第13話 本当の告白、そして
やがて空き教室に向かった直輝と朝陽は、廊下側から姿が見えないように壁際に座り込みながら話すタイミングを見計らっていた。床がひんやりとして冷たい。
「………………」
「………………」
幸いにも、この空き教室に移動するまで然程時間は掛からず、他の生徒にも出会わなかった。もしかしたら実は梶川の計算の内なのかもしれないが、何はともあれここまで手助けしてくれれば感謝しかない。
きっと今後朝陽との関係や趣味嗜好などを根掘り葉掘り聞かれそうな気がするが、協力料だと思えばやむを得ないのだろう。勿論、朝陽から許可を貰えばの話なのだが。
因みにだが梶川は既に先に教室へ戻っている。去り際に「ではお似合いの二人とも、あとはごゆっくり〜♪」と手をひらひらとさせながら行ってしまったが、流石に羞恥心が勝って途端に二人揃って顔を真っ赤にさせてしまった。
そうして、現在に至るという訳だ。
(……伝えなきゃいけない)
直輝はそっと心の中で呟く。裏庭では思いがけない形で正体がバレてしまったが、まだ自分の気持ちを伝えていない。朝陽への想いを、言葉にしていない。
ふぅ、と静かに深呼吸をして、何度目か分からない覚悟を決める。そして、今度こそ言葉を紡いだ。
「———朝陽、今までごめんな?」
「……なんで、なおくんが謝るの」
直輝が謝罪の言葉を口にしながらちらりと隣を見ると、朝陽は体育座りをしながら自らの腕に顔をうずめていた。視線は床に固定されており、その声音は少々不貞腐れているように感じた。
二人っきりになって開口一番が謝罪なのは、朝陽にとっておそらく不服なのだろう。それでも、彼女の前では誠実でありたい直輝はどうしても始めに謝っておきたかった。
「高校で一人っきりにさせちまった。噂が広まり始めたとき、俺はどうせ一時的なものだって、すぐに関心が他に向くだろうって、
「……そんなの、ウチも同じだし」
「元々この鋭い瞳で周囲の人をむやみに怖がらせてしまうのが嫌で、高校では真面目君を演じていた。まぁ、それも俺の一面でもあったが……もしかしたら、いつの間にか俺は、それを孤立している朝陽に関わらなくて済むようにする免罪符にしようとしてたんだと思う。高校での俺と公園での俺を使い分けて、苦悩を知っていて、甘い汁を啜ろうとしていた」
「…………最っ低、だね。なおくん」
「そうだな。……最低だな、俺」
静かに紡がれた、好きな人である朝陽の溜息混じりの罵倒が胸に突き刺さる。責められる覚悟で自分から打ち明けたこととはいえ、心臓がぎゅっと締め付けられる感覚に襲われる。
あの日公園で朝陽と初めて会った時ならば、こんな言葉など気にも留めなかった。どうでも良いとさえ思っていた。それがどうだ、今では彼女の表情や仕草、言動一つでも感情に振り回されてしまう。こんなにも愛おしいという気持ちが溢れてしまう。
にも拘わらず、直輝は少しでも自らに向けられる矛先を怖がってしまった。自分で自分が、嫌になる。
「……ま、好きになったウチもウチだけど」
「え、今なんて……?」
「なんでもなーい」
朝陽の声が小さすぎて上手く言葉を拾えなかったので聞き返したのだが、いったいなんと口にしたのだろう。不思議に思った直輝は首を傾げるも、彼女は言葉を続けた。
「でも、なおくん」
「ん?」
「それなら、どうして高校で孤立しているウチに告白なんてしようと思ったの?」
「それ、は…………」
「さっきのことも含めて、頭の良いなおくんならウチと関わることで自分に及ぶリスクは簡単に想像出来るよね? そ、それに……た、大切な人って、どういう、意味……?」
うっすらと頬を染めた朝陽が、ちらちらこちらに視線を向けながらそう訊ねる。それを間近で見た直輝もかぁぁ、と頰の朱さと熱が伝播してしまうも、なんとか悟られないように顔を逸らす。
大切な人、というのは、言わずもがなライクではなくラブの方である。
それに直輝が朝陽に告白をしようと思ったのも、告白に対する苦手意識を少しでも和らげたかったから。これ以上誤った噂が流布されないように接点を持ちたかったから。そして何より———キミへの『好き』って気持ちが、どうしようもなく抑えられなかったからだ。
(……そう素直に伝えられたら、どれほど良かっただろうか)
自分の気持ちをしっかり伝えようと覚悟した筈なのに、肝心なところで途端に怖気付いてしまう辺りすっかり臆病になってしまった。どうやら想像以上に先程の言葉が聞いているようだ。
ずぶずぶと、底のない泥に沈んでいくような感覚に陥る。
指先が、冷たい。
「———大丈夫だよ、なおくん」
「え……?」
「ウチは、なおくんから直接訊きたい。全部受け止めるから」
「朝陽……」
いつも気怠げな表情を浮かべる朝陽の、優しくも真摯な瞳が直輝を見つめる。顔を上げてこちらを見る、引き込まれるようなその視線に直輝の想いは突き動かされる。
「好きだ」
「っ……!?」
「俺は、どうしようもなく朝陽のことが大好きなんだ」
瞳を見開きながら驚いた表情を見せる朝陽だが、直輝はそんな彼女から絶対に目を離すまいと真っ直ぐに見つめる。
「高校で告白をしたのは、好きだっていう気持ちを抑えきれなかったから。守りたかったから。さっきの裏庭での出来事も、これ以上朝陽が傷付く姿を黙って見過ごすなんて出来なかったからなんだ」
「う、うそ……ホントの本当?」
「俺が言うと説得力がねぇけど、この気持ちは本物だ。もう一度言う。好きだよ、朝陽」
「ひゃう……っ」
朝陽は顔を真っ赤にさせながら小さく声を洩らす。
全部受け止める、と言っていた割には、目を泳がせながら口元をあわあわとさせているところなんて、とても可愛らしい。
ようやく朝陽に真剣な想いを、好意を伝えてだいぶ気持ちに余裕が出来た直輝はふととある事を思い出した。
「そ、そういえばっ、朝陽も……なんだよな?」
「え……?」
「いやほら、俺のことが好きだって、さっき……」
「あ……っ、〜〜〜っ!!」
直輝がそう指摘すると、彼女は長い黒髪を揺らして悶えるようにして頭を抱えた。声にならないか細い声を洩らしているところを見るに相当恥ずかしいのだろう。
それもそうだ、真面目くんの正体が直輝と知らなかったとしても、それを口にした時点で直輝に告白したものと同じ。もし自分の立場であったら、と考えるだけでも悶えてしまう自信があるので、当人の立場ならばその羞恥心も相当な筈だろう。
尚も変わらず朝陽はぷるぷると肩を震わせている。
「あーつまり、その、俺たちは両思いだったってコトで良いんだよなっ!? い、いやー、すごい嬉しいなっ!」
「…………るい」
「そ、それでさ朝陽……っ! その、お、俺と恋人に———!」
「なおくんだけ、ずるいよ」
「え、ずるいってなにが…………っ」
唐突に直輝の視界いっぱいに好きな人の顔が広がる。目を白黒させた直輝の唇には瑞々しくも柔らかい感触が伝わっており、鼻腔から洩れる微かな気息がくすぐったい。
———つまるところ、直輝は朝陽にキスされたのだ。
あまりにも突然な出来事に身体が固まり頭が回らない。初めてキスをしたのだが長い時間にも、短い時間のようにも感じた。
やがてゆっくりと唇を離すと、朝陽は照れ臭そうにはにかんだ。
「えへへ……ち、ちょっとはインパクトあったっしょ?」
「あ、はい…………」
「言っておくけど、それはウチなりの答えだから。だ、だからね、その……」
「?」
「きょ、今日も放課後、公園で待ってるからっ!」
「あっ……!」
そう言い残すと、朝陽は足早にこの空き教室から出て行ってしまった。同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。
「…………マジぃ?」
未だ唇に残る温もりを確かめるようにして手の甲で覆った直輝は、呆然としながらもその場から暫く動けないでいたのだった。
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