出会い

 彦根城は初めてやなかったけど久しぶりで楽しめた。下御殿を再現した彦根城博物館とか、復元された表門は興味深かったもんな。


「西の丸三重櫓も初めて行ったよ」


 佐和口多聞櫓もな。昔は天守閣しか入れへんかったけど、最近では他の櫓とかにも入れるのは嬉しいんよ。もっとも、


「倉庫ね」


 戦闘用の施設やからそうなっているのは当たり前やし、普段は屋敷で暮らしているのは知ってはいるものの、


「あんみつ姫の世界をどうしても思い浮かべちゃって」


 櫓イコール御殿のイメージやな。そんな天守閣やったんは安土城と大坂城、それと秀吉が築いた伏見城ぐらいかもな。


「なんとなく聚楽第がイメージされてる気もする」


 そうかもな。城の発達から考えると最初は屋敷の周囲に濠を掘って、掘り出した土で土塁を築いたんが始まりでエエはずやねん。かき上げとか土居とかいうやっちゃ。ほいでもそれやったら防御力がしれてるから、詰めの城として、屋敷の外に堅固な山城を持ったぐらいやと思てる。


 戦国の攻防が激しくなると、合戦の度に屋敷が焼かれてまうから詰めの城で暮らすようになったぐらいや。播磨守護がおった置塩城なんか、あんな山の上に御殿作っとったぐらいや。


 そやけど戦闘のために便利やけど、日常生活は不便や。そりゃ、城から出入りするだけで山登りが必要になるからな。そやから山から平地への回帰が起こったと見とる。かき上げや土居の強化路線や。その時に仇花のように咲いたのが天守閣と御殿の併用やろ。


「高層建築の居住環境の改善に向かわなかったのね」


 そうなったと思てる。そやな、屋敷と詰めの城の一体化になったぐらいや。普段は城内の屋敷に住み、戦争になったら櫓に籠るぐらいの考え方やろ。


「でもさぁ、泰平の時代になると無駄よね」


 そりゃ、城と屋敷の二つを維持せなあかんからな。開き直って櫓を御殿にする発想は、


「難しいよ。防御施設となると窓が小さくなるじゃない」


 そこやねんよな。昼でも暗くなるもんな。風通しも良くないやろし。信長の安土城とか、秀吉の大坂城がホンマはどうなってたんか見てみたいものや。


 そんなことを話しながら、京橋口から出て駐車場に行って次は多賀大社や。参集殿の駐車場に停めて参拝や。今日は平日やから余裕やな。多賀大社が栄えだしたのは六角氏の庇護を受けてからでエエと思う。中世から伊勢神宮、熊野三山と並んで参詣客を集めたとされとる。


「交通便利だしね」


 中山道や北国街道に通じてるし、琵琶湖水運の要である松原浦もあるから参詣しやすかったんやろな。これはこれで立派な神社や。お参りして後は宿に向かうだけやってんけど駐車場に行ってみると若い白人女性が座り込んでた。


「女のソロツーみたいだけど」

「留学生やろか」


 ライディング・スーツ着てるし、傍の250CCのバイクはその女のやろ。別に女がソロツーやってもかまへんねんけど、この時刻に駐車場に座り込んでるのは変や。日帰りやったら家路に向かうはずやし、泊まりにするなら宿に向かうはずや。


 男やったら野宿もあるかもしれへんけど、野宿するにしても駐車場は選ばんやろ。ましてや女性、それも若いからな。それにやけど、表情が暗いねん。疲れてるんもあるんやろけど、なんか悩みでもありそうな気がするわ。


「Hey !」


 ユッキーも気になったみたいや。白人やからとりあえず英語がエエやろな。ネイティブやのうても、なんかリアクションしてくれるはずや。


「日本語にしてくれる」


 話せるんか。


「ちゃうわい、こう見えても生粋の日本人やねん。英語もわかるけど、日本人同士で英語使わんでもエエやろ」


 へぇ、ハーフなんか。そやけど言われへんかったらわからんわ。


「なにしてるん?」

「こっちが聞きたいわ」


 なんかトラブルにでも巻き込まれたみたいやな。さてどうするかやけど、


「コトリ、今回のツーリングも楽しませてくれそうね」

「そやけど女やで」

「そこは残念だけど・・・」


 やっぱりな。コトリも反対やない。これがライダー愛やろ。そやけどもうちょっと事情がわからんと。


「これからどうするの。行くアテはあるの」


 それがあるんやったらサヨナラやけど、この装備やったら無さそうや。持ってるのはリュック一つやもんな。これで男やったらまだしも女やったら無理やろ。つうか着替えもあらへんのんちゃうか。あれ、目に涙が浮かんでるやんか。


「どっこもあらへん。そやから困ってる」


 ユッキーはさっとコトリを見て、


「決まりね。もう一人増やすように頼んどいて」


 二人が三人になっても泊まる部屋が増えるわけやあらへんから問題ないやろ。宿からしたら一人分増えるから儲けになって喜ぶぐらいのはずや。


「それとユニクロかしまむらがあったら寄るよ」

「そやな」


 着替えをそろえんと始まらんわ。それにしても何があってんやろ。失恋旅行みたいな甘ったるいもんやないのはわかる。相当ショックを受けてるで。


「ほな行くで」

「そんな訳には・・・」


 まあそう言うわな。


「事情はわからんが、もう動けへんのやろ。そやから言うて、この駐車場で夜明かしする気か。それは勝手やが、夜明かししても良うはならへんで」

「そうよ、初対面だから信用していないと思うけど、見ての通りの女二人のツーリングだよ。それにバイクだってあそこのバイク。あなたのバイクだったらいつでも逃げれるじゃない」

「そやけど・・・」


 やっぱりか。


「そんなもの後で精算でOKや」


 こんな楽しそうな道連れを逃がすかい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る