第10話 まさかの衝撃告白





「すぅ、はぁー。朝陽、来てくれると良いが……」



 そしていよいよやってきた昼休み。高校の裏庭のベンチに座っていた直輝はがちがちに身体を強張らせながら緊張していた。落ち着こうと何度か深呼吸を行うが、残念ながら腹の奥底に溜まった重苦しさが消える事はなかった。


 今日は朝陽に直輝の本当の正体を伝える日。集合場所にこの裏庭のベンチと伝えた理由はここならば人気が少ないので落ち着いて話せると思ったし、いつも公園で彼女と話しているのがベンチなので馴染みがあったからだった。


 ここは校舎が日陰になっている所為か、少しだけひんやりとした空気が流れている。夏なのでその冷たさが丁度良く、空を見上げると穏やかな青空が広がっていた。日差しがほとんど当たらないので、草木があまり育たず華がないのが難点だろうか。

 だが、一見何も手入れもされずに放置されているように見えるが、不思議にも直輝はこの裏庭全体に砂利が敷き詰められている光景が景色として洗練されているように思えた。



「……もし、彼女に本当の事を言って軽蔑されたら」



 ———大人しく、諦めよう。 


 緊張していても先程のように落ち着いて状況を判断したり、このような考えが過ぎるくらいに頭の片隅ではどこか冷静な自分がいた。

 元々直輝が何度も朝陽に告白しようと考えたのは、彼女に苦手意識を克服して貰う為である。全てを打ち明けて、嫌われて、冷たい目で、今まで騙してたんだって言われでもしたら二度と立ち直れない。


 しかし結局は直輝自身の自業自得。文句は決して言えない。朝陽に何を言われても……会わないで欲しいと言われても、受け入れる覚悟である。



「…………はぁ」



 そろそろ直輝がここに到着して十分程が経過しようとしている。

 もしかして裏庭に来る方法がわからないのだろうか、という心配と不安に駆られていると、ふと向こうから砂利を踏み締める音が聞こえた。


 顔を向けると、そこにはいつも通り制服を着崩したままの朝陽がこちらに向かって歩みを進めていた。直輝はそんな様子を見て思わず立ち上がる。



「白城さん、良かった。来てくれたんですね」

「……別に。ちょっと思うところがあっただけ。つーか来ただけでそんな嬉しそうな顔すんなし」

「え、僕そんなに表情緩んでますかね!?」

「メチャクチャ間抜けヅラしてるよ。真面目クン」



 朝陽の思いもよらぬ指摘に気分が高揚していた直輝は自らの顔をペタペタと触る。そんな様子の直輝に対し、はぁ、と小さく溜息をついた彼女は、構わずにそのまま隣に座った。


 なにから話そう、そう思いながらそわそわと緊張していた直輝だったが、暫くして先に口を開いたのは朝陽だった。



「…………で、何? 話って?」

「え? あーっと、そうですね……!」

「あーちょっと待って。やっぱ先にウチが伝えるから」

「伝える……?」



 直輝がそのように声を洩らすと、彼女は何故か恥ずかしそうに自分の長髪を指先でくるくると巻いている。今まで高校での直輝にそんな態度を見せた事は一切なかったのだが、一体どうしたのだろうか。



(……あぁ、昨日のことか)



 本当の告白をすることばかりに気を取られてしまっていたが、そういえば昨日、公園のベンチで朝陽は逃げてちゃダメだと言っていた。

 直輝が告白を続けてきて約一ヶ月。環境に虐げられながらも、きっと彼女なりに向き合った結果が今から告げられる内容に込められているのだろう。


 それが良い結果でも、悪い結果でも。全部ひっくるめて受け止める所存である。そうして朝陽を見守っていると、スッと息を吸って、吐き出した空気と共に彼女は言葉を紡いだ。



「……正直、すごく嬉しかったよ。アンタからの、その……本気の告白」

「…………はい」

「最初、色々な噂が流れているウチに告白してくるヤツなんて、碌でもないのばかりだと思ってた。どんな言葉で取り繕っても大抵が遊び半分だったり、ウチを見る視線がイヤらしかったり……。どんなにウチが否定しても、誰もが噂通りのヤレるビッチだって信じて疑わなかった」

「僕は、白城さんを信じますよ」

「……うん、ありがとう」



 そう言って朝陽は安堵したかのようにひっそりと微笑む。

 これまで高校ではほとんど口を聞いてこなかった朝陽だが、彼女をずっと近くで見続けてきた直輝にとって、この話をすることに相当勇気が必要であったことがよくわかった。


 僅かに肩や手が震えているし、当初朝陽が良くない噂に触れた時にあった、にへらとした笑みがないのがその最たる証拠。


 彼女はゆっくりと空を見上げると、そのまま言葉を続けた。



「それでね、色んな噂に疲れちゃったウチは、いつの間にか否定することも諦めちゃったんだー。初めて告白されたときは嬉しかったのに、断るとき、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに……どうせお前も今まで告白して来たヤツと同じだろって、ぜーんぶ一纏めにしてた。……最低だよね、ウチ」

「…………」

「それがウチにとって当たり前になっていたある日、キミに———真面目クンに告白された」



 朝陽の言葉に直輝は当時を振り返る。

 たかが一ヶ月、されど一ヶ月。今日に至るまでめげずに何度も告白をしたなぁ、と目を細めながらそっと唇を曲げた。



「……懐かしいですね」

「その、今更だけど、あの時はごめん。キミの告白が信用出来なかったとはいえ、終始素っ気ない態度だったよね」

「いえ、白城さんの取り巻く環境を考えるとそういった態度をとるのも仕方ないですよ。白城さんには何の非もありません」

「———。優しいね、真面目クンは……」



 気怠げな表情がデフォルトな朝陽だが、微笑む顔の裏でこちらに対する申し訳なさというか、罪悪感が隠しきれていない。根は真面目なので、きっとそういった感情が洩れてしまったのだろうが……何故だろう。


 どこか、彼女が遠くに行ってしまう感覚に囚われてしまう。



「正直何度も告白してきた時は、なんだコイツって思った」

「あはは……」

「立ち入り禁止の屋上に来た時もそうだけど、昼休みの度に何度も何度も来てさ。ウチがずっとわざとキミの話を無視して突き放してんのに、逆にキミはずっとウチのことを知ろうと質問してきて、懐に強引にでも入ろうとしてきてさ……。そんなヤツ……ううん、この高校でウチにちゃんと向き合おうとしてくれる人、今まで初めてだった」

「………………」

「だから、っていうのは完全に言い訳だけど……、どうしたら良いのかわからなかった。今まで無視したり素っ気なくしてたけど、心の中ではどうしたら良いのか、信用して良いのか、ずっとずっと悩んでた」

「そ、うだったんだ」



 直輝は言葉に詰まりながらもなんとか返事を返す。


 こうして改めて聞いてみると、よく公園で思い詰めたような表情を浮かべていたのは、きっと彼女なりの苦悩や葛藤があったからなのだろう。相手を信じるにはそれ相応の時間と、歩み寄る勇気が必要不可欠。悪意に晒されている立場ならば尚更だ。



「多分、怖かったんだと思う。真面目クンを信用して、裏切られるのが。初めと違って、あれだけ熱心に告白されたら、そんな人じゃないって、すぐわかるのにね?」

「………………」

「ねぇ、真面目クン」

「……はい、なんですか。白城さん?」



 こちらを向いた朝陽と視線が交わる。そうして彼女は、儚げに微笑んだ。



「———ありがと。まだ完全に、ってワケじゃないけど、真面目クンのおかげで今まで欠けていた感情っていうか、初心しょしんっていうか……そういう相手を信じる気持ちっていうのを、少しは取り戻せたような気がする」

「白城、さん……」

「……あと、ね」



 朝陽からの唐突な感謝の言葉。それを訊いた直輝は、告白を続けてきた甲斐があったとつい表情を緩ませるが……何処となく、次に朝陽が何を言うのか見当がついていた。


 朝陽は言いづらそうに顔を俯かせる。さらさらとした黒髪が垂れて表情は窺えないが、物寂しい静けさがその場を支配した。


 それが打ち破られたのは、朝陽がゆっくりと深呼吸をして間も無くのこと。



「ごめんなさい。キミとは、付き合えない」

「……一応、理由を聞いてもいいですか?」

「———ウチ、好きな人がいるんだ」

「っ」



 初耳だ、と直輝は思わず身体が強張ってしまう。


 これまで高校でも、それこそ公園でもそういった話はしてこなかった。というか、普段からドライな性格なのに好きな人の前では緊張してしまうタイプだった直輝が意図的に避けてきたのだが。


 どこのどいつだ、と表情を曇らせる直輝だったが、朝陽はその人物を思い出しているのかとても優しげな瞳をしていた。



「その人さ、よく放課後に公園で会ってるんだけどね」

「……え?」

「目つきが悪くて、ぶっきらぼうで、初めて出会った時も凄く無愛想だったんだけど……実はすごく手先が器用でさ。ウチが困っていたときに助けられて以来、よく話す仲になったんだ」

「うん?」

「その人、超がつく程のシスコンでさ。私も入院してる妹と三つ子の妹がいるからその気持ちはすっごく良くわかるんだけど……妹を見る視線がね、側から見てても大切に思ってるんだなーってすぐ分かっちゃう位、とても優しいの」

「お、おん……」

「なんか、あの人の側にいると安心しちゃうんだよね」



 そう言って照れ臭そうにはにかむ朝陽だが、直輝の心中はそれどころではなかった。心臓がバクバクしながら瓶底伊達眼鏡の奥では目が激しく泳いでしまうが、そうなってしまうのも仕方ないだろう。


 とどのつまり、だ。



(朝陽が好きな人って、俺……ってコトぉ!?)



 まさかの両片思いだったパターンである。ここで判明したのは完全に思いも寄らぬ出来事だった訳だが、どう反応すれば良いのか迷う。


 付き合えないとお断りの返事をされたり、かと思えば好きだと告白される。冷静に居ようと努めるが、朝陽が好きな相手が自分だと判明した以上、近くにいると考えると、どうしようもなく感情がせわしなかった。


 なんだか上の方から複数人の女子の声が聞こえたような気がしたが、おそらく気の所為だろう。


 そんな直輝の様子が目に見えて明らかだったのだろう。朝陽はしゅんと表情を沈ませると、こちらの内心など露知らずに言葉を続けた。



「……そうだよね、ごめん。急にこんなこと言われても困るよね」

「お、い、いや、だ、大丈夫ですってよ!?」

「めっちゃ動揺してるじゃん。……本当に、ごめん」



 朝陽は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 確かに状況からして、高校での直輝からの告白を断ったのに、好きな人(直輝)への想いを語るという傷口に塩を上塗りしている状況である。朝陽の心情をおもんぱかるのならば自分自身を責めて当然だ。



(……好きな人にそんな顔させたままじゃ、男が廃るよな)



 隣にいる朝陽を見つめながら直輝はそっと意思を固める。折角彼女が勇気を出してここまで打ち明けてくれたのだ。みっともなく動揺している場合じゃない。



「し、白城さん!」

「ひゃっ!? ご、ごほん。なに、急にどうしたの真面目クン?」

「今日、僕、伝えたいことがあるって言いましたよね」

「あ……う、うん。そうだったね。それって、いったい……?」



 朝陽は不思議そうに首を傾げると、こちらの言葉を待つようにして視線を向ける。彼女の可愛さと自らの臆病さに一瞬だけ呑まれてしまうような錯覚に陥ってしまうも、意を決して直輝が言葉を紡ごうとしたその時だった。



「実は、俺———!」



 びしゃあ、と冷たい水が上空から直輝の全身に降り掛かった。














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