第3話
聖女ルーシー・ホロウスターは難しい顔つきで腕を組んだ。
艶やかな銀髪と夜明けの空のような紫の瞳が美しい彼女は、幼い頃より聖女となるための修行をこなし、己の身を律してきた。
故に、何時いかなる時も冷静に、決して心を乱してはならない。常に静かな微笑みを湛え、民衆に安心を与えなければならない。それが聖女の役目だ。
「いい加減におろしなさい。女神を逆さにするとあの、あれだ、爆発しますよ!」
女神に適当な嘘をつかれようと。
「あの、そろそろお暇しても……?」
勇者が帰宅したがっていても。
「私は聖女……私は聖女……そもそも、聖女に与えられる浄化の力を貴方が持っているのだから、帰られては困るわよ!!」
「ああ、そうか」
勇者サガは我に返ったような顔をした。そう、現在、勇者の鍛え抜かれた鋼の肉体には、すべてのものに慈愛と癒しを与える浄化の力が宿っているのである。
サガは自分の手のひらをじっと見つめた。剣だこだらけの硬い手だ。
この手に癒しの力が……
「こんな傷だらけの手で何が癒せるっていうんだっ!!」
「どうしたの突然!?」
急に拳を握り締めて苦しげに叫びだしたサガに、ルーシーが驚く。
「だって、体育会系十九歳男子にごつごつの手のひらかざされたら癒しより恐怖が先に来ないか? 病気の幼女に「今、楽にしてあげよう……」って手のひらかざして近寄ったら通報されるだろ! 事案だ事案!」
「た、確かに……っ」
サガの懸念に、思わずルーシーも納得した。
病気で苦しむ幼子に、手のひらをかざしてじりじり近寄る屈強な男の姿を想像して、ご両親の気持ちになって通報致し方なしという結論になる。
「愚かな人の子よ。見た目で判断してはなりません。魚介類だってグロい姿してる深海魚の方が美味しいでしょ?」
「うるせークソ女神!! 人は見た目が九割なんだよ!!」
そもそも女神が深海魚などという生臭を口にしていいのか否か。
「落ち着いてサガ。誰も貴方に人々を癒せだなんて言っていないわ。それは私の役目よ」
ルーシーは荒ぶる勇者を優しく落ち着かせる。これも聖女の役目、と自分に言い聞かせながら。
ちなみに大神官は空気に徹している。出世する男は空気を読む力に秀でているのだ。
「ちょっと混乱していたけど、よく考えたら「光の力」と「浄化の力」を交換すればいい話じゃない? いったん力を抜いて、もう一度女神に今度は正しく与えてもらえばいいのよ」
「おお! それもそうだ!」
あっさりと解決策が浮かんで、サガも安堵した。
サガに与えられた「浄化の力」をルーシーに、ルーシーに与えられた「光の力」をサガに移動させればいいだけだ。簡単な話だ。
しかし、
「無理ですよ」
逆さ吊りの女神はあっさり否定した。
「人間の体でこれほど大きな力を受け取れるのは人生で一回こっきりです。二度目は肉体が力に耐えきれず爆発して飛び散りますよ」
「爆発して飛び散る!?」
「片づける方の身にもなってください」
「お前が片づけるわけじゃねーだろっ!!」
大神殿で勇者と聖女が爆発して飛び散ったら、清掃する人間のみならず聖職者達もトラウマになると思うので出来れば余所でやってほしいと大神官は思った。
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