歴史の闇
「ウィーニスと直弼って似てない?」
「シチュエーションやったら吉宗の方が似てるやろ」
吉宗は紀州藩主光貞の四男として生まれとるけど、次男が夭折しとるから実質は三男や。庶子やけど正室に子がおらへんかったから、そこだけはマシぐらいかもな。もっとも庶子でも母の家の格は低いぐらいや。
いくら御三家でも三男ともなると家督とはかなり遠いねん。そりゃ、長男も次男も成人しとるからな。そやけど長男の綱教は三十九歳で子どもを残さずに死んでまうんよ。そやから家督は次男の頼職に移るんよな。
この時にまだ光貞は生きとってんけど、危篤になったんや。頼職は江戸から急行して臨終には間に合ってんけど、
「死んじゃうのよね」
江戸から急行した疲労が原因となってるけど、家督を継いで三か月、紀州に戻ってたったの一か月やねんよ。
「怪しいよね」
「やったと思うわ」
兄の相次ぐ急死で吉宗は紀州藩主になったんやけど、江戸の徳川宗家ももめとってん。家康の嫡系は五代の綱吉で途切れ、さらに綱吉を継いだ家宣も亡くなるんや。ちなみに家宣は家光の三男の子や。この家宣は死に際して遺言したとされとる。
『天下のことは私すべきではない。跡継ぎが無くはないが、幼い者を立てて世を騒がしくした例も多い。そこで余の跡は尾張の吉通殿に譲ってはどうか。ないしは鍋松に継がせておき、尾張殿を西の丸に入れて後見とし、政治を任せるか。どちらがよいであろうか』
鍋松が家宣の生き残った唯一の息子やねんけど、家宣が亡くなったときにはまだ三歳やねん。だから幼名の鍋松やってことや。まだまともに将軍なんか出来へんから、尾張の吉通を後見人にするプランぐらいや。
そやけど家宣側近の新井白石たちは幼少の鍋松を将軍にして吉通を後見人にもせえへんかってん。この辺は将軍が代わると側近も変更になるから、権力闘争があったんやと思う。そやけど将軍になった家継も七歳になる前に死んでまうねん。
さてこうなると御三家の出番になるのやが、有力候補は家宣も買うとった尾張の吉通や。尾張は御三家筆頭でもあるからな。
「だけど家宣が亡くってすぐに急死するのよね」
そうやねん。それも食後に吐血して悶え死んだとなっとるねん。
「やっぱり毒殺」
当時も噂はあったから記録に残されとるわ。
「さらに吉通の息子の五郎太も同じ年に急死するのよね」
頼職の時もそうやけど、死亡した時に最大のメリットを享受するのは吉宗やねん。当時のことやから子どもやなくても大人でも病気とかで急死するケースは多いけど、こうも狙ったように吉宗のライバルが次々に急死するのは変やんか。
吉通、五郎太と急死したもんやから、尾張は直系が死に絶えてもて、吉通の弟の継友が家督を継いだんや。
「それでも吉宗と条件があんまり変わらないじゃない」
実際も一揉めあったらしい。尾張と紀州やけど、
尾張・・・義直 → 光友 → 綱誠 → 継友
紀州・・・頼宣 → 光貞 → 吉宗
これは直系で見てや。吉宗は家康のひ孫やけど、継友はひひ孫やねん。継友も吉宗も嫡系やのうて兄弟相続の傍系やねんけど、一代分だけ吉宗の方が直系に近いねん。
「吉宗の方が家康に一代分だけ近かったのね」
もちろん吉宗が将軍になれたのはそれだけやない。大赤字やった紀州家の財政を立て直した手腕も買われとる。徳川宗家も綱吉の時代には荻原重秀の金銀改鋳で元禄バブルを作ったものの、綱吉一代で使い果たして御金蔵にクモの巣が張る状態やったから、財政立て直しは急務やったんもある。
そやけど吉宗のスタートを考えると光貞の実質的に三男や。せいぜい小大名で一生暮らすしかなかった運命のはずやってん。それが次々と都合よくライバルが急死してるんや。
「ひょっとして綱教も」
「無いとは言えん」
権力闘争とはそんなもんやと言えばそうやけど、間違いなく歴史の闇、吉宗の暗部やと思てる。そやけど吉宗が評価されてるんは遺した実績や。
「享保の改革ね」
あれかって十全のもんやらへんけど、立派に財政を立て直し取るし、あそこで吉宗が建て直したから江戸幕府は息を吹き返したと言える。これがどんだけの偉業かと言えば、その後は誰も出来んかったぐらいや。
江戸期の財政再建は将軍家だけやなく、他の大名家でもやっとる。有名なんやったら米沢の上杉鷹山や。そやけどああいうものは必ず反対者が出てきて騒動が起こるもんや。
「鷹山も苦労してるものね」
米沢十五万石でも苦労するんやから、将軍家となると桁が二つぐらいちゃうわ。あれだけの事を行うのなら、それはそれは恐ろしい存在であり続けたはずやねん。
「暴れん坊将軍なんてやってる暇ないよね」
「あんな格好で歩いとったら刺客がわんさか湧いて来るわ」
そやけど吉宗は例外やと思う。吉宗のやったのは大きく分けて二つやけど、
・権力の座に就くための陰謀
・財政再建
どっちもゴッツイ才能がいるんやが、二つを併せ持つ人間は滅多におらん。たいていはどっちかや。一つでもあったら、それだけでたいしたもんやからな。
「ウィーニスはどうだろう」
「例外にはならへんやろな」
今のところは陰謀力はありそうや。そやけど、これとて十分やない気がする。そやな。あまりにもあざと過ぎるんや。言い換えるとやってる事が薄っぺらい。吉宗も陰謀を駆使しとるけど、ギリギリのところで支持者が多かったやん。
あれは吉宗が陰謀を陰謀として留める力があったからやと思うとる。そやねん、陰謀とはわからんところで行われ、達成されることやねん。さすがにやり過ぎてる部分があるから疑惑は残ってもたが、それでも吉宗が直接関与しているかどうかは歴史の闇に沈んでる。
そやけどウィーニスはそうやない、現実でも猛反発を喰らうとる。今のところは絶対優位の情勢には持ち込んでるみたいやけど、コトリに言わせると詰めが甘すぎるように感じてならん。
「どっちにしても関係ないけどね」
「そういうこっちゃ。ウィーニスが公爵になってどんな政治をやろうと影響あらへんし」
直弼や吉宗と較べるのもアホらしい気はする。似てるのは生まれ落ちた境遇だけやし。エッセンドルフなんか行くこともあらへんもんな。
「通らされたことはあるじゃない」
「まあエエやんか」
たいした話やあらへん。あの時はウィーンからスイスのベルンに視察の予定やってんけど、飛行機があんまり好きやなかったから、鉄道にしたんや。
「だから無理やりだったじゃない」
「天候も悪かったやろ」
エッセンドルフにも駅があるんやけど、
「どこも停まらなかったね」
「特急とかは停まらへんらしいわ」
エッセンドルフはその程度の国やねん。
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