第17話 森の洗礼

 深く、暗く、不気味な森。歩いているだけで視線を感じ、背後には何者かの気配を感じる。ねばついた空気が常に付きまとい、不快の匂いが鼻腔から体に侵入してきている気がする。それが深淵の森だった。

 昼であるにも関わらず日の光は届かず、どんよりと薄暗い森の中を三人は歩いていた。


「うぇ~……ここボク嫌い~」

「俺もだ。匂いが、なんだかな。気に入らん」

「……」


 三人がこの森に入ってから一時間が経とうとしていた。ルイはこの森の雰囲気に慣れてしまったが、二人はどうもそうはいかないらしい。鼻で呼吸をしないようにしているのか若干、鼻声気味だ。


「どこにいるんでしょうか。匂いで何となくわかったりしませんか?」


 多数決により、ウェアウルフとは昼のうちに戦り合うことが決定してしまっている。ルイとしてはこのまま夜まで見つからなくても良いのだが、そうすると二人は朝まで待つと言い出しかねない。危険な夜を明かすより、素早く終わらせて日が落ちる前にギルドに戻るのが一番安全だ。

 鼻の効く二人に尋ねてみるが、二人の反応はあまりよくない。


「ん~、よくわっかんないんだよな~」

「そうだな……嗅いだことのないような匂いが其処ら中からしやがる。これのどれかがウェアウルフのやろうってのは確実だと思うんだがなぁ」

「そうですか」


 ウェアウルフは狡猾である。人間を見つけても、すぐに襲い掛かることはせず様子を見てから判断する。ただし、奴らの素性は狂暴そのもので、臆病なわけではない。奴らは見計らうのだ。確実に仕留められるタイミングを。

 三人は歩き続ける。森の奥へ、奥へ。




 違和感を最初に感じたのはルイだった。その違和感はすぐに消えてしまった、もしくは順応してしまってが故に感じなくなってしまったが、確かな少しの違和感を感じた。


「あの、何か感じませんでした?」

「お?」

「なんだ?」


 二人は特に何も感じなかったらしい。

 説明しろと言われたら、あれが何だったのかはよく分からないが。ルイは立ち止まる。それに合わせて二人が立ち止まる。と、全身が逆立つような強烈な違和感が襲い掛かってきた。


「なんだっ……⁉」

「うひゅぅ……」


 どうやら二人も感じているようで、ミカは委縮してしまっている。ルイは既に違和感を感じていない。あれは、前に一度だけ感じたことがある。あれは、


「殺気……いるぜぇ」

「そうだ」


 そうだ。ルイは思い出した。ギルと対峙したとき感じた殺気。明確に命を奪いに来ている奴の気配。しかし、前とは比較にならないほどの強烈さ。突き刺さるような気配を感じた。


「ミカ。大丈夫か?」

「う、うん!へっちゃらだい!」


 ライトがミカを抱き寄せる。ミカはああ言っているが、とてもそうとは思えない。ミカを抱き寄せるライトも額に汗をかいている。みなが浮足立っている。これは、まずいかもしれない。


「ウロォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 突如、どこからか遠吠えが聞こえた。それも近い。それに返事をするように周囲から何匹もの狼と思しき生物の遠吠えが聞こえてくる。完全に囲まれた。


「どこだ。どっから来やがる」

「ふしゅ~」


 二人は完全に戦闘モード。ライト体はバチバチと発光し、ミカの周りは緩い風が渦巻いている。だめだ、ここで戦えば袋叩きにされる。


「だめです。とりあえず走りますよ」


 ルイの体は囲まれている今の環境に順応しだしている。周りから殺気を向けられている状況に。もし、周囲全体からではなく、どこか一方からになればまた違和感を感じることができるかもしれない。


「行きます」


 ルイは二人の返事を待たずに走り出した。「あ!ちょ、待て!」とライトの声が聞こえたが、待っていられない。囲まれている状況よりも、後ろからついてこさせるような状況のほうがまだましである。ルイにはそう思えた。


「馬鹿がっ……‼」


 背後から閃光。次の瞬間、ルイは首根っこを掴まれ急停止していた。掴んだのはライト。すぐにミカも追いついてきた。


「むやみに動き回るな馬鹿垂れ!」

「囲まれてるよりはましかと思いまして」

「馬鹿、囲まれてるってことは俺たちは完全に捕捉されてるってことだ。どう動いたって奴らの陣形は崩せねえし、隙を与えるだけだ」


 それでは何をしたって無意味ではないか。ルイがそう思うのも無理はない。だが、そんなルイを馬鹿にするようにライトは笑った。


「ただし!それは、俺がいなかったとしたらの話だ」

「どういうことですか」


 ルイは問う。


「まぁそこで見てろ」


 ライトは笑いながら言った。

 ライトがルイを離す。ウェアウルフたちはまだ三人を囲んでいるようだ。今の瞬間に襲い掛かってきてもおかしくないように思えるが、奴らは相当用心深いらしい。ライトはこの用心深さを逆手に取るようだ。


「今、襲い掛かってこなかったことを後悔させてやるぜ」

「やっちゃえお父~!」


 ミカが小声でライトを応援している。しかし動きは激しめだ。両手を前に突き出し、上下にぶんぶんと振っている。よくわからない動きだ。それを見てライトは嬉しそう「おう」と笑った。

 と、次の瞬間。ライトが閃光と共に消える。そして、少し離れたところで「きゃうん」と聞こえた。これはウェアウルフの声だろうか。そして、閃光と共にライトが帰ってきた。ライトの脇には狼が抱えられている。どうやら狼は気絶しているようだ。


「ふぅ。ざっと見てきたが、俺たちを囲んでいるのはウェアウルフじゃなくてこの狼達らしい」

 

 どさっと地面に狼を下ろし、あたりを警戒しながら言う。


「狼たちがそんな連携を?」

「いや、ありえねぇ。恐らく、こいつらを率いてるやつがいる。十中八九ウェアウルフだろうな」

「仲いいんだね」

「んん!そうかもなぁ……それか、相当頭が切れるウェアウルフかだな」


 まず間違いなく後者。人間を陥れるために狼たちをも動かしてしまう。ただのウェアウルフではないことは間違いなさそうだ。


「今、奴らは何が起こったのか分からず混乱しているだろうが、ウェアウルフが合図を出したらすぐに襲い掛かってくるぞ。やられる前にやれは魔物にとっても基本だからな」

「ウロォーーーーーーーーーーーーン‼‼」


 ライトが言い終えるとほぼ同時、ウェアウルフと思われる声が森に響いた。途端に森が騒がしくなる。そこら中からがさがさと葉がこすれる音が聞こえ、獣の息遣いも肌で感じ取れる。

 三人は自然と背中を預け合った。


「やるぞ」

「おう!」

「はい!」


 三人の初戦闘が始まる。

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