第4話 苦くて甘酸っぱい




 何故か慌てているこちらの様子を不思議に思ったのだろう。朝陽は訝しげな表情を浮かべながら覗き込むようにして直輝に声を掛ける。



「どうしたの?」

「……あぁいや、なんでもねぇぞ」

「ん」



 なんとか平静を保ちながら取り繕ったのが功を奏したようだ。もしや高校の真面目な直輝=隣にいる直輝だとバレたのかと思い未だ心臓がバクバクとしていたのだが、ひとまず安心そうである。


 朝陽に抱かれている悠希を見てみると、いつの間にかすぅすぅと寝息を立てている。どうやら彼女に背中をぽんぽんと撫でられているうちに安心してしまったのだろう。


 朝陽は僅かに首を傾げるが、納得したのか一つ返事を返すとそのまま気怠そうに言葉を続けた。



「屋上でお弁当食べてたら、いきなり同級生の男子がやってきてさー。放課後話があるから空き教室に来てくれって言われたんだよね」

「へ、へー……そうなんだ」

「同じ学年でも名が知れてる程の頭が良い真面目クンで、こう言っちゃアレだけど死ぬほどダサくてさ。牛乳瓶の底かってくらい分厚い眼鏡に髪をぴっちりと七三分けにしてる典型的なガリ勉くんが、色々噂のあるウチに何の用かなーって思って。……まあ大体予想はしてたケド、案の定告白だった」

「ほ、ほーん…………え、あれダサかったのか!?」

「ん、なんか言った?」

「なんでもないです!」



 再度不思議そうな視線を向けられてしまったが、直輝の内心では衝撃が走っていた。


 理由は言わずもがな、先程朝陽が口走ったダサいという言葉が原因だ。きっちりとした服装や髪型は格好良く好印象だとネットに記載されてあったのでそれを参考にしたのだが、どうやら他人の目からすると死ぬ程ダサいらしい。


 直輝自身も格好良く整ってると思いこれまでの高校生活を送って来たが、まさか自分の美的センスがズレているなんて思いもしなかった。今思えば妹の悠希から「なおちゃん、なんかヘンー」と指摘されたにもかかわらず、まだ世間が狭いからと素直に受け止めなかったのがいけなかったのだろう。

 思わず頭を抱えたくなるが、隣には朝陽もいるのでなんとか控える。


 直輝は身に秘めた動揺を隠しつつ、改めて口を開いた。



「そ、それで? 告白の返事はどうし———」

「勿論断ったよ」



 直輝の言葉を最後まで待たずに被せてそう言った朝陽だったが、雰囲気がいつもと違い真剣だったように見えたのは気の所為だろうか。


 気になった直輝がふと隣へ顔を向けると、いつの間にこちらを見ていた彼女と視線が合う。気怠げな表情は変わらないが、その瞳は思わず引き込まれそうになる程綺麗で、誠実で、魅力的だった。


 少しの間が開くが、突如朝陽は脱力したかと思ったらぼんやりと口を開いた。



「というか、信じられないんだよね。そういう告白」

「信じられない……?」

「なおくんも知っての通り、ウチって結構いろんな噂が流れてるでしょ? それもわるーい、ね」

「あぁ、まぁな……」

「相手の告白を断っただけでビッチだのヤレるだの噂を流されてさ、その後も下心丸出しの男子に何度も、何度も何度も何度も何度も告白されちゃあ流石に相手の好意なんて信じられなくなるよ」



 本人としてはとても不本意なのだろう。言葉自体は軽いのだが、陰鬱な雰囲気は目に見えて隠せていなかった。


 信じられない、という言葉通り、相手の好意を信用出来なくなった原因は彼女が幾度となく受けてきた告白……そして玉砕した男子たちによる逆恨みとおそらく女子の嫉妬によって生み出された噂の影響が大きい。


 これまで火消しをしようにも、高校での直輝と朝陽は何の接点もないので1人の力では限界があった。だからこそ、彼女に告白することで高校でも接点を持てるようにしたかったというのが告白したもう一つの理由だった。

 

 こうやって朝陽と約一年ものあいだ接してきた直輝だからこそわかるが、見た目はダウナー系ギャルだが絶対に悪い子ではないのだ。

 美少女な朝陽に告白を断られてしまった男子と告白される姿に嫉妬した女子による小さな悪意の積み重ねが次第に膨らんでいってしまった結果、何の信憑性のない噂による風評被害を受けてしまったという印象である。


 云わば、白城朝陽は被害者なのだ。



「…………なおくんだったら良かったのに」

「え?」

「う、ううんっ。こっちの話っ」



 朝陽が小声で何か言ったようなので聞き返したのだが、ぱたぱたと手を振って誤魔化されてしまった。

 心なしか頬が赤く染まっているような気がする。



「と、とにかく、どんなに言葉を飾られても信じられない以上告白されてもメンドいだけだし。だから断ってるってコト。てゆーかよく知りもしない相手と付き合うなんて無理だし、妹たちの世話もしないといけないワケだし」

「そ、そうか……」

「うん、そう」



 いつも気怠げな朝陽が何故か頑張りながら弁明しているように見えて思わず小さく首を傾げる。ともあれ、彼女が告白されても頑なに断る理由がはっきりした。高校で過ごす真面目クンの正体が直輝とはいえ、碌に知らない男子からの告白を受け入れない訳である。


 だがしかし、直輝からしてみると些か納得出来ない部分もある訳で。



(この姿とは違う格好とはいえ、好きな人に断られたのはショックだったなぁ……)



 相手の好意を信じられない朝陽へ我慢出来ずに告白してしまったのは、完全にこちらの落ち度。無慈悲に断られても仕方がない。

 それでも大変傲慢な考えだというのは自分でもわかっているのだが、違う姿でも朝陽に気が付いて欲しい、という想いが心のどこかで存在していたのは確かで。ドライな癖につくづく女々しくて面倒臭い性格をしている、と直輝は自卑してしまう。


 きっと既に朝陽の中では、告白という状況に対して苦手意識が根付いてしまっているに違いない。それをどうにかしなければ、告白どころか付き合うなんて夢のまた夢だろう。問題は、どうやって苦手意識を克服するかである。

 しばらく二人の間には無言の空気が流れる。どうするべきか必死に頭を悩ませる直輝だったが、先に口を開いたのは朝陽だった。



「でも、なおくんは別」

「……ん?」

「信用してる、って話。初めてここで出会ってから付き合いも長いし、たくさん色んなこと話したし、なんだかんだ、その……」

「?」

「なおくんと一緒にいると、落ち着くってゆーか……。…………〜〜。あー、やっぱなし。恥ずっ」



 そう言った朝陽は直輝から急いで顔を逸らすが、黒髪から見える耳はとても真っ赤である。そんな様子を見た直輝は思わずきょとんとしてしまう。


 そして次の瞬間には、直輝も顔が真っ赤になった。



(…………あれ、もしかして今告白すればオッケー貰える?)



 朝陽の言う通り、なんだかんだ彼女との付き合いは長い。始めの話すきっかけは悠希の好奇心によるものだったが、それが無ければここまで彼女との縁はつながらなかっただろう。


 どうやら彼女も直輝に対して特に暗い感情は持ってないようだし、ここで告白をすれば晴れて恋人同士になれるのではないか。そんな緊張と淡い期待を抱きながら、直輝は改めて隣にいる朝陽へ視線を向けた。



「あのさ、朝陽———っ」

「い、言っておくけど『友達』としてだからっ。それ以上でも、それ以下でもないからっ」

「……へ?」

「だから、その……さっき言ったのは、別に深い意味とかないからってコト!」

「お、おう、そっか」



 直輝から顔を逸らしたまま、普段の様子とは違う強い口調でそう告げる朝陽。それを聞いた直輝はぴしりと身体を強張らせるも、同時に心の中ではほっと安堵していた。



(あっっっっぶねぇー……、勘違いしてそのまま告白するところだった……)



 どうやら朝陽が直輝に抱いているのは『友達への信頼』だったらしい。先程の朝陽の言葉を聞いてすぐさま告白しようとしていた直輝だが、あと一歩というところで踏み止まれたのは本当に良かった。


 もしこの姿のまま朝陽に告白してフラれてしまっていたら、二度と立ち直れない自信がある。



「…………………………もう、ウチのばか」

「ど、どうした?」

「なんでもない……」



 力なくそう告げる朝陽。心なしか落ち込んでいるような気がするのだが、いったいどうしたのだろうか。


 ドライな性格である直輝がここまで他人を気にするようになったのは、恋を知ってしまったからだ。それが良い変化なのか悪い変化なのか……まだ上手く判別する事は叶わないが、出来る限り好きな人である朝陽の力になってあげたい。支えたい。


 それは紛れもない直輝の本心だった。しかし、全くもって力になれていないのが現状。


 苦くて甘酸っぱい。が、改めて気を取り直した直輝は、眠り続ける悠希を見守りつつ朝陽と雑談などをしてそのまま過ごしたのだった。

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