メイン・バー
ロビーまで下りたから三宮にでも繰り出すのかと思ったら、連れてこられたのは、なんだ、これってバーじゃない。それもお触りじゃないやつ。
「ホテルにお触りバーはありませんよ」
そうだよな。だいたい女が行く意味もないし。でもこういうバーも見たことがある。もちろんテレビドラマだとか映画だけど、恋に疲れた男や女が静かにグラスを傾けるところかな。そういう目で見るとシックで感じが良いかも。
ああまた難関。ここでもオーダーしなくちゃいけなんいだ。バーと言えばカクテルぐらいは知ってるけど、どんなカクテルがあるかはわかんないよ。それにしても、どうしてメニューがないんだよ。
「ユリさんはフルーツ・カクテルで良いですか」
へぇ、果物のカクテルってあるんだ。ミックス・ジュースみたいなものかもしれない。でも。でも、こういうところで口当たりの良い強い酒を飲ませて女を潰してベッドに持ち込むパターンもあったはず。ジュースみたいな感覚でホイホイ飲んでたら酔い潰されて、気が付いたらベッドの上。
それも下着まで脱がされて、男が覆いかぶさってるんだ。驚いて抵抗しようとするけど、酔わされてるだけじゃなくシビレ薬まで入っていて・・・
「さすがは北白川先生の娘さんですね」
しまった、お里がモロバレだ。でもヤリマン・ビッチのお母ちゃんとユリは違うぞ。もちろんヤリチン種馬のクソ親父ともだ。遺伝的に逃げ場がないのは今日は目を瞑る。
「フルーツ・カクテルはロングですから御心配はいりません」
教えてもらったのだけど、カクテルは大雑把には二種類に分かれていて、小さなグラスのショート・カクテルと、大きめのグラスのロング・カクテルがあるそうなんだ。アルコール度数が高いのはショートで、ロングは低目なんだって。出て来たのはメロンのフルーツ・カクテルでこれはどう見てもロング。
「乾杯」
なかなか口当たりが良いじゃない。さて話はいよいよ本題だな。まさかインポ談議にならないと思うけど、
「まず謝っておかないとおかないといけません」
美山で置き去りにされたのはやっぱりあの二人組の陰謀だった。でもそうなるように頼んだのはコウさんだって言うのよ。もしかして高山のセッションのバーターだったとか。
「セッションぐらいは喜んでやります」
ここのところもモヤモヤするから聞いてやれ。コウさんとあの二人はどういう関係なんだよ。
「これは詳しいことはお話しできませんが、あのお二方は現代に生きる女神であり、私はその恵みを受けた者です」
女神みたいに綺麗なのは認める。でも関西弁バリバリだし、あんな牛みたいに酒を浴びるように飲むわ、馬みたいな大食いするのが女神かよ。だけどコウさんがあまりにも真剣に話すものだから、これ以上は聞けなかった。助けてもらった恩もあるものね。
そんな事より本題だ。彼女を作れないとコウさんは言ったんだ。それは勝手だし、その原因がインポであろうと知ったこっちゃない。それだったっら、どうしてこうやって会おうとしたかだ。
「どうしても、こらえきれなかったのです」
はぁ、彼女にしないんでしょ。
「これにはボクの家の事情を知ってもらわないといけません。まずボクの本名ですが」
コウさんはコースターに、
『北白川紘有』
へぇ、エロ小説家もやってたのか。
「ユリさんのお母さんのペンネームとたまたま同じですが、ボクのは本名です」
そっか北白川の苗字の人の商売がエロ小説家ってわけじゃないのか。そこは置いといて、名前の方はどう読むんだろ。『コウユウ』じゃ変だよね。
「ヒロアリと読みます」
白アリみたいな名前だけど、これも今どきじゃないよな。そこからのコウさんの話は悪夢の再来みたいな話になったんだ。なんとだよ、元皇族のお家柄だって言うのよ。第二次大戦後に皇籍離脱したから今は一般国民になってはいるけど、
「家のプライドがとにかく高くて」
皇籍離脱はしてるけど、元皇族の家は公式ではないけど準皇族みたいな扱いを今でもされてる部分はあるらしい。天皇家の親戚であるのは間違いないものね。ごくシンプルには折り紙付きのセレブだ。
コウさんはそんな家に馴染めずピアノ、それもストリート・ピアノに熱中したで良さそう。バイクでツーリングしてるのもそうかもしれない。家柄への反発みたいなもので良い気がする。
元皇族でもそうやってセレブと縁が切れた人生を選ぶのもいるそうなんだけど、コウさんで問題なのは宗家の跡取り息子なんだって。家の方はコウさんがピアニストとして活躍しているのはクラシックの方は認めてるらしいけど、結婚となると、
「古臭いですが釣り合いの問題で・・・」
コウさんも好きになって結婚まで考えた女もいたんだって。そのステップで家族への紹介になった時に、それこそ一族総出の大反対どころか、元皇族挙げての大反対になり、大騒動になったとか。
コウさんもなんとか説得しようとしたみたいだけど、そんな騒動になったから彼女に愛想を尽かされたぐらいで良さそう。なんとなくわかる気がする。そんなところに無理やり嫁いでもロクな目に遭わないものね。
「親が勧める結婚相手は気が進まず、とはいえ一般人では前の騒動が再燃します」
セレブのボンボンも大変だな。いっそ家なんか捨てちゃったら良さそうなものだけど、
「そこは子どもの頃から刷り込まれた呪縛もありまして」
ここはそれだけじゃなく、とにかく親戚が物凄いセレブ連中過ぎて、下手すりゃ天皇家さえ絡んでくるから、角を立て切れにくいのもあるかもしれない。そういう家はとにかくややこしそうだもの。
でもさぁ、でもさぁ、それならユリなんて最初から不合格じゃない。シングルマザーの家だし、お母ちゃんはエロ小説家だし、ユリはハーフの上に見るからの白人女。どう考えても絶対無理じゃない。
「だけど我慢できなかったのです」
それって、
「一目惚れです。濁河温泉で初めてお会いした時から恋に落ちました」
嬉しいけど、あんな話を聞かされた後では素直に喜べないよ。ユリだってコウさんのことが好きだけど、正妻は絶対に無理だから、せいぜい愛人にしかなれないよ。愛人で我慢できるかと聞かれたら、いくらコウさんでもさすがにね。
「だからボクは決めました。北白川の家は捨てます」
待ってよ、待ってよ。そりゃ元皇族と言っても一般国民だから、誰とでも婚姻届けさえ出せば結婚できるけど、それで済む話に思えないよ。結婚したってなんだかんだと騒ぎが起こりそう。
愛する人と結ばれるための試練と言えば格好が良いけど、やっぱりみんなに祝福されて結婚したいじゃない。親に反対されて駆け落ちするのもあるけど、それは最終手段だよ。ここはだよ、もっと平穏な解決策をまず考えようよ。
ユリの問題点を考えてみよう。つうても問題点の団体さんみたいなものだけど、まず単純なところからね。元皇族連中に頭から反対されそうなのは、ユリがハーフの点よね。外国人の血が入るのは嫌がるものね。
「それは大丈夫です。先例が出来てまして、生粋の外国人でも認められます」
へぇ、これは意外だ。妙なところは理解が良いんだな。元皇族だから国際化に敏感なのもあるかもしれないけど、やっぱり誰かが無理やり先例作ったんだろうな。こういう連中は先例さえあれば認めるって聞いたことがある。
まあユリなら半分でも日本人の血が入ってるからノー・プロブレムに近いかも。シングル・マザーとか、お母ちゃんがエロ小説家なのはどうしようもないから、その家同士の釣り合いって具体的にどんな条件が必要なんだろう。
「そうですね、元皇族、元華族なら文句なしです。後は・・・」
ごちゃごちゃ長いけど、折り紙付きの金持ちの名家のお嬢様ってことか。ユリは遠いよな。
「だからユリさんと結ばれるには家を捨てるしかないのです」
だから捨てるったって、右から左にポイ捨てできるものじゃないでしょ。どうも聞いてると捨てたと言っても、死ぬまで追いかけて来そうだよ。なんとか円満にもちこまないと不幸な結婚になっちゃうよ。
「それは、そうなんですが・・・」
ここですべて結論を出そうとするのは間違いだ。まだ会って日も浅いじゃない。今日わかったことは、コウさんがユリを愛してくれていること。もちろんユリだってコウさんが好きだ。
今日はそれが確認できただけで良いじゃないの。二人に立ち塞がる壁は高いけど、二人が心を合わせればきっと乗り越えられるはず。乗り越えるためには、もっと愛を深めないといけないはず。まずはそこからよ。なんかお母ちゃんの声が聞こえる気がする。幻聴のはずだけど、
『まずは一発よ』
いきなりするわけないだろ。
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