第6話 告白宣言




 「さて、と……」



 それから何事もなく時間は過ぎ、現在は昼休み。午前の授業から解き放たれた教室では、がやがやとしながらクラスメイトがお弁当をつついていた。ぽつぽつと空席もあるが、ここにいない生徒はそれぞれ購買に行ったり別の場所で昼食をとったりしているのだろう。


 自分で作った弁当を持って席を立った直輝も、今日ばかりはその内の一人だった。



「お、堅持教室で食べないなんて珍しいじゃん。どこいくん?」

「ちょっと気分転換したくてさ。良さげな場所見つけたらそこで食べるよ」

「おーそっか。行ってらー」



 ひらひらと手を振って教室から出ていく直輝を見送るクラスメイトの男子。入学してからというもののよく話し掛けて来てくれる彼には嘘をついてしまって申し訳ないが、直輝が向かう先は既に決めていた。


 教室を出てゆっくりと扉を閉めると、直輝は屋上に向かう為に足を進めた。



「朝陽、今日も屋上にいると良いけど」



 そう言いながら階段に足を掛けると、直輝ははやる気持ちを抑えながら一段ずつ踏み出す。


 直輝たち二年生が在籍する教室は校舎の二階にある。目的地である屋上へ向かう為には、三階へ行く階段、屋上へ行く為の階段といったやや疲れる距離を経由しなければならない。



「そういえば、どうして朝陽が屋上のカギ持ってるんだろうな?」



 三階へと到着した直輝は、屋上へと繋がる階段を目前にぽつりと呟く。


 元々朝陽が屋上にて昼食をとっているのは、向かう所を見掛けていたので知っていた。


 簡単に一本のロープで行き止まりとしているが、本来であれば屋上の使用は一般生徒は禁止である。通常であれば生徒会の人間やその他イベントの用事などで教師に許可を取って鍵を預かり出入り可能となるのだが、何故朝陽が屋上の鍵を入手しているのか不明だった。


 直輝は軽く屈んでロープをくぐると、そのまま階段を登っていく。そして屋上へと繋がる扉の前まで到着した。



「……よし」



 ここに来るのは先日告白した日と合わせて二回目。意を決して扉を開けると、ギギギっと小さく錆びれた音がした。


 網のフェンス越しからは隣の校舎やグラウンド、体育館など地域一帯が見渡せた。顔を上げるまでもなく周囲へ目を向けると、澄み渡った青空が広がっており、柔らかい風がとても気持ち良い。爽快、と表現するにはやや大袈裟だが、清涼さの感じる風に直輝は自然に頬が緩んだ。



「……見つけた」



 屋上のだだっ広い場所へ歩みを進めると、背中を向けた朝陽の姿が視界に映る。景色を見渡せる奥のフェンス側にて菓子パンを片手に持ちながら立っていることから、どうやら昼食を食べている途中のようだ。


 長い黒髪をふわりと靡かせた朝陽だが、こちらに気付いた様子はない。


 ふぅ、と直輝は不安から息を吐く。ほぼ毎日公園で朝陽と会っているとはいえ、高校では違う姿な上に一度はフラれている。また冷たい視線を向けられるのではないかと微かな緊張感を身体に纏わせた直輝だが、意を決すると彼女の元へ歩みを進めた。



「———屋上って、風が気持ち良いんですね」 

「…………アンタ、確か一昨日の?」



 どのように話し掛けたら良いのか少しだけ迷ったが、自然とそのような言葉が口をいて出た。朝陽はわずかに驚いたような表情を浮かべながら返事を返すも、直輝は構わず彼女から少しだけ離れた隣へ立つ。


 また来たのか、という鬱陶しげな視線をひしひしと感じながらも朝陽はそのまま口を開いた。



「……はぁ。うざ。なんか用? 真面目クンの告白はあの時断ったし、今後一切関わらないでって言ったよね?」

「僕の傷心した心を癒すには屋上で日向ぼっこするのが名案かと思いまして」

「ここ、関係者以外立ち入り禁止だよ」

「朝陽さんだって、昼休みは基本的に屋上で過ごしてるじゃないですか」

「ウチは特別なの。つーか名前で呼ぶな」

「……じゃあ、白城さん」



 普段から朝陽と呼んでいる所為か違和感が目立つも、名前で呼ぶなと彼女がそう言う以上仕方がない。ずきり、と心が痛むがなんとかポーカーフェイスで覆い隠す。


 気を取り直した直輝は、フェンスに寄り掛かりながらコンクリートの地面に座る。そして片手に持っていた弁当の包みを開けた。



「……ねぇ、何してんの」

「何って……昼食のお弁当を開けてるんですが」

「んなの見たらわかるっつーの。ウチが聞いてんのは、なんでわざわざ屋上で食べんのかって話」

「ですから、傷心した心を癒しに———」

「はぁ———あのさぁ」



 直輝が屋上で食べる理由を答えようとするも、一際大きい声で朝陽が遮る。ちらりと彼女の顔を覗き込むと、普段は気怠げな表情が些か苛立っているように見えた。


 眉を顰めた朝陽の凍えるような視線が直輝を射抜く。



「もうそーゆーのいいから、さっさとここから出てってくれない? わざわざ傷心したーとか嫌味を言いに来たんだろうけど、だからどうしたって感じだしさ。あ、それか一人ぼっちでいるウチを揶揄いに来た? それとも同情? テキトーに慰めておけばヤレると思った?」

「それは違います!」

「はいはいそうですかー。ま、何の魂胆か知らないけど、もう二度と関わらないでくれないかな? こんなところで時間潰すより、教室でお勉強してた方が有意義だと思うよ? 真・面・目クン?」



 朝陽は最後の一口を食べ終えると、菓子パンの袋を結ぶ。


 終始こちらを小馬鹿にするような態度と口調で言葉を投げつける彼女だけれど、不思議と嫌な気持ちにならない。今思うと、寧ろ朝陽のことだからわざわざ酷い事を言って自分から遠ざけているような感じさえするのだが、考え過ぎだろうか。


 彼女は出口へ歩きながら制服のポケットに両手を突っ込むと、フェンス側に座り込む直輝へ振り返る。そしてじゃらりと鍵をポケットから取り出してこちらに見せつけると、次のように言葉を続けた。



「鍵、開けとくから食べたらさっさと教室に戻りな」

「……ありがとう、ございます」



 そのまま背中を見せて屋上から立ち去ろうとする朝陽だったが、直輝はどうしても最後に伝えたいことがあった。



「あの! やっぱり、僕は朝……白城さんのことが好きです」

「はぁ? まだそんなこと———」

「今日! ここに来たのだって、一緒に昼食を食べてただお話をしたかったからです。まぁ、一足遅かったですけど……」

「………………」

「それだけは、白城さんに勘違いされずに知っていて欲しかった。……また、ここに来て良いですか? そして何度も自分の気持ちを伝えますから、覚悟しててください」

「なっ……」



 朝陽は心底迷惑そうに顔を歪めるが、直輝としては本気だった。


 何度も告白をする———それが直輝が導き出した考えである。高校で現在流れている噂により朝陽が相手の好意を信じられない以上、高校での直輝の告白をこれまでと一緒くたにされてしまうのは残念だが仕方ない。


 エゴというか、随分恣意的な考えである事は重々承知だ。

 しかし多少荒療治だろうが、告白という真摯な想いを何度も、何度も何度も何度もぶつけることで、少しでも苦手意識を和らげていくしかないだろう。噂自体も完全に払拭するのは難しいかもしれないが、朝陽と付き合える可能性を少しでも広げる為には真面目君である直輝の行動が鍵になってくる筈だ。


 そうして誠意的に朝陽に告白しまくって、いずれ苦手意識を克服。タイミングを見計らっていつもの公園での姿で告白すればこちらの告白を受け入れてくれるだろうという算段である。



(これからぐいぐい告白していくだろうけど、どうか嫌わないでくれよ……!)



 直輝は緊張感を抱きながら、そう強く願う。


 きっとこんな事を言ってくる男子は他にいなかったのだろう。直輝の言葉を聞いた朝陽は複雑そうな表情を浮かべるも、すぐにそっぽを向く。



「……知るか、ばーか」



 そのように小さく声を漏らすと、彼女はそのまま屋上を去って行ってしまったのだった。


 一人残された直輝はというと、フェンスに背中を預けながら暫く脱力して空を見上げる。やがて広げた弁当箱の中にあるウインナーに箸を伸ばすと、心地良い風に包まれながら口の中に放り込んだ。そして咀嚼。



「……やっぱり朝陽は可愛いな」



 最後に恥ずかしげに言い放った言葉の可愛さに放心状態になった直輝は、昼休みの時間を目一杯使って弁当を食べ進めたのだった。

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