第二十集 最強の一柱

4月29日 18:20 日光東照宮 歌田梁サイド


  「久しぶりだな、茨木よ。」


  「なっ!貴様は!しゅ、酒呑童子!」


  魁紀君の様子がおかしい、というより茨木童子の言う通り、今の魁紀君は完全に酒呑童子になってる。頭に2本の角、背中に金棒、腰に瓢箪、右手に童子切…あれはまさしく、酒呑童子の姿だ。


  「どうした、いつからそんなに偉くなった茨木よ。」


  「い、いえ…これは大変失礼しました、酒呑様。」


  そうか、史実通りだと茨木童子は酒呑童子の配下だ、これなら茨木童子は酒呑童子に逆らえない。


  「して、なぜ貴様がここに?」


  「はっ、俺は酒呑様の復活のために、人間の魂と妖気の回収をしていました。」


  「ほう、我のために…カカカッ!よいぞ!よくぞ働いてくれた!だが我はこうして復活を遂げた、すまんかったな、苦労をかけた。」


  「もったいないお言葉でございます。」


  まさか、酒呑童子は魁紀君が倒れたのをいいことに、魁紀君の体を乗っ取ったのか…


  「しゅ、酒呑童子…お前…魁紀君を…」


  「ほう、生きておったのか、小僧の友達とやら。」


  「お前…まさか…」


  「ああ、小僧の体のことか、借りてるぞ。」


  あぁ…もうおしまいだ…酒呑童子と茨木童子相手に、僕なんて…


  「酒呑様、こいつは俺に始末させてください。」


  「あぁ、任せた。」


  ごめんね、みんな…僕ももうダメだ…


  「クハハッ!油断したな酒呑童子!!」


  「そう来ると思ったぞ茨木、昔からなにも変わらぬな貴様。」


  え、何が起こった…茨木童子が逆に酒呑童子に襲いかかったけど、酒呑童子が茨木童子の腕を掴んで投げ飛ばした…


  「小僧!今から貴様らを転移させる、後のことは我に任せよ!」


  「いや、えっ…」


  「意識がもう持たぬのだろう、ならゆっくり休むがよい。問題ない、この我を信じてみよ、魁紀のためにもなぁ。」


  なんだか、すごくほっとした…茨木童子とは違う、妖魔なのに、なんだろう、この温かさは…


  「あり…が……」


  「カカッ、礼を言うなら最後まで言わんか。まあよい、転移先はそうだな、だいたいここ辺りか。」


  18:23 日光 玉兎温泉旅館前(ぎょくとおんせんりょかんまえ) 五十鈴琴里サイド


  「な、夏!」


  「龍太郎!!」


  なぜ急に残ってた皆さんが…それよりも…!


  「歌田さんが酷い傷を負っています!卯道(うどう)さん、みなさんの治療をお願いします!!」


  「落ち着くっすよ五十鈴さん、焦ったって仕方ないっすからね、あとは全部私に任せてっすよ!」


  「ありがとうございます!」


  でも一体、誰がこんなことを…


  18:23 日光東照宮 丑崎魁紀(酒呑童子)サイド


  「さてと、これで邪魔者がいなくなったわけだが、続けるか?茨木よ。」


  「へっ、大したもんだ、ずっと封印されてたとは思えねぇ、さすがは酒呑童子だ。だが昔と比べれば、まだまだだなぁ!」


  「ならば試してみるか?ハンデだ、酒は呑まないでやろう、さあかかって来るがよい!」


  「調子に乗るな!行け牛頭鬼(ごずき)!」


  「調子に乗ってるのは貴様だたわけ!そんなもので我に触れられると思うな!」


  牛頭鬼など触れる必要もないわ、我が妖気の波動で消え失せよ。

 

  「な、なぜだ…ずっと封印されてたやつが…なぜこんなに!」


    何者の仕業か分からぬが、こいつをとっ捕まえていろいろ吐かせなければならぬな。


  「理解出来ぬか、まあよい。茨木よ、チャンスをやろう、もう一度我に仕えよ、それで今回のことは許してやろう。」


  「ふざけんな!もうてめぇに仕えるつもりなんて毛頭ねぇんだよ!」


  「そうか、ならここで消えよ。」


  やはりおかしい、記憶をいじられたのか、誰がやった、人間か?否、茨木は人間に手出しされるほどやわではない。ならば妖魔か?妖魔だとしても茨木より格上はそうはいない、つまり…


  「ほざけ!消えるのはてめぇだ!」


  これは、陰陽か。カカッ、人間の猿真似なぞ貴様らしくも無い。


  「ほう、いつからこんな術を覚えた、貴様はそんな器用なやつではなかったはずだが?」


  「貴様が封印されてる間に手に入れた力さ、クハハッ!まだ驚くのは早いぜ、こいつもくらいな!風呪符(ふうじゅふ)・螺旋風(らせんぷう)!」


  回転する風の陰陽、派手に名前など付けおって、全くわからぬな今の時代は、進化したのか退化したのか。


  「つまらん。」


  そんなそよ風など我の息で消し飛ばせるわ。


  「なっ!?息をかけただけで…消しただと…」


  「どういう術を覚えたかは知らぬがつまらん、その程度の術で我を本気で殺れると思ったのか?やはり昔と比べては頭脳レベルも落ちたものだ、茨木よ。」


  「クククッ、クハハハハッッ!!」


  「何か面白いことでもあったのか?それともついに頭がイカれたのか?いやすまん、貴様は昔からイカれておったわ。」


  「そりゃ面白いぜ、貴様に俺の本気を試せるんだからな!」


  本気か、それは確かに面白い、是非見せてもらうとしようか。いずれにせよ容易く崩れる。


  「風神よ力をよこせ!秘技(ひぎ)・怒乱風袋(どらんかぜぶくろ)!」


  これはこれは、まさかこやつが風神の力を手に入れてるとはな。


  「クハハッ!!どうした酒呑童子!これが俺の本気だ!玉藻前(たまものまえ)様から頂いたこの力、存分に見せてやるぜ!」


  背中の風袋、そして所々緑に変化してる体、紛れもなくあれは風神の力。そしてついに吐きやがったな、本当の黒幕を。


  「なるほど、貴様を操っていたのはあのメス狐か、我が元部下ながら情けない…よかろう、事情はわかった、今解放してやろう。」


  「クハハッ!誰から解放されるってんだ!今から貴様の力を俺のものにしてやるぜ!」


  「たわけ、貴様にあと千年の時間をくれても無理なことよ。」


  「黙れ!今に見てろ!風神の力を!風神術(ふうじんじゅつ)・煙嵐(えんらん)!」


  「だが、その願いは叶わない。貴様の口癖だったな。」


  構えたところを風ごと童子切で斬ってやった。


  風神の力を手に入れたとて、我に勝てるはずもない。そして茨木に風神の力を扱えるはずもあるまい。それにしてもこの童子切、よく斬れるものだ、さすがは我を斬った刀よ、カカカッ!


  「さて、貴様にはいろいろ聞きたいことがあるからな、このまま連れて帰るとしよう。」


  「それやと、さすがの妾(わらわ)も困ってまうな、酒呑よ。」


  「その声は!なに!動けぬ!」


  「久しぶりやな、酒呑よ。そやけど悪いのう、茨木をこのまま返すわけにはいかへんのでなあ、妾が連れて帰えらさせてもらうわ。」


  「待て!メス狐、何を企んでおる!」


  「それはかなんな、かんにんな。ほな。」


  「クソが…」


  メス狐、もとい玉藻前が茨木と共に虚空に消えた。これはさすがの我でも追えん。だがまさか、あのメス狐が裏工作をしていたとは、あやつらしいと言えばらしいが、全く昔から困らされたものよ。


  体が動くようになったか、ならばもうここに用はない。我も小僧達の転移先に行くとしよう。


  18:45 日光 玉兎温泉旅館前(ぎょくとおんせんりょかんまえ)


  「ふぅ、これで治療は終わったっすよ。最低1週間は絶対安静っすからね、下手に動かないことっす。」


  「ありがとうございます、卯道さん…」


  「おっと、ここが旅館とやらで間違えないのか?小娘。」


  「あなたは!丑崎さん…?いえ、その見た目は、酒呑童子ですか!」


  そう言えば他のガキどもは知らぬのか、まあよい。久方ぶりに戦ったこともあってか、ちと疲れた、魁紀、あとは任せたぞ、我は一眠りするとしよう。


  「どういうことですか!唐突に倒れて…酒呑童子から丑崎さんに…?もう訳がわかりません…」


  5月3日 11:30 日光 玉兎温泉旅館 丑崎魁紀サイド


  (おい魁紀、いつまで寝ておるつもりだ、いい加減起きんか。)


  (むにゃむにゃあと5分…)


  (はぁ…ぬぅん!)


  (痛ってぇぇぇぇ!!!)


  (起きたらさっさとあっちで起きてこんか!このたわけ!)


  「はっ!!」


  こんな起こし方があってたまるかよ、殴って2回も意識を起こされるとかありえねぇだろ!


  「やっと目覚めたぁぁ!!」


  「うおぉぉっ!南江!抱きつくな!!離せ!」


  「や、やっと魁紀君、起きた!梁君、みんなを呼んでくるから、あと、よろしくね。」


  「うん、わかった。」


  騒がしいな、それよりここどこだ、寝すぎたせいか体のあちこちが痛い、一体どんだけ寝てたんだ…


  「魁紀君、あれから3日間くらい寝てたよ。」


  「3日間!?マジかよって梁、なんだよその包帯の数、大丈夫なのか!?」


  「あはは、大丈夫だよ、ちょっと無茶しただけだから。」


  「南江も、梁程じゃないけど大丈夫か?」


  「へへへ、私は頑丈だからね!これくらい全然問題ないよ!あっいたたたた…」


  ダメじゃねぇか、けどみんな生きてるってことは、酒呑様はみんなを助けてくれたんだな、あとで感謝しないと。


  「「起きたかぁ!魁紀ぃ!!」」


  「だからお前ら抱きつこうとするなぁ!!」


  騒がしいけど、一件落着と言えるだろ、みんな無事そうでなによりだ。


  後に、今回の出来事は、日光東照宮茨木事変(にっこうとうしょうぐういばらきじへん)として、名を残すようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る