第18話 VSウェアウルフ

 まずは狼が五匹。三人を囲うように草むらから飛び出してくる。

 動きが素早い、ルイはどれから迎撃すべきか一瞬悩んでしまう。

「ミカ!」

「おう!」


 二人がルイの元をぱっと離れる。二人の前には現在三匹、ミカがかまいたちを起こす。一匹のしっぽを掠めるが、クリーンヒットはしない。狼の反応速度はミカの風を躱せるほどのようだ。


「ごめん!外した!」

「おっ……けー!」


 ライトは躱した狼に的を絞ったようだ。雷を纏い、目にも止まらぬ速さで怯む狼の元へ移動する。スピードに乗せた蹴りを胴体に見舞う。


「ぎゃんっ!」


 こちらはクリーンヒット。狼Aが吹っ飛ばされ、木の幹に鈍い音を立ててぶつかる。そうとうな衝撃だったようで、木が少し揺れた。


「すごい」


 つい、ルイは二人を見てしまう。二人のアイコンタクト、いつ、どのタイミングで仕留めるべきか。二人の間ではその呼吸があるみたいだった。


「おい!来てるぞ!」


 こちらをちらりと見たライトが叫ぶ。

 ルイは返事すらできず、振り返ると目の前に狼が二匹襲い掛かってきていた。

 まずい。が、大丈夫。狼の速さは見ていた。動きの特徴も、もうなんとなくわかる。


「んっ……!」


 二匹同時と思われるほど素早いが、実際は少しのずれがある。

 右からの方が早く、飛びついてきており、左は少し遅れて走ってきている。


 飛びついてきた狼Dの首への噛みつきを上半身を左にずらして躱し、逆にDの首に組み付く。抱え込み、左の狼Eへの盾にする。Eは鉤爪を繰り出そうとしていたが、尻込み。ぱっと後ろへ飛び、距離をとる。

 その隙に、Dの首を絞め、折る。Dは声も出さず息絶えた。ゴキッと生々しい音がして、感触が腕の骨まで伝わってくる。腕の中で狼が舌を出して目を剝いている。次に備えないと。


「ひゅう~」

「やるじゃねえか」


 残りは三匹。では、なさそうだ。

 草むらからさらに三匹、そして、三匹の後ろからのそのそと何かが歩いてくる。

 そいつは大きく、2メートルほどの身長がある。そして、特徴的なのが牙と爪。狼の顔に、大きな手。胸板は不自然に大きく、足も太い。眼光鋭くこちらを見据えるあいつは、間違いなく今回のターゲット。


「早速おでましかよ」

「きたよ、お父」

「でかい……」


 残った狼はB、C、E、そして新たにFGHの六匹。そして、ボスのウェアウルフ。

 ウェアウルフが「ガウッ」と鳴くと、狼が奴の元へ集結する。やはり、奴が統率を執っているようだ。

 背中合わせから、横並びへ。三人は大きな殺意と対峙する。来る。ルイはまだ準備ができていない。二人はどうか。戦闘態勢には入っている。が、どこか浮足立っているようで、なんとなくまずいという気がしてしまう。

 これは、なんとかして落ち着かないと。そう思うと、なぜか心が落ち着いてくる。いつもそうだ。冷静に、何をすればいいのか考える。そうすれば、視界がクリアになる。


 ウェアウルフは殺意を撒き散らしているようで、どこか冷静だ。

 なりふり構わず襲い掛かってこない。どこかに隙が無いかを探っている。何かアクションがないかを待っている。行くぞ行くぞと思わせて、弱さを見せたところで一気に叩きに来るつもりだろう。ウェアウルフが賢いと言われる所以はここにあるのだろう。

 二人のどちらかが均衡に耐えられなくなり、我武者羅に攻撃を仕掛けた時がその時かもしれない。恐らく、こちらの攻撃は見られている。同じような攻撃をしても対応されてしまうかもしれない。

 ライトとミカにはまだ攻撃方法がいくつか残っているはずだが、初めての戦闘で見せた音速移動からの格闘とかまいたちが二人が使いやすい攻撃手段なのだろう。浮足立っているときに、頼るとなったらきっと、あの技だ。それは、まずいと思う。


「んっ……」


 ルイは何も言わず、合図もなしに狼たちに突っ込んでいった。


「おっ?」

「は、おい!」


 二人は虚を突かれたようだ。それなら、狼たちはなおさらのはず。そう思いたいが、実際はそうではないようだった。

 狼たちは四散、いや六散する。そして、すぐに残った二人を囲うように位置した。しかしウェアウルフは動かない。ルイの狙いは奴だった。


「んっ……‼」


 ルイは思い切り奴の腹に殴りを見舞った。まともに入る。しかし、びくともしない。これでは足りないか。

 奴は敢えて避けず、守らなかった。そう思えた。奴がにやりと笑う。「そんなものか」そう言われている気がした。


「ガゴァ!」

 

 ウェアウルフが動いた。鳴き声で狼たちに指示を出し、自身も駆ける。ルイを素早くかわし、残った二人に全員で襲い掛かるつもりだ。ルイは眼中にないということか。


「させない……‼」


 ルイはウェアウルフを追いかける。速い。二人は狼たちの対応に備えているが、奴の攻撃には対応できないかもしれない。二人を落ち着かせる。そうすれば、二人なら大丈夫。そんな気がする。


「んん~……っ‼」


 ルイは全力で走る。飛ぶように走る。奴に追いつかないと。追いつく、追いつく追いつく追いつく捕まえる。心で唱えて、走る。

 数舜して、奴が目の前にいた。追いついた。順応が奴のスピードに追いついた。しかし、二人ももう目の前だ。

 

「んっ……‼」


 ルイはすぐに奴の尻尾をむんずと引っ掴む。


「ガっ⁉」


 奴は追いつかれることが予想外だったようで、狼狽えている。その隙にルイは声を張り上げる。


「こいつは僕がどうにかするので、残りお願いします!」


 すると二人は驚いて、しかし笑って言った。


「い、言われなくたってな~!」

「分かってるってんだよ!」


 二人はすぐに動いた。まずはミカが風に乗って空に飛ぶ、そして、ライトが一匹に食って掛かった。と言っても、ライトのスピードにはさすがの狼も反応できない。狼Bが吹っ飛ばされる。残りが怯んでいる隙にミカが空からかまいたちを飛ばす。音もない風の刃はC、Fにクリーンヒット。一瞬にして三匹が二人の犠牲となった。


「こっちは任せろ。お前はそいつに集中しやがれ」

「しやがれ~!」


 やっぱり、あの人たちなら大丈夫。

 ルイは尻尾を引っ張る力をさらに強める。腰を入れ、引っこ抜くイメージ。二メートルを超える体躯のウェアウルフを足止めしているだけでも善戦していると言えるが、それだけではだめだ。こいつを引き付ける。いや、倒す。


「んんんんんー---‼‼‼」


 引っこ抜く引っこ抜く引っこ抜く投げ飛ばす――‼

 腕が不自然に膨張している気がしている。それに、足が地面に植わっているような気がしてくる。僕はこの場所から決して動いてやらない。

 ウェアウルフは必死に逃れようと動き回るが、ルイは決して尻尾を離さない。

 絶対に動いてやらない。僕は大木だ、動かしてみろ、やれるものなら。

 

「んぅー---……‼」


 ついにルイは奴を投げ飛ばす。巨狼が宙を舞う。ルイを起点に、弧を描いて狼はそのまま地面にたたきつけられた。背中から落ちた奴は一瞬、視界が白黒してしまう。 

 その隙をルイは逃さない。すぐさま仰向けに横たわる奴との距離を詰め、馬乗りになる。そして、顔面に数発拳を叩きこむ。しかし、奴はすぐに起き上がろうとした。奴にとってルイの体重はあまりにも軽く、跳ね除けることは容易。のはずだった。


 ウェアウルフが上体を起こそうとすると、ルイは奴の顔面にまとわりつくようにしてしがみついた。顔面を抑えられた奴はたまらずルイを掴み、引きはがそうとする。が、ルイは奴を離さない。

 断じて綺麗な戦い方ではないが、ルイの最善はこれであった。奴から離れず、攻撃を思うようにさせない。そして、何より二人に近づけさせない。自分に釘付けにする。目標は倒しきることだが、まずは一歩ずつ。


「ガルァ‼」

「うぐっ……!」


 ウェアウルフは苛立ったのか、ルイの背中に爪を突き立てた。そして、引っ搔くように抉る。赤い血がルイから流れ、奴が爪を抜くと、たちまち傷が治ってしまう。そして、また一突き。突き、突き。何度も背中を抉られる。

 これはだめだ。いつ急所に爪が刺さってもおかしくない。ルイは飛びのく。視界が復活した瞬間、奴は飛びのいたルイに一瞬で飛びついてきた。奴は狼たちよりも数段速い。この速さは一度見た。大丈夫。

 大きな爪がルイの顔面を襲う。上体を思い切りかがめ、何とか躱す。ルイはそのまま前へ、ウェアウルフの懐へもぐりこんだ。そして、もう一度ボディブロー。さっきよりも強く、天然の肉体鎧を打ち破るイメージで。


「んっ……‼‼」


 左足を前に出し、両足は広く。左腕はしっかり畳み、全身を捻るように回転。体の後ろから回ってきた右腕を思い切り脇腹に叩き込む。強く、もっと強く。


「グッ……」


 少しぐらつくウェアウルフ。膝をかがめ、ジャンプする態勢に入った。これは後ろに飛ぶな。ルイは察知する。

 ウェアウルフは真後ろに飛んだ。ルイは敢えて手を出さず飛ばさせた。奴の飛距離は数メートルはある。このギャップは、いわば発射台だ。ルイの拳の最大を引き出すための空間だ。

 ルイは地面を沈める勢いで駆けだす。


「ガロォ‼」


 奴が鳴いた。これは何かの指示か、それともただの本能の叫びか。

 ルイは既に駆けだしている。どちらにしてももう遅い。すべてはこの一撃が決まるか決まらないかだ。

 と、ルイの左右から狼が飛び出してきた。どうやら先の鳴き声は指示だったようだ。これは二人と戦っているはずの狼ではない。まだ兵を忍ばせていたようだ。どこまで頭が回るのか。ルイはもう止まれない。


「あちょ~!」

「おいしょー!」


 左から風、右には閃光。二匹の狼は二人の飛び蹴りによって飛ばされた。

 その二匹に躍りかかる亜人が二人。言うまでもなく、ミカとライトだ。

 すでに三匹の狼は倒してしまったのか、それとも一時的に助けに来てくれたのか。どうにかすると言っておきながら情けない。ただ、謝るのはあとだ。

 

「最後は譲ってやるよ!」

「やっちゃえ~‼」


 二人の声に押されて、体が前に出る。拳に熱がこもる。あとはこの一撃を見舞うだけ。

 奴が逃げる。ルイを見たまま後ろ向きに後ずさる。ルイは地面をこれでもかと蹴り、前へ前へ疾駆する。ルイのスピードはもはやウェアウルフを超えていた。


「んんー---……‼」

「グ……グガァ‼」


 奴の最後の反撃。両の爪がクロスを描く。その隙間を縫うように、ルイは前へ飛んだ。頭から突っ込み、体を翻し、紙一重で爪を躱す。

 奴の懐へ着地、勢いを殺さぬまま右こぶしを前へ突き出す。腰を入れ、左足を軸に回転、地面を蹴りさらに勢いをつけ、そのまま奴の心臓のある左胸を、


「んんんんんんんんんんん……‼‼」


――打ち抜く。


「ガッ…………――――」


 ルイのすべての力が注がれた一撃は、ウェアウルフの体を突き抜けるのに十分な一撃だった。

 奴の左胸には空洞ができ、心臓は無い。衝撃があたりを抜けた後、遅れて血がダラダラと流れ出す。

 しばらく奴は立っていた。そして、ルイをギロリと睨んだ後、後ろに倒れた。奴は死んだ。狼の王が、絶命した。

 

 ルイが生き物を亡き者にした初めての日だった。 

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