第十八集 歌田梁

4月29日 18:00 日光東照宮 歌田梁サイド


  僕のせいだ、羽澤さんから託されたはずなのに、こんな…


  「クハハッ!クハハハハッハハ!!どうした第五班、絶望したような顔をして、でもいいぞ、実にいい顔だ!クハハヒャヒャッ!!」


  「てんめぇ!」


  「調子に…乗ってんじゃねぇぞ…!」


  「ほう、新井、田口、2人ともいい目をしてる。だけど違ぁう、俺が見たいのはそんな目じゃない、もっと絶望してくれないと。」


  「「するわけねぇだろ!!」」


  「クハハッ、せっかくだ、お前たちに本当のことを教えてやるよ。」


  「なっ!?」


  「体が、動かねぇ…」


  茨木童子が手を叩くと、全員が身動きを取れなくなった。地面に這いつくばっていることしか許されなかった。


  「お前たちがこのクラスにいるのは、全部俺が仕組んだことだ。主に丑崎と羽澤を同じクラスにするためだ、残りはそうだな、適当だ。」


  僕らは、魁紀君と羽澤さんのための道連れなのか…


  「成績の優劣だと思わせるためにわざと丑崎の点数を0にしたんだ、猿でもわかる話だろ?でもこのクラスを作る上で、やはり上の奴らは厄介だからな、そいつらとお前ら全員に、俺が何しても疑われない妖術をかけておいたのさ。」


  「じゃあ入学式で鴉天狗を出したのもてめぇのせいか!」


  「ゴリラの割には頭が回るじゃねぇか新井。その通りだ、全部俺の提案だ。このクラスの授業体制も、実戦任務で第五班についたのも、今回の日光の任務もぜぇんぶ俺の仕業だ!疑われないから全部思い通りだ!!クククッ、クハハハハッ!!実に、実にバカな人間どもだ!!クハハハハハハハッッ!!」


  最初から、僕らはみんなこいつの手のひらで踊らされていたんだ…


  「バカで結構だ、賢いことは全部琴里がやってくれるからな。琴里はみんなを連れて逃げろ!旅館へ行って学校に連絡してくれ!」


  「なんだよ…バカなのは自覚あったのか…しっかし痛てぇなおい…朋実、羽澤と他の班のやつら連れてみんなと一緒に逃げろ、こっちは何とかする。」


  「夏!それはダメです!」


  「そうだよ龍太郎!その傷じゃ!」


  夏君も、龍太郎君も、みんなのことを考えて助けようとしてる、龍太郎君なんてまだ腹から血が出てるのに…


  「熱くなるのは性にあわないけど、にゃーちゃん、まだ戦える?」


  「にゃー!」


  松永さんも…


  「私だって…!みんな、他の班と一緒に逃げて!」


  「クハハッ!仲がいいなぁ!だけどそうは行かねぇぞ、本当のことを知ると術が解除されるからなぁ、もし校長や辰仁たちに知られると面倒だ。」


  そうか、急いで校長先生達に知らせれば!


  「だからお前らはここで皆殺しだ、そもそも今のお前らじゃ動くことすら出来ねぇ。真実を知ったんだ、もうお前らの生きる理由はねぇ。」


  「生きる理由ならあるさ。」


  「あぁ…うちのクラスメイトを…2人傷つけた…それだけで十分だ!」


  「琴里、やってくれ。」


  「わかり…ました、全てをかき消せ!反呪符(はんじゅふ)・消(しょう)!皆さん!逃げますよ!」


  五十鈴さんの呪符のおかげで、かかっていた動けない術が解除された。でもこのまま逃げると、なにか取り戻しのつかないことになる気がする。そして、何かを失う予感もした。だから…


  「僕は、逃げない。」


  「奇遇だな梁、俺も同じ考えだ。」


  「ぼ、僕も、今度こそ、みんなを、守る!」


  「わ、私も!」


  「みんなが逃げなきゃ班長の私がカッコつかないじゃん…」


  みんながいつも通りで安心した、これならまだ戦える。


  「さすがにかけた術が弱すぎたか、まあいい、御託は済んだな?なら丑崎の前にお前らを仕留めてやろう、丑崎の精神はすでに崩壊したからな、童子切を手にするのも時間の問題だ。」


  「へっ、簡単に魁紀は渡すわけねぇだろ!」


  「そうだ…魁紀とはまだ、本気の勝負で決着つけてないからな、ここでくたばってもらっては困る!」


  「ああそうか。ほれ、もうそういう友達ごっこはいいからかかって来い。」


  「ごっこじゃねぇ!」


  「友達だ!」


  夏君と龍太郎君が茨木童子に向かって行く、僕も何か出来ることをやらないと…


  「みんな、2人に合わせて援護だよ!」


  「「了解!!」」


  「にゃーちゃん、頑張ってね、猫又変化(ねこまたへんげ)・鷲獅子(じゅじし)!」


  「アウゥゥゥゥ!!」


  松永さんの猫又、グリフォンにもなるんだね、伝説上の生物なのに。


  「龍太郎!合わせろ!」


  「あぁ、今の俺が出せる最高の技だ!」


  「晩夏(ばんか)ノ段(だん)・水無月(みなづき)!」


  「花速刀(かそくとう)・雨四光(あめしこう)!」


  2人がなにをやってるのかは僕には分からない、けど夏君と龍太郎君の本気の技だというのはわかる。


  2人がは飛び上がり、夏君は方天戟を突き刺し、龍太郎君も高速で剣を何度も突き刺した。そしてタイミングを合わせて松永さんの猫又も同時に茨木童子に向かって行った。


  「いいね!実にいい!だが、その願いは叶わない。」


  茨木童子はただ手をかざしただけ、2人は吹っ飛んでしまった。猫又も飛ばされて元の体に戻った、そして飛ばされた先の松永さんも一緒吹っ飛ばされ、気絶した。もう何が何だか分からない、あの次元についていける気がしない…だけど…


  やってみなければわからない!


  「僕だって!」


  「ん?なんだこれ、ただの矢、いや剣か、つまらん。」


  僕が射った剣は簡単に握りつぶされた、また自分は何も出来ないんだと理解した瞬間だった。羽澤さんに託されたことも果たせなかった。逃げないと決めて残ったのに、結局このザマか、何が妹を守るだ、何も出来てないじゃないか。歌田梁、結局君はその程度の人間か…


  「おやおやどうした?いい顔をしてるじゃないか歌田、実にいい顔だ、絶望してる顔だ!そのまま死ね!」


  「梁!しっかりしろ!」


  「りょ、梁君!」


  通君が守ってくれた、なのに体は動かないし、言葉も出ない、ただただ自分に呆れていた。


  「邪魔だ細矢!」


  「通!」


  通君は片手で軽く薙ぎ払われた…僕なんかのために…


  「さて、残り3人だがどう戦う?第五班。」


  「まだまだ!対妖魔格闘術っ!」


  「南江、いい機会だから教えてやる、お前の対妖魔格闘術はパワーこそいいがスピードに欠ける、一本踏鞴を倒せたのは相手が鈍いからだ、そんなんじゃ俺の前では止まって見えるぞ。」


  「遥ちゃん!」


  南江さんも1発殴られて倒れた、もう近接で戦える人は居ない…


  「梁!お前と松田だけでも逃げろ!少しだけだが俺が時間を稼ぐ!」


  「ほう?どうやって稼ぐつもりだったんだ?聞かせて欲しいな。」


  「「健太君!!」」


  健太君も衝撃波に飛ばされて気絶した…僕に攻撃手段はない、あとは松田さんだけだけど、ここはもう逃げなきゃ…


  「みんなが逃がしてくれようとしたのはありがたいけど、こんな所で逃げられないよ!炎よ燃え上がれ…!」


  「ダメだダメだ松田、お前にも教えてやろう、陰陽ってのは別に詠唱なしでも出来る、あとは自分で考えろ。」


  「ま、松田さん…」


  松田さんが陰陽を唱え切る前に、逆に陰陽でやられてしまった…


  もう僕1人だ、なんでこういう時に限って僕1人だけが残るんだ…あの時だって…


  10年前のある日の夜、僕がまだ剣の修行をしていた時、妖魔が現れた。その時は両親が稽古をつけてくれたんだけど、両親は妖魔と戦って、倒れた。僕は両親が倒れたことに対して怒りと恐怖に身を包まれ、握った剣で妖魔に斬りかかった、だけどそれを簡単にいなされ、僕は傷を負った。その直後に干支十二家の小戌丸(こいぬまる)さんが助けに来てくれて、結果家族全員無事だったんだけど、僕は剣を握るのが怖くなった。


  でも小戌丸さんは僕に言った。


  「君は凄いぞ、親が倒れてビビって逃げてもおかしくないのに、君は握った剣で妖魔に立ち向かった、大した勇気だよ。たぶんオイラだったら逃げてたかな!」


  違う、僕が斬りかかったのはただの恐怖からだったんだ、勇気なんかじゃない、僕だってビビりだ。それは今も変わらない、剣から弓に転向しても、ろくに矢は当たらなかった、魁紀君や健太君のおかげで今になってやっと扱えるようになった。魁紀君と健太君がいない今はそれもできなくなった…だったら今の僕に何ができるって言うんだ…


  「歌田、2人っきりになったなぁ。これはなんだ?恋でも始まるのか?クハハハハハハハッッ!!」


  こんな奴にみんなやられた、多分僕をやった後は、逃げたみんなを始末しにしくんだろう、なら僕が今やるべきことは…


  (大した勇気だよ。)


  (先生に気をつけて、丑崎を守って)


  「ハハッ、ハーハッハッハッハッ!!」


  なんだ、簡単なことじゃないか。笑えちゃうくらいに。


  「どうした歌田、気でも狂ったのか?」


  「いえ、なんでもない、龍太郎君、ちょっと刀借りるよ。」


  出来るかどうか、やるべきかどうか、人はこういう考えに惑わされる。結果、人を動かす考えはなんなのか、それはとても簡単なこと、やりたいかどうかだ。


  逃げたいのか?違う。


  死にたいのか?違う。


  じゃあなんだ?


  答えは、守りたいだ!


  「歌田、お前剣を握れたのか。面白い、試してやるよ、来い。」


  「剣なんて握るのは10年ぶりだけどね、でもお前を倒すには十分なハンデだ。」


  もちろんただのハッタリだ、龍太郎君と魁紀君みたいに技のひとつもない、でも十分だ。


  魁紀君と南江さんみたいに前衛で戦いながらみんなを守ることは出来ない、松田さんや健太君みたいに後ろから援護することはできない、通君みたいに盾でみんなを守ることも出来ない。だけどこんな時に、何も出来ない自分に出来るのは、体を張ることだ!


  「はぁぁぁ!!」


何度斬っても当たらない。


  「クハハッ!鈍い!!鈍いぞ!!それじゃいつになっても当たらんぞ!!」


  「チッ!まだまだ!!」


  「いいねいいね!実にいい顔だ!だが違う!俺が見たいのはさっきみたいに絶望した顔だ!!さあ見せてみろ、お前の絶望した顔を!!」


絶望はしない、僕が倒れてもまだ残ったみんながいる!


  「絶望なんて、もうしない!!」


  「ならとっとと死ね。」


  さすがに…ここまでだな…剣振るのも久しぶりだし、体力ももう無い、体のあちこちから血が出てる、腹は茨木童子の手で貫かれてる…もうすぐで死ぬんだろうな…


  ごめんね茜…もう守ってやれない…


  ごめんねみんな…ここまで……え…?…魁紀…君…?


  「久しぶりだな、茨木よ。」

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