政変

 家に帰るとお母ちゃんが開口一番。


「やったよね。それにしては帰って来るのが早いけど」


 言うと思った。幻聴まで聞こえたぐらいだもんね。やってない。まだ会ってから三日目だぞ。


「三日でもやるよ。旅先のアバンチュールの乗りならそんなものじゃない」


 ユリはそんな尻軽女でもヤリマン・ビッチでもない。そもそも、まだバージンだ。


「バージン、バージンって言うけど、一発やったら後は同じじゃない」


 そうかもしれないけど、最初の一発に価値があるからバージンって言うのじゃない。やっぱり初めては怖いんだから、


「だから怖いのは一発目だけだって。後はやればやるほど女は変わって・・・」


 お母ちゃんのエロ小説に色情狂の女にさせられるのがある。清純な処女だったのが、無残にレイプされ、監禁調教されて性の快楽に溺れてしまうパターンぐらいだ。とくに感じ出してからの描写がリアルと言うか細かいのよね。


 それもどう読んでも女目線としか思えない。男じゃあれだけ繊細な心理描写は出来ないと思う。あれだけ書けるのは女だからと思っていたけど、それだけじゃなくお母ちゃんの実体験が濃厚に反映されているのがはっきりわかった。


 そうだよ自分があれだけ感じられて性に溺れ込んだから書けるんだ。そういう体験を活かして書くのは小説家ならありだろうけど、目の前の実の母親がそうだと言うのはムカムカする。娘としてはたまんないよ。


 ユリはね、もっとロマンチックな恋がしたいの。愛し愛されて、ついに結ばれるってパターンだ。やってやりまくって妊娠して逃げ場に困るとか、その挙句の出来ちゃった婚とかは嫌だ。


「どうせ結婚前にやるんだし、結婚してもやるの変わりないよ。別に結婚したからって言って、そんなに変った事をやるわけじゃない」


 変った事ってなんなんだよ。いや、ここは突っ込んだらダメだ。お母ちゃんのジャンルには変態じみたプレイもSMプレイもある。平気で蘊蓄を垂れ流されて聞かされる。とにかく男女の愛はやるだけじゃないだろ、


「他にあるの?」


 真顔で言うな。自分の色情狂経験を娘に押し付けてどうするんだ。そういう親が一番嫌われるんだ。


「それはそうだけど、やった方が男を縛れるじゃない」


 だから、そのためだけにやるんじゃないって言ってるの。そりゃ、やるのは男女の愛の究極型だけど、そこまで行ってやるからお互いの結びつきが強くなって離れられなくなるんでしょうが。


 だいたいだよ。やりまくって妊娠までして、あっさり逃げられたのはあんただろうが。なんの説得力もありゃしない。手段と目的を完全に履き違えてるよ。まったく、こんな会話をしてる母娘なんて他にいないんじゃないかな。


 でもね、コウさんなら良いと思ってるのはホント。今すぐじゃないよ。このまま交際が深まればユリだって求められるぐらいはわかってる。その時には素直になれる気がするもの。いや、初めてはコウさん以外に考えられなくなってる。


「たくどうして、誰に似てこんなオクテに育ったのかしら」


 あんたともクソ親父とも似てないからだ。


「キスさえまだなんでしょ」


 ほっとけ。あんたみたいに初体験の愛撫中がファースト・キスみたいなのが異常なんだよ。普通はね、手をつないで、そこからキスまでのステップが大事なんだ。その過程にワクワク、ドキドキするのが恋愛の醍醐味でしょうが。



 コウさんとの交際だけど、必ずしも順調とは言えないのよね。理由はコウさんがツーリングで演奏旅行に出かけちゃうから。そう、なかなか会えないんだよ。そうやって全国各地で音楽の楽しさを伝えるのが夢みたいな人だから仕方ないんだけどね。


 一緒にツーリングに行けたら良いのだけど、いくら学生だって、そうそうは休めないじゃない。でも連絡はこまめにしてくれるし、神戸に来た時には必ず呼んでくれる。神戸じゃなくとも、大阪や京都ぐらいなら、出来るだけ聴きに行ってデートとか食事をしてるもんね。


「ついでにやっちゃえば良いのに」


 ユリの勝手だ。百組のカップルがいれば、百通りの恋があるんだ。男と見たらバッコンしか考えないお母ちゃんと同じにせんといて。


「ところでエッセンドルフだけど・・・」


 日本でエッセンドルフのニュースを知るのは簡単じゃない。小国も良いところだし、遠い国だし、日本との関係がさして深いわけでもないからね。でも、お母ちゃんはよく調べてる。


「さぼってたけどね」


 お母ちゃんも事件に巻き込まれたからまた情報を集めてるのだけど、どうも大騒動があったみたいなんだ。


「不祥事とスキャンダルのコラボよ」


 コラボの使い方を間違っている気がするけど、


「とりあえずユリは無関係になったと見て良いと思うわ」


 ユリとお母ちゃんがあんな事件に巻き込まれたのは、公爵家の跡目問題。あれこれあって、嫡系の子どもがユリ一人になってしまったからだ。そのままならユリが公太女になりかねない状況があったってこと。


 そうなったら次期公爵位を狙っているウィーニス伯爵は困るから、あんな事件が起こったのだけど、さすがはクソ親父だった。


「カールの日本留学はミュンヘン大を卒業してからだったのよ」


 エッセンドルフ国内には大学がないから、行こうと思えば国外留学になる。そのための奨学金制度も充実しているそうだ。費用の方はカールは公太子であり侯爵でもあるから関係ないけどミュンヘン大に留学していたそうだ。


 そうなんだよ、ヤリチン種馬のクソ親父が大人しくしているはずがないって事だ。日本でお母ちゃん相手に隠し子を作ったぐらいだから、


「そうなんだよね。二人も出て来たよ」


 思わずたった二人かの感想が出そうだったけど、愛人を二人作って、二人とも産ませたのかもしれない。もっと愛人がいた可能性もあるけど、


「ミュンヘンではわからないけど、カールってハーレム状態の漁色より、一人に溺れ込むタイプだと思う」


 確証はないとしてたけど、あれだけやりまくれば、他に愛人を作って、やる時間も、やる体力も、やる精力もないだろうってね。妙に説得力があるけど生々しすぎる話だ。とにかくヒマがあったらやってたレベルって言うんだもの。


 それはともかくドイツの二人はユリにとっては異母兄になるのよね。つまりは継承順位がトップから三位に落ちちゃったってこと。そんだけいれば、ユリに公爵なんて話は消えてなくなったも同然のはず。


 だけどエッセンドルフ国としては間違いなくスキャンダル。いくら貴族でも倫理は問われるだろ。それだけじゃない、国家元首を隠し子から選ばないとならなくなるから、テンヤワンヤの大騒動になってるぐらいらしい。


「ウィーニスも失脚したで良さそう」


 やはり日本でやり過ぎたで良さそう。お母ちゃんの拉致監禁が日本政府から厳重に抗議が申し込まれたんだって。ついでに高山でサーベルまで抜いてチャンバラになったのも抗議されたみたい。


 外交官特権でウィーニスに直接の処分はなかったみたいだけど、これまでの黒い疑惑もあったから、これまたウィーニス排斥の国民デモが起こる騒ぎになり、スッタモンダの末にウィーニスは摂政も、伯爵位も剥奪されて国外に亡命状態だとか。


「カールも病気だから、長男のハインリッヒが公太子の侯爵になり近いうちに公爵になるみたい」


 お母ちゃんもよく調べたと思うけど、実情はもっと凄まじいとして良いと思う。エッセンドルフ国内は大揺れ状態だったんだろうな。


「ヨーロッパも貴族のスキャンダル・ネタは好きみたいだから、おもしろおかしく伝えてるよ」


 それでもこれで一件落着だよね。ユリも公爵位なんて欲しくなかったから、あんな訳のわからない世界と縁が切れてせいせいしてる。


「それはそうだけど、完全に切れてないかもよ」


 はぁ? お母ちゃんが言うには、隠し子が隠し子のままで終われば縁は切れたと見て良いとしてた。だけど、隠し子が表沙汰になると正式の扱いをしないといけないのがルールになるそう。


「ユリの存在は今回の騒ぎで知られちゃってるのよ」


 た、たしかに。公爵家にしても無視して終わりに出来ないのか。


「それだけじゃないみたいな感じもあるのよ」


 ウィーニス失脚の直接の原因は日本での騒動だけど、これにユリが深く関与していることも何故か知れ渡っていて、


「そんなレベルじゃなくて、そうねジャンヌ・ダルクみたいな扱いかな」


 はぁ、どういうこと。ユリがやったのはバイクで逃げて、高山でスピーカー運んだだけだよ。


「その辺の詳細がよくわからない」


 遠い国だよね。

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