第5話 何度も告白するしかないだろ




 次の日、きっちりと格好や服装を整えて登校した直輝は、自分の教室で朝のホームルームまで読書しながら過ごしていた。


 最初は自分の鋭い目で他の人を無闇に怖がらせない為だったが、高校で真面目クンを演じているうちに、いつの間にか文芸小説やライトノベルなどといった小説にまで食指が伸びるようになってしまった。

 様々な文章や表現に触れるのはとても良い勉強になる。そういう訳で小説を読むのは直輝にとって既に日課になっているのだが、今日に限って何故か文字が滑る。



「堅持くん、おはよ〜!」

「おっす堅持ー!」




 幸いにもきっちりとした格好の直輝は、席が近くの人に勉強を教えたり相談事に乗っていたので何とかクラスに馴染めていた。男女問わず挨拶をしてくれるクラスメイトたちにおはよう、と返事を返しながら本に目を落とすも、文章が頭に入ってこない。



(あー、くそ。もやもやするー……!)



 先日の朝陽への告白もそうなのだが、どうやら彼女による昨日の『友達』発言が思った以上に響いているらしい。毎朝しっかり食べている朝食が今日は喉を通らない程である。


 告白してフラれ、意中の女の子には友達と強調され、直輝の心は少々傷心気味だった。しかし、



(……それでも、俺は朝陽が好きだ)



 高校にて流れている噂がどんなものであれ、実際に朝陽と色々な言葉を交わしたり出掛けたりしたおかげで優しい心の持ち主だとわかった。他人に興味を抱けなかった直輝が彼女の心に触れることで恋を教えて貰った。


 例え本人からとして見られていなかったとしても、朝陽と結ばれたいという想いをそう簡単に諦められる筈がなかった。


 よし、と直輝は改めて気合を入れ直す。その直後に近くの席から女子らのひそひそとした声が聞こえた。



「———ねぇねぇ、あれ見て」

「うわ、白城さんじゃん」



 廊下のほうへ視線を向けると、窓ガラス越しに歩いている朝陽の姿があった。普段と同じ気怠げな表情なのだが、その一方でどこか感情を必死に押し殺しているような気がする。

 変わらず、そんな朝陽の姿を見ると酷く胸が痛んだ。


 朝陽の姿が見えなくなると、再び近くから囁くような声が紡がれた。



「白城さんってさ、ギャルだし怖くて何考えてるかわかんないよねー」

「噂だと結構遊んでるみたいだよー? 夜遅く見掛けたって人もいるし、その時も目つきの悪い男ともつるんでたって。他にも出会い系とかパパ活で男たちから金を巻き上げてるとか———」

「———ごめん、僕の小説。手が滑った」

「え……あ、あぁ。大丈夫だよ堅持くん。はいこれ」

「ありがとう」



 何の信憑性もないたかが噂だが、聞くに堪えなかった直輝はわざと床に自らの小説を放り投げて彼女たちの話を遮る。

 感謝を述べながら近寄って本を受け取るも、正直に述べると心境はとても複雑だ。別に彼女らが直接的に悪い訳ではないが、そんなことを平然と口に出来てしまうほど、どうしようなく朝陽の悪い噂は高校中に広まってしまっている。


 先日告白したことでなんとか接点は持てたが、名誉回復の手段が思いつかない以上、直輝にはこれまでこういったささやかな方法で防いでいくしかなかった。



(……でも、一番辛いのは当事者である朝陽なんだ。遠くから見てただけの俺が悲しんでる場合じゃねぇだろ……!)



 直輝はゆっくりと椅子に座りながら強い気持ちを抱く。


 正直、朝陽と出会った当初はここまで噂が大きくなるとは思ってもみなかった。事実、流れる噂もとても小さなもので、直輝の耳には一切届いていなかった程である。噂の流布が顕著になってきたのは、二人が出会って少ししてから。


 ドライな性格ということもあり、時間が経てば関心も薄れるだろうと慢心していたらこのザマだ。人の噂も七十五日、というが全くアテにならないとげんなりしたのが懐かしい。


 ともかく、現状を打破するために直輝がするべき事は何か。



「———何度も告白するしかないだろ」



 静かに、されど熱い想いを胸に直輝はそう言葉を紡ぐのだった。










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