第二十九集 調子が狂う

 5月14日 11:30 討魔酒場 訓練場(観客席)


  引き分けか…でも龍太郎は凄かった、十二家に引けを取らなかった。


  「おのれ…許されませんよ…よくもこの…私を!」


 まだやるきなのかあいつ、もう決着はついたぞ。


  「もうやめておけ、慧。」


 辰仁が2人の間に入って子浦を止めた。


  「辰仁豪…邪魔をしないでください、今田口龍太郎を…」


  「結果は引き分けだ、負けたわけではない、任田祭で勝てば良いではないか。魁紀!龍太郎を卯道さんの所に連れて行ってくれ!俺は慧を連れていく!」


  なんだよ馴れ馴れしいな、俺辰仁のこと入学式以来会ってないのにこの馴れ馴れしさ、辰仁家ってみんなあんな感じなのかな。


  「という訳だ南江、あとはよろしく、ちょっと時間かかるかもしれんけど、その時は戦績だけ教えてくれ。」


  「まっかせなさい!」


  本当に大丈夫なのかな…


  11:40 討魔酒場 医療室


  「はい、慧くんの方はこれで大丈夫っすからね。龍太郎くんの方はちょっと技の反動が酷いっすね、しばらくは絶対安静っすよ。」


  マジか…これだと今週はもう動けないな…仕方ない、妖術代表なら南江が居るし、代わりは大丈夫だな。


  「それにしても龍太郎は凄いな!慧と相打ちなんて驚いたぞ!」


  「それで辰仁、わざわざ名指しで呼んだんだから、何か用か?」


  「豪だ。」


  「は?」


  なんだ下の名前で呼べってか?別にどっちでもいいだろ。


  「んでなにか…」


  「豪だ。」


  次呼ばなかったら殺すって目してるぞ、下の名前で呼ぶのそんなに大事か??


  「わかったわかった、豪、俺に何か用か?」


  「あっはっは!すまないな、名字で呼ばれるのは好きじゃなくてね、外で話そうか。」


  「龍太郎!!大丈夫!?」


  大谷か、ちょうどいいな。


  「大谷、龍太郎のことは頼んだ、ちょっと外で豪と話してくる。」


  「うん、わかった!」


  あとのことは若いもんにっと。


 11:42 討魔酒場 医療室前


  「すまなかったな、慧があんなことを言って、俺が代わりに謝ろう。」


  なんだ、そんなことか。


  「大丈夫だ、もう慣れてる。ところでお前は何も思わないのか?」


  「いやなにも。むしろ酒呑童子の力を人間側に引き入れられたのは良かったと思うぞ。」


  なるほどね、個人個人でなにか思うと言うよりも、みんなのことを思ってのことか。さすがは十二家筆頭の辰仁様だ、考えてることが違う。


  「で、それだけか?」


  「ああ、これだけだ。慧のことは好きではないが、根は悪いやつでは無いからな、許してやってくれ。それより気になってたことがあるんだが、魁紀は真由と付き合ってるのか?」


  「なんでそうなってんだよおかしいだろ。」


  「いやぁ前に猛のおやっさんから聞いたものでつい気になってな、すまんすまんあっはっは!」


  あははじゃねぇって、なんでそういう話になってんだよ、てか鬼寅のおやっさん、違うって前に言ってたじゃん。


  「でも俺は応援するぞ!十二家同士で結婚なんて前例がない訳では無いからな!あっはっは!」


  だからあっはっは!じゃねぇって、そんなん絶対有り得ねぇから、マジ鬼寅だけはねぇから!


  「それと午後の団体戦、楽しみにしているぞ!」


  「どうせお前らが勝つよ、楽しむも何も無いだろ。」


  「そんなことはないさ、攻撃できるのは俺と真由だけだ。結菜は回復しか出来ない。」


  いや十分だろ、倒れない敵をいつまで殴ったって勝てるわけじゃないぞ。


  「それでも本気で来い!俺も本気で相手をしよう!」


  「いや、お前が本気出したら勝てるもんも勝てねぇよ。」


  「それもそうだな!あっはっは!」


  あぁ、やりづれぇ…


  「では戻ろう!みんなの試合が気になる!」


  「おぉ…」


  11:55 討魔酒場 訓練場(観客席)


  「遅くなってすまん、南江、今どうなった?」


  「狂夜君が瞬殺されて、今小犬丸君と茉己ちゃんが戦ってるんだけど…」


  「どうした?」


  「たぶん見た方が早い…」


  さてさてなにがどうなったって!え?


  「よーしよしよしよし、いいですぞにゃーちゃん!すごくもふもふしてて気持ちいいですよ!!」


  「にゃーちゃんを…返して…」


  「にゃぁぁぁ!!」


  「って!なんで小戌丸がにゃーちゃんのことずっともふもふしてんだ!」


  「あぁあれか、正の病気だ。」


 気付いたら豪も隣にいた。ってかどんな病気だよ、名前に犬ってついてるのに猫派かよ、でどうするんだよあの状況。


  「松永さん、オイラ負けを認めますので、しばらくにゃーちゃんをもふもふさせてもらえないでしょうか!」


  おーーい!いいのかお前!それでいいのか!なんかさっきこの大典太にかけてとか言ってなかったっけ!その勢いどうした!


  「えぇ…」


  「この通りです!根元先生!オイラ降参します!」


  「えぇ、っと…小戌丸の降参により、勝者!松永!」


  もう…どうにでもなれ…


  「ほーらにゃーちゃん、もふもふの時間です!」


  「にゃあああああああああぁぁぁ!!」


  その後、昼食が始まるまで、小犬丸はずっとにゃーちゃんを離さなかった…


  13:00 討魔酒場 食堂


  ご飯を食べながら思った、午後の団体戦どうしよっかと。正直戦いようがない、豪がいるって時点で負け確定だ、なんでよりによって最強の辰仁家に最強の剣の鬼丸が合わさったんだよ、どういう最悪な偶然だ。その上辰仁家の辰気(りゅうき)、龍の力なんて宿られちゃ練習どころの騒ぎじゃない。


  そして忘れちゃいけないのが、鬼寅と卯道がいる。豪がいなかったとしてこの2人に勝てるかどうかも分からん、鬼寅の実力は少なくとも龍太郎よりは上、卯道は戦闘力はなくとも回復させることはできるから厄介極まりない。


  こっちは五十鈴の妨害系呪符で相手を妨害しつつ、俺と夏で突っ込むってのもありだけど、豪と鬼寅が妨害に引っかかるとは思えない。じゃあ俺と夏で合体技でも考えて先手必勝!なんてのも無理だよな…


  「もう…もぐもぐ…どうすりゃいいんだよ…もぐもぐ。」


  「何言ってんだ、魁紀…」


  「食べながら話すのは行儀悪いですよ。」


  「いや、団体戦どうしようかなと思って。」


  「なんだ、簡単だろそんなもん、勝てばいいんだ。」


  アホかこいつ、簡単に勝てたら困ることは無いよ…


  「そうですね、勝てばいいのですよ。」


  五十鈴、お前最近夏のアホさうつってるだろ、それだけはダメだぞ、総班長なんだから。


  「よし分かった、勝とう、最初からガス欠気にせずに本気で行くぞ。」


  「おおよ!」


  「わかりました。」


  おけ、こういう時は俺もアホになればいいんだ。


  14:00 討魔酒場 訓練場


  「ではこれより、団体戦を始める、代表者は前へ!」


  「2組代表、卯道結菜(うどうゆいな)、鬼寅真由(きとらまゆ)、辰仁豪(たつにごう) VS 5組代表、新井夏(あらいなつ)、五十鈴琴里(いすずことり)、丑崎魁紀(うしざきかいき)、始め!」


  「よし!夏!五十鈴!構えろ!」


  「あっはっは!本気で来てくれるのか魁紀!」


  「ふぇぇ、丑崎さん達本気なんですかぁ…!」


  「ふん。」


  本気を出して勝つ!これで負けても文句はない!


  「丑神(うしがみ)の吽那迦(うなか)よ、我に力を与えたもう、捧げるは我が魂の祈り!突っ走れ!丑気(ぎゅうき)!」


  「晩夏(ばんか)ノ段(だん)・水無月(みなづき)!」


  「2人とも!行ってください!反呪符(はんじゅふ)・妨(ぼう)!」


  五十鈴の術で相手の術を妨害し、俺と夏で突っ込んで仕留める!


  「あっはっは!いいじゃないか魁紀!俺も本気で戦えるというものだ!」


  「豪、あんたは下がってて、私がやるわ。」


  「お、おう、任せた、真由…」


  鬼寅が相手してくれんのか、ありがてえ、豪が出てこないだけ助かる!


  「寅神(とらがみ)の陀羅琥(たらく)よ、我に力を与えたもう、捧げるは我が魂の咆哮、蹴散らせ、寅気(こき)。」


 鬼寅が寅気を放った瞬間、夏と五十鈴の技と陰陽はかき消された。


  「俺の、水無月が…」


  「私の陰陽も…」


  おいおいお前が本気出すのかよ、それは想定してないって。鬼寅に虎が纏う、虎の能力つったら身体能力の向上、そして十二家の中最高級の腕力。やべぇな、こりゃ無理ってやつだ…


 そんで今動いてるのは俺だけか。全くこういう時ほど十二家であることを呪うぜ、だってこういう時残り全部を背負わなきゃいけないからめんどくさい。


  「はぁ、鬼寅、行くぞぉ。」


  「さっさと来なさい、今度こそ白黒ハッキリさせてやるわ、入学の時の続きよ!」


  鬼寅が突っ込んできた、2本の中華包丁、前に放った猛虎とかいう技、知ってるのはこんくらいだからほぼ初見だな。


  「なぁ結菜、真由ってあんなに話すことあるか?」


  「いえ、鬼寅さんはいつも誰とも話さないので驚きました。」


  「やはり魁紀は真由と…あっはっは!面白い!」


  豪のやつが笑ってやがる、何か面白いことでもあったのか?


  「よそ見とは余裕のようね、猛虎(もうこ)!!」


  来たな猛虎、でもこれはなんとなく仕組みが分かってるから躱せる。突進してくる虎、妖気でできてるだろうから、妖気をぶつけてやれば弾けるはず。


  「丑火損(ぎゅうかそん)!!」


  よし相殺できた。次はこっちから突進する!大太刀を逆手で持ってっと!


  「一牛吼地(いちぎゅうこうち)!」


  「速い!」


  この一撃は重いぜ鬼寅、とっととお前を倒して豪と卯道も倒さなきゃいけないからなぁ!


  「押し切る!」


  「させないわ!虎落笛(もがりふえ)!!」


  「ちぃっ!」


  吹き飛ばされたか、暴風とまではいかないけど強い風を飛ばしやがる。さてどうしたものか、もう使える技はほぼ使った、押し切れないのは力が互角だからだろう。あっ、ここで1つ試そうか、番外戦術ってやつだ。


  「なぁ鬼寅。」


  「なによ、今は試合中よ。」


  「そんなことはわかってる、それより重要な事だ。」


 俺は鬼寅のおやっさんの言ったことを思い出しながら深呼吸をした。


 「俺と友達にならないか!!」


  「えっ?」


  「あっはっは!大胆だな魁紀!」


  「あれって…告白ですか…?」


  鬼寅のおやっさんと約束したからな、今それを言ったって構わんだろ。


  「あ…あんた…なにを…」


  え、なんで泣いてるの!


  「ちょ待って!今の泣くことか!?」


  「知らないわよこのバカ!!」


  「えぇぇぇぇ!?!?」


  「あぁ!魁紀君女の子泣かせた!いけないんだ!」


  ごめん南江今は黙っててくれ、頭の整理が出来ない…なんでだ、なんでこうなったんだ…あいつもしかして今まで友達とかいなかったのか?それは俺もそうなんだけどこんな反応するか?いやしないな、待て、マジで分からんくなってきた…


  「魁紀!この勝負、俺たちの勝ちだな!」


  「いやいやいやいや!なんの勝負だよ、まだなにも決まってないだろ!」


  「いーや、魁紀が真由を泣かせたからもう実質俺たちの勝ちだ、あっはっは!」


  調子狂うな、なんだよ友達になろうって言っただけで泣くって…前に泣かせちゃった時は俺が悪かったけどさ、今回はばかしは違うだろ!


  「丑崎…!」


  「は、はい!なんでしょう!」


  「…いいわよ!この私が友達になってあげる!感謝しなさい!」


  「えっ?」


  「えっ?じゃないわよ!返事は!」


  「あ、あぁ、よろしく。」


  調子狂うな…

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