん!今は!」


  「なるほど、そういうことねー、お嬢ちゃん、その猫はね、猫又っていう妖魔なんだよ。」


  猫又、猫が稀になる妖魔らしい、だけどそれはそれこれはこれ、にゃーちゃんはにゃーちゃん、それ以外の何でもない。


  「おじさん、にゃーちゃんは悪い子じゃないよ。」


  「おじさん…かぁ…オイラそんなに年取ってないんだけど…まあいいや、悪いけどちょっとそのにゃーちゃん借りるよ。」


  「にゃー!!」


  素早い動きでにゃーちゃんを捕まえた、なんなのこの人…


  「おっとっと、暴れないでくれよ、変なことするわけじゃないんだから。」


  「にゃーちゃんを離して!」


  「そうはいかないな、お嬢ちゃん、こいつは妖魔だ、いつ危険なことをするか分かったもんじゃない。」


  「だからにゃーちゃんは、悪い子じゃない!」


  もう、にゃーちゃんを失いたくない…もう家族を失いたくないよ…


  「いいかにゃーちゃん、一瞬で終わるから、我慢してくれよ。」


  「いやぁぁ!!」


  「にゃ…にゃぁぁぁ!?!?」


  「えっ?」


  小犬丸さんが急ににゃーちゃんをもふもふし始めた。


  「かわいいなこいつめ!ほーらオイラと遊んでくれよ!」


  なんなの…この人…


  「オイラ名前は小犬丸って犬ついてるけど、実は猫派なんだよ!こらにゃーちゃん!服を引っかけない!」


  「にゃーー!!」


  もうわけがわからないよ…


  10分後


  「ふー楽しかった〜、家で猫飼いたいけど許されてないんだよ、だからたまに猫カフェとかこっそり1人で行ってるんだけどね。」


  もうわけわからない事しか言わなくなった。


  「今回の件、オイラが特別に秘密にするよ、だからまた来た時はにゃーちゃんをもふもふさせてね!そして茉己ちゃんだったかな?君は将来任田高校に入りたまえ、オイラがいろいろやっておくから、な!」


  私、まだ小学生なのに、もう高校までの将来を強制的に決められちゃった…


  「にゃーちゃんのこともオイラが何とかする、そうだな、特別許可証みたいなものを発行しておこう、そうすればにゃーちゃんを守れる、それでいいか?」


  「う、うん…」


  「おっし!じゃあ決まりだ!ハハハッ!」


  小犬丸さんがなにもかもやってくれたおかげで、今の私とにゃーちゃんがいる。


  だから…


 …


  「今度は…私がにゃーちゃんを守る!」

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