第九集 女の子は怒らせると怖い

  4月9日 9:20 1年5組専用体育館


  バシャバシャバシャバシャと走ってきたやつがいた、夏だ。


  「魁紀!一本踏鞴は俺達が倒してやったぜ!今回も俺の勝ちだ!」


  なんの勝負だよ、今までこいつ勝負してたつもりだったのか。


  「いや勝負なんてしてた覚えはないんだけど…それより一本踏鞴ならこっちでも倒したぞ。」


  おかしいことが起きてるからこっちの状況も教えた方がいいだろ、もし本当に分身体だとしたらあとで全班協力して対処しなければならないからな。


  「なに?一本踏鞴は一体だけじゃないのか!」


  「そのはずなんだが、健太の索敵で一本踏鞴の妖気が4体分確認された。そして夏、一本踏鞴を倒した時の手応えはどうだった?」


  夏なら気づいてるはずだ、手応えの無さに。


  「言われてみれば、何回か突き刺しただけで消えたな。」


  「みんな下がってください!!本体です!!」


  この声は夏の班の五十鈴か。それより本体ってまさか。


  「ふぉぉぉぉぉ…」


  こいつだ、間違いない、本物の一本踏鞴だ。


  「なんでこんなに大きいんだよ、しかも妖気のレベルがさっきと全然違う!」


  「琴里!何があった!」


  怪我をした五十鈴と他の第一班班員がやって来た。


  「あいつ、今までずっと気配を消していたのです。そのせいで探そうにも全く見つかりませんでした。夏が走って丑崎さんのとこに向かった後すぐに襲われました。」


  完全に夏のせいじゃんそれ…


  「くっ、俺がいない時によくも俺の班員に!」


  いやお前が勝手にこっちに走ってくるからだろ。


  「通君、下ろして。」


  え、南江下ろしてもらって大丈夫なの?あんだけ嫌がってたのにって、めっちゃびしょ濡れじゃん、あっさっき一本踏鞴が降りてきた時に跳ねた水がかかったのか。


  「あ、ああうん、わかった。」


  なんだこの寒気は、師匠がちょっと怒ってる時と同じ空気だ。


  「おい夏、五十鈴達に下がらせろ、嫌な予感がする。」


  「なんでだ?」


  「後で説明する、とりあえず下がらせろ!」


  今説明したらもしかしたら八つ当たりの的になる、その前に早く回避しなきゃ。


  「わかった、第一班!全員下がれ!」


  「俺らも下がるぞ!」


  すると南江が1人で一本踏鞴に向かって歩き出した。


  「よくも、よくもよくも、汚してくれたね。あれだけ嫌だって言ってたのに、こんなに泥臭くしてくれちゃって、どうしてくれるの…覚悟は出来てるよね?」


  よく見ると、南江の制服が泥で汚れていた。あっ、さっきの一本踏鞴の着地のせいで泥が舞ったせいか。


  そして一瞬南江の目が赤く光った気がした、嫌だ怖い…今後南江怒らせるのやめよ…


  「な、南江さんってこんなに怖くなるんだね…」


  「通ダメだよ、思ってもいいけど口に出しちゃダメだよ!」


  通と梁が小声で話してるのが聞こえる、それこそダメだぞ、聞こえてたらあとで俺らが殺されるかもしれないんだから!


  「魁紀君にやられてればよかったのに、もうただでは済まさないからね!すぅぅぅ、はぁぁぁ…」


  南江が構えを取った、手のひらを合わせ、深呼吸と共に南江の手に妖気が流れていくのがわかる、この感覚、南江ももしかしたらあの格闘術を習得しているのか?


  「対妖魔格闘術(たいようまかくとうじゅつ)・排山倒海(はいざんとうかい)!!」


  もちろんそれをただで見てる一本踏鞴では無い、両手の斧で南江を攻撃するが、全部受け流された。俺のとは違う型だな、まるで中国拳法みたいだ。そして南江の攻撃が一本踏鞴の胸部に当たる。


  「これで終わり、制服を汚した罪、それで許してあげる。」


  まだ一本踏鞴倒れてないけど大丈夫なの?って思ったけど、一本踏鞴の胸部がちょっとずつ砕け始め、やがて消え去って行った。


  「ほら夏言ったろ、これが理由だ。」


  「あぁうん、あいつ怒らせるとやばいのはよく分かった…」


  「そこまで!今日の模擬戦は終了だ、教室に戻ってくれ。」


  終わったか、意外とあっさりだったように見えるけど、あの一本踏鞴、本来の一本踏鞴とは違う設定にされていた。本来ならば分身なんて使えるはずがないんだけど、なんだったんだ。


  10:00 1年5組教室

 

  教室に戻ったあと、今回の模擬戦の成績が発表された、もちろん俺達南江班がトップだ、これがあと6日間も続くんだけど、もうあれじゃん、先に見つかったもん勝ちじゃんこれ。


  「なぁ魁紀、模擬戦の相手がまだ一本踏鞴の間は南江を後衛に回した方がいいのかな?」


  「いや、むしろ全部あいつに任せた方がいいんじゃない?」


  「でも南江さん次からあんなにやる気出すかな…」


  「そ、そうだね…でも僕、もうおんぶしたくないから、ま、前に出てくれると、いいんだけど…」


  男子勢の意見が割れた、まあ南江の気分次第だろ、どうせめんどくさいからやってーとか言ってくるだろ。


  「んーん?男子のみなさん、なーに話してるの?」


  「い、いや、何も話してないぞ、なぁみんな。」


  「う、うん、次の一本踏鞴戦どうしよっかって話だから、ね!」


  あっぶねー、万が一聞かれたら俺らまで砕けちまうわ…


  「そっかー、うーーーん今回だけでもう疲れたから次からみんなにお願いするね!」


  「あーわかった、任せろ…」


  ふー、なんとかなったぜ、次から大変になりそうだ。正直1発で片付けてくれるなら今後も頼みたいんだけどなー。てかなんであいつもこのクラスなんだよ、俺に助けられたとか絶対嘘でしょ、絶対1人で何とかなったでしょあれ。


  「あっそうだ!今日は第五班のみんなで出かけない?私行きたいところあるの、いいよね千尋ちゃん!」


  「うん!私もお出かけしたい!」


  げっ、マジかよ、帰って風呂入って寝たいんだけど…


  「男子諸君!今日は私1人の活躍でトップ取れたんだから、拒否権はないからね!」


  「「嘘でしょ…」」


  修行以外で時間を拘束されるのは初めてだ…


  12:00 横浜 みなとみらい。


  「やっぱり神奈川県民は渋谷とかよりみなとみらいだよね!」


  いや、みなとみらい別に大したもんないだろ。とは言うけど、俺もみなとみらいは好きだ、赤レンガ倉庫、ランドマークタワー、中華街など、いろいろ楽しめるとこはある。


  「ねぇねぇ遥ちゃん、私中華街行きたい!」


  「うん!私もちょうど行きたかったの!美味しい小籠包食べたい!」


  女性陣は楽しそうでなによりだ、それに比べて俺ら男子はと言うと。


  「よ、横浜って、人多いね…」


  「僕人多いの苦手なんだよね…」


  「俺もだ、人が多いとと妖気を感じすぎて頭おかしくなる…」


  「俺は景色を見るのと食べ物以外は興味無いな、特に買い物…」


  このように、全員乗り気ではない。


  それにしても中華街か、行くのは久しぶりだな、中学の時に1回行ったけどめっちゃキャッチに絡まれたな、あれ以外キャッチに対して苦手意識しかない。


 12:20 中華街


  中華街に着いた。あー、この門、見ただけでなんか中華街に来たって感覚がする、まあ感覚はなくても中華街には来てるんだけどね。


  「あ!あそこのお店よ!宝池閣(ほうちかく)!焼き小龍包が美味しいの!」


  「お、おー、そうか…」


  「しょ、小籠包は、食べたい。」


  「意外だな通、南江達と一緒買ってきて大丈夫だぞ。」


  「あ、僕も買ってくる、ちょうどお腹すいてたし。」


  「じゃあ俺も買おう、1回くらい食べてみようと思ってたんだ。」


  え、なに、みんなノリノリじゃん、これ俺も買わなきゃいけない流れじゃん。乗るしかない、このビッグウェーブに。


  「海老とニラか、一択しか無かったのか、俺には…」


  「魁紀君海老嫌いなの?」


  「ああ、これでも昔と比べればいろいろ食べれるようになったけど、海老だけは無理だ…」


  「えー美味しいのに。」


  美味しいとかじゃないよあれは、食べることを拒絶してるんだよ俺の体が。口に入れても飲み込むことすら許されないんだよ…


  「まあそんなことはいいだろ、冷めないうちに食べよう。」


  「そうだね、では、いただきます!」


  「あ、ま、待って。」


  あ、そうだ、小籠包食べる時まず最初にやらなきゃいけないのは。


  「「あっつ!!」」


  助かったぞ通、言われなきゃ俺も自爆してたわ。小籠包を食べる時、まずやらなきゃいけないことは、小籠包を割って肉汁を出すことだ、じゃなきゃ火傷してしまう。


  「熱かったー!!でも美味い!!絶品!!千尋ちゃんまた来よ!」


  「うん!熱かったけどまた食べたい!」


  仲が良くてなによりだ。


  あの後肉まんやら餃子やらも食べて、お腹いっぱいになった。時間もだいたい16時くらいか、いい加減帰るとしよう。


  「もう遅いから、俺は帰る。」


  「そうだね、みんなありがとね!着いてきてくれて!」


  「私はいつでもついて行くからね!遥ちゃ〜ん!」


  松田が嬉しそうに南江に抱きついた、まあたまにはこうやってみんなで羽伸ばすのも悪くない、実際楽しかったし、修行でもない模擬戦でもないけど、班のみんなで集まるのは、なかなかいいものだな。


 17:00 自宅


  みんなと別れ、すぐに家に帰った。今日は特に何もしてないとはいえ、意外と疲れた、帰るのいつもより遅くなったからかな。


  「あら魁紀、今日は帰ってくるの遅かったじゃない、どこで油売ってたの?」


  「あー、今日は班メンバーで中華街行ってきた。」


  「あら、遂に魁紀にお友達が出来たのね、お母さん泣いちゃう。」


  いや泣いてないだろそれ、確かにそうだな、中学の頃は周りから避けられてたし、友達ができたことに対して驚くのも仕方ないか。


  「楽しかったよ、久しぶりに遊んだって感じだった。」


  「よかったじゃない。魁紀、学校や修行も大事だけど、こういった友達との時間も大切にしなさいね、今後きっと役に立つ時が来るから。」


  「わかったよ。」


  母さんの言う通りだ、今まであんな時間を全然過ごしてこなかったから、これから大事にするべきなんだろう。あいつらなら、今後一緒でも楽しくやっていけそうだ。


  南江がいい空気を作ってくれて、松田がそれと一緒盛り上げてくれる、それで何かがあったら俺と健太が抑える、梁と通は南江達と反対で落ち着く空気を作ってくれる。うん、またみんなで出かけたいな。

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