第十四集 山姥

4月19日 12:00 高尾山ふもと


  山姥(やまんば)、山の奥に棲む老女の妖魔で、人を食らうと言われている。夜中に包丁を磨いてる音が聞こえたらだいたいこの山姥の仕業だ。


  そして今日は天気が悪い、かつ妖気も濃い、健太の索敵も使えない、となるといつも以上に慎重に進まなければならない、面倒くさいなー…


  「あっ、いいこと思いついた、南江、もういっその事この山ぶっ飛ばしたらいいんじゃないかな。」


  「お!魁紀君にしては珍しく考えが被るじゃない!」


  「ダメだよ2人とも!何考えてるの!」


  痛った、初めて松田に叩かれた。さすがにダメか、高尾山を地図から消すくらいいいじゃん別に…


  このままだとなにも始まりそうにないからとにかくどうすればいいか考えよう。まず山姥を探さないといけない、これは健太がいないからすぐには出来ない。ケーブルカーの所まで歩く、これは出来そう、地図が置いてあるからこれを覚えて行くしかない。


  「よし、立ち止まってるのもあれだし、とりあえずケーブルカーの所まで行こうか。」


  歩いて10分程で、ケーブルカーらしきものを見つけたが。


  「ねぇ魁紀君、これって壊れてるよね?」


  「そうだね、完全にぶっ壊されてる。」


  南江が見つけたのは切断されたケーブルカーの残骸だった、ここの山姥の仕業だろう。つまり、山姥はもう山奥ではなく、ここまで降りてきてるということだ、妖気が濃いのもうなずける。


  「通君、山姥がどこから来るかわからないから、常に周りを警戒してみんなを守って。」


  「う、うん、わかった。」


  「魁紀君と梁君は山姥が出てきた時に私と一緒に対処して、妖気が濃いならきっと手強いはず。」

 

  「「了解。」」


  「千尋ちゃんはみんなの援護をお願い、そして健太君は通君の傍で休んでて。」


  「はいはーい!」


  「分かった…」


  さすがの一言だ、最近班長の風格がどんどん上がってる南江であった。


  「ひぇーけっけっけっけっ。」


  気味の悪い笑い声が聞こえた。


  「健太君、いくら妖気で酔ってるとしても変な笑い声出さない!」


  「そんな…余裕…ねぇよ…」


  さすがにそれは違うだろ、どう間違えたら健太があんな声出すんだ。これは、近くに山姥がいるな。


  「けーっけっけっけっ。」


  色んな方向から聞こえる、一体だけじゃないのか、それとも幻を見せる妖術でも使ってるのか、だけど山姥にそんなものが使えるとは思えない。これは手の打ちようがないな。


  「あっ!ねぇ千尋ちゃん、周りになにかオーラが見えたりしない?」


  でかした南江!確かに松田の目なら山姥のオーラが見えるかもしれない、ただこの妖気の中、松田の目がちゃんと見えるかどうかも疑問だ。


  「さすがにこの妖気の中じゃ分からないかな…ごめんね。」


  ダメか、ならどうしようか、やっぱり山をぶっ飛ばすしかないのかな。それか山火事起こして無理やり炙り出すか。


  「けっけっけっけっ!!」


  「い、今、僕に攻撃してきた!」


  通の盾で防いだか、でも何回も防げるもんじゃない、早いうちに場所を特定しないと…


  「ええい!もう焦れったい!ここ一帯ごとぶっ飛ばす!」

 

  「おいバカやめろ!みんなが危ないだろ!」


  いくらぶっ飛ばした方が早いとはいえみんなの安全を第一に考えないと…あぁもうどうすれば!


  いや待てよ、もしかしたら出来るかもしれない、妖気を全部無くせばいいんだよな、ここら辺一帯の妖気を消せば健太の索敵が使える、なら迷ってる暇はないな、物は試しって言うし、やるだけやってみよう、後悔するのはその後だ。


  童子切を握り、中にいる酒呑童子に語りかける。


  (なぁ御先祖様、お願いがあるんだけど。)


  (久しいな小僧、どうした、この我に願いとは。)


  (ここ一帯の妖気を吸い取れないか?)


  (ほう?カッカッカッ!!面白いことを言うでは無いか、ここら一帯の妖気など吸い取るのは容易いことよ、だが良いのか小僧、我が妖気を吸い取るとなると我の力が増すということだ、そうなったらこの童子切から抜け出すことも可能だがどうする?)


  まあそんなことも有り得るよな、だけど今はそんなことどうでもいい。


  (そんなこと今はいいよ、その時は俺が責任を持ってもっかいあんたを封印する。今はとにかくみんなを助けたい、あんたの力を解放する訳じゃないから先生に文句も言われない、頼む。)


  (カカッ、カッカッカッカカカ!!!いいだろう、その度胸に免じてやってやろう、これでも我は貴様の先祖だからな、これくらいのわがまま聞いてやろう。)


  (ありがとう。)


  (お前に礼を言われることになろうとはな、小僧。)


  (俺もあんたに感謝する日が来るとは思わなかったよ。)


  よし、あとはみんなに構えてもらって、妖気を吸い取られないようにしないと。


  「みんな、妖気を溜めるように集中してくれ!ちょっとだけ乱暴する!」


  「お、おー!何が何だかよく分からないけど魁紀君がそう言うなら!」


  ありがとな、南江、お前に山をぶっ飛ばされるよりは乱暴じゃないけど、まあこれで許してくれ。


  (御先祖様、やってくれ!)


  (カカッ!いいだろう…ハッ!)


  周りの妖気が暴れ始める、だけど直ぐに童子切に吸い取られていく、上手くいってるようだ。


  「な、なにこれ!?」


  「よ、妖気が、無くなってく…」


  「健太!今なら場所は分かるか!」


  「あぁ、だいぶ気分は楽になったぜ、やつなら通の前だ!」


  よし、もう童子切を握る必要は無い、一気に国順で仕留める!


  「お前のせいで御先祖様に感謝する羽目になったんだ、責任を取れぇ!!」


  「「そんな理由!?!?」」


  「丑火損(ぎゅうかそん)!」


  当たり前だろ、あいつに感謝するとかマジで勘弁だからな、童子切持ってるせいでどんだけあの先生に文句言われてるか、あの先生童子切欲しいならあげようかな。


  「魁紀君ナイス!」


  「ナイスだ魁紀、助かった。」


  「気分が良さそうで何よりだ、ほら、とっとと帰ろうぜ。」


  「そ、それより魁紀君、今の、何かやったの?」


  どうしよ、酒呑童子のことはみんな知ってるだろうし、別に話しても問題ないか。


  「今のは酒呑童子に頼んで妖気を吸い取って貰ったんだ。」


  「「えっ!?」」


  「それって大丈夫なの!?魁紀君が酒呑童子になっちゃったりしない!?」


  なるわけないだろ…まあそう言いきれる自信はないけど大丈夫だろたぶん。


  「でも本当に魁紀君ありがとう、私妖気でちょっと目眩がしたんだよね…」


  松田もだったのか、いつも見えてるオーラって妖気を元に見えてたのかもしれないな、それで健太よりも症状が軽いのは納得が行く。


  「魁紀君が倒してくれたことだし、みんな帰ろ!」


  「「おー!」」


  そうだな、今は倒せたことを喜ぼう、みんなも助けられたし、文句はないや、強いて言うならあいつに感謝したことくらいかな、うん。


  (クシュン!なんだ、こんな空間にいるってのにくしゃみもするというのか、カカカッ!にしても先程吸収した妖気、なんだか懐かしいな。ただあやつが今でも生きてるとはなかなか思えんが、まあよいか。)


  「おーお前ら、無事に帰ってきて何よりだ、妖気がだいぶ濃かったらしいが大丈夫だったのか?」


  「はい!大丈夫でした!魁紀君が酒てんんんん!!!」


  「魁紀君とみんなの連携でなんとか倒せました。」


  ナイスだ松田、また南江がなんか言い出す前に止めてくれて助かった。


  「んんー!!んんん!!??」


  そして前と同じように口にはテープが貼られていた。


  「よし、時間もだいぶ遅いし、寄り道せずに帰れよ、俺はちょっと寄り道させてもらう。」


  「「えぇ…」」


  あんたが寄り道すんのかよ…


  「では今日もお疲れ様でした。みんな帰るぞ!」


  「「おー!」」


  「んーー!」


  んー、なんだか締まらないな…


  17:00 高尾山ふもと ???


  「まさか、まさかまさかまさか!あれだけ妖気を流したというのに何故無事に帰って来れる!丑崎だけならまだ分かる、他の奴らまでなぜ!?」


  高尾山のふもとに一人の男が怒り狂っていた。


  「羽澤のやつも何をやっている!あいつがもたもたしてるせいで俺が自ら手を下さなければならないじゃないか!」


  名前は根元洋海、神奈川県立任田高等学校1年5組の担任である。


  「くそっ!ならば次は、次こそは、確実に殺そう、もう出し惜しみはしない。待っていろ羽澤、丑崎、時さえ来れば、もうお前たちの命はない!クハハ!クハハハハッッ!!」


  だがそれはもはや、外側だけの話である、元いた優しい根元洋海はもう存在しない、今いるのはただの狂人なのか、それとも他の何かなのか。

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