不思議な道連れ
ユリはツーリングで前に来たことがあるから、多賀大社の駐車場は知ってたんだ。ここを目指した理由は他にもあるけど、周囲が森になっているのと、平日のこの時間帯なら殆ど止まっていないはずだから。そう、とにかく人の目に付きにくいところに停めたかったんだ。
予想通り、数台のクルマとバイクが二台だけだった。バイクを降りたら、疲れがドット押し寄せてきた。なんとかしないと行けないのはわかっていたけど、頭が回らない。こういう時にはまず現状確認だけど財布は寂しい。
こんな事になるとは思わなかったから、高速料金を払ったら、小銭しか残ってない。これだったらETC付けといたら良かった。後悔先に立たずだけど、彦根ICで下りといて良かったかも。これ以上名神を走っていたら料金所で立ち往生になるところだった。
それは良かったけど、これじゃ、ビジホにも泊まれないし、このまま野宿するのは無理ありすぎるよ。さすがに夜は寒いだろうし、着ているのはライディング・スーツだけだもの。そもそも女一人で野宿なんて日本でも危険すぎるものね。
スマホを置いてきたのも大失敗だ。近所への買い物だったから忘れちゃったんだよね。だから友だちに連絡も取れないし、今がどうなっているのかもわからないもの。ホント、都合の悪いことって重なるって思うよ。
ちょっと緊張が緩むと空腹が応えるよな。お昼ご飯食べ損ねたものね。さっきジュースは飲んだけど、この寂しい財布じゃファミレスも厳しいよ。せいぜいコンビニお握りぐらい。でもお握り買っちゃったら、後がいよいよ無くなっちゃうじゃない。
ちょっと落ち着いて状況整理をして、態勢を立て直さないといけないのはわかっているのだけど、体力も尽きて来てるし、体力を立て直すためのカネもないと来たもんだ。なんか考えてるのか、何してるのかわからない状態のユリだったけど突然声をかけられた。
「Hey !」
若い女の二人組。ライディング・スーツを着てるから、あの小型バイクの持ち主だろう。定番の英語で話しかけられたのは毎度のことだけど、妙に親切なんだ。そりゃ、ヘタバリ切っているユリを見て心配したのだろうけど、話が突然一緒に付いて来いになったんだよ。
さすがに警戒したよ。初対面だし、あんな事があったばかりだからね。でも付いて行こうと決断した。二人組からも言われたけど、このままじゃ、ここで野宿だし、野宿しても状況は良くなるどころか悪くなるとしか思えなかったのもある。
「コトリや」
「ユッキーと呼んでね」
ノリは軽いけど、ユリに多く語らせずに段取りだけ進められちゃった感じかな。なんにも持ってないに等しいからユニクロに寄って、
「急場やから我慢してね」
それこそ着替えから下着、モロモロを買いそろえ、次はドラッグストアに寄ってコスメも一そろい。
「足らん分のコスメは貸したるさかい」
そこから向かったのが長浜だった。市街からほんの少し入ったところで須賀谷温泉って書いてある。
「腹も減ってると思うけど、まず風呂や。レディやからツーリングの汚れを落とさんとアカン」
温泉に入ると気持ちよかった。なんか生き返った気がする。あの二人組も一緒だったけど、ユリより少し上で良さそう。学生でなく社会人みたいだからね。でも若いし、女のユリから見て飛びぬけた美人なんだ。お風呂から上がると浴衣でお食事処で夕食。
「近江牛のすき焼きにしといたで」
「ビールも飲むで」
うわぁ、美味しい。お腹が減り過ぎているのもあったけど、ムチャクチャ美味しい。この匂いがたまらない。
「エエで、エエで、なんぼでも食べてや」
「足らなければ追加で取ったら済むからね。しっかり食べなきゃツーリングなんて出来ないよ」
その言葉通りに近江牛が皿にごっそり盛られて出てきたのはビックリした。とにかくお腹が減り過ぎていたから、ちょっと恥ずかしかったけどガツガツって感じで食べたんだ。
「卵足らんから追加」
「中ジョッキのお代わりと、肉をもう一皿お願い」
ひたすら食べて、落ち着いたところで部屋に戻ったんだ。それにしてもよく飲むし、食べるよな。あんなに追加を取ってどうするのかと思ってたけど、あっさり食べちゃったし、中ジョッキを何杯空けたんだよ。
部屋に戻っても酒盛りの続き。やっと落ち着いた気分になったユリも飲ませてもらった。とにかくジュースみたいにビールを飲むものだから、部屋の冷蔵庫のビールなんてすぐになくなり。
「ビール六本頼むわ」
「中瓶でしょ、ダースにしないと追いつかないよ」
不思議なのはユリに無理に事情を聞き出そうとしないこと。ひたすら食べさして、飲ませるだけ。
「これから飛騨にツーリングの予定だけど一緒でイイよね」
飛騨って高山とか。
「高山も行く予定やけど、コトリらのバイクを見たやろ。高速は走れんから下道ツーリングになるのは覚悟してもらわなあかん」
下道ツーリングは嫌いじゃないけどおカネが、
「しつこいやっちゃな。そんなもの後で精算するって言うたやろ」
でもこれは渡りに船だ。帰りたくとも今は家に帰れない。帰る方法を考えないといけないけど、その前に今は帰らずに済む方法が必要よね。それも居場所を知られないようにするには、ツーリングをするのはベターじゃない。
「本当にお言葉に甘えさせてもらって良いのでしょうか」
「じゃあ決まりね。コトリ・・・」
「皆まで言うな、任せとかんかい」
それにしても今日はなんて言う日なの。突然の休講が重なって大学が休みになり、ちょっと買い物に出かけて家に帰ってきたらあの騒動。ひたすら走って多賀大社の駐車場で絶望感に浸っていたら不思議な二人組に出会い、夜は近江牛のすき焼きが食べ放題。
「まだ信用できへんと思うけど、たぶんやけどコトリたちに出会えたのは悪ないと思うで」
「そうそう、女二人組だけどレズじゃないから襲わないよ。好きなのは男だから」
そこから襲われたのは睡魔。もう限界、布団に入ったらバタンキュー。相変わらず正体は不明だけど、コトリさんとユッキーさんをユリは信用する。この二人に裏切られたら、ユリは終りだ。いやこの二人を信用できなかったらユリは終わりかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます