第15話 目指すべきもの

「それじゃあ君たちに目指してもらうものの話をしよう」


 ギルはベッドの上で語りだす。もしルイが承諾してくれるならの話だが、あの子はきっと承諾してくれる。ギルにはそういう確信にも似た何かがあった。


「一昔前、ギルドによる大穴の調査が進んでいなかったときはたくさんの討伐者が大穴に挑戦していた。ギルドが雇用した討伐者が派遣されることもあれば、ギルドからの直々の依頼として依頼ボードに張り出したこともあった。だが、大穴に関する有用な情報は何一つとして得られなかった。死者、行方不明者も多数出してしまった。そうしたことから、大穴に挑戦する討伐者は現れなくなったし、ギルドが依頼として張り出すことも今はなくなっている」


 ギルの話を聞いてライトが口を挟む。


「その原因が大穴の瘴気だか障壁だかだと。それを突破できるのがルイとかいう野郎ってわけだな?」


 「うむ」と頷くギル。ミカは真剣に聞いている風だが、あまりよくわかっていないようだ。しきりに首を傾げている。


「だが、ルイ君一人ではそもそも大穴にたどり着くこと自体が難しい。魔物は大穴から出てくる。つまり、大穴に近づくにつれて魔物の数は多くなるし、大穴に近ければ近い程魔物は強くなっていく」

「どうして?」


 ミカが聞く。それにギルが頷いた。


「強い魔物は大穴から這い出てくる弱い魔物を狩り、食料とする。弱い魔物は狩られることを避けるため、大穴から遠ざかり、強い魔物は狩るために大穴近くに居座る。しかし、そんな奴も自分よりも強い魔物が出現すれば狩られないように遠ざかる。そうして、大穴近くの生態系は歪ながら成り立っている」

「ほうほ~う……?」

「つまりな娘よ。大穴に近づけばー……弱いやつは喰われちまうってことだ」


 「ガウッ」と肉を喰らう真似をするライトにミカは顔を引き攣らせた。自分が喰われる想像でもしたのだろうか。ライトがその姿を見て笑う。ミカが怒る。


「そこで、君たちの出番というわけだ。ルイ君が大穴に辿り着けるよう、協力してほしい」

「なんだ~そんなことか、簡単じゃん?」

「俺たちならな!」


 父娘が得意気にグータッチをしているが、ギルには簡単だとは思えなかった。大穴の惨状を自分の目で見てきたギルだけが、大穴に挑む難しさを知っている。


「いや、今の君たちでは無理だ」

「お?」

「ほう?」


 二人の表情が変わる。馬鹿にされたと思ったのか、いやそうではないようだ。彼らの目が真剣味を帯びた気がする。


「大穴付近の生態系は少し特殊だ。大穴を中心として、同心円状に魔物の生態系が層のように重なっている。そして、もちろん中心に向かうだけ魔物は強くなっていく。そこを君たちは突破していくわけだが……そうだな、例えばその層をスピード重視で一転突破してしまえば大穴にはたどり着く可能性はある。が、ルイ君を大穴に送り込んだ後、君たちは帰還しなければならない。無事に生きて帰ってこなければならない。そうなると、今の君たちでは無理だ」

「そんだけ、数が多いってことか」

「そうだ。周りの魔物すべてに勝利する力。生態系を一つまるまる潰せるほどの驚異的な力。それが君たちには必要だ。もちろん、ルイ君にもね」

「ほぇ~……」


 途方もない話だ。そんな力を手に入れることがどれだけ難しいか。だが、この二人なら、ルイなら。ギルには希望があった。


「大丈夫。君たちならそんな途方もない力でもきっと手にすることができる。それだけのポテンシャルがある」


 ギルは断言した。鼓舞するためではない。確定した未来だと思っているからだ。雷を操り乱舞する青年と風を生み出し荒れ狂う少女。その二人の姿を想像するだけで、血が騒ぐ。見てみたい。


「……俺たちが目指すべき姿は何となく分かったよ。何となくだけどな。だがよ、そんな強さを手に入れたぜって指標はあんのかよ。目に見てわかる指標がねえとなかなかなぁ」


 ライトの言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりにギルはにやりと笑った。その顔に気付いたライトが悔しそうに舌打ちをする。なんだか転がされているような気になってしまう。


「もちろんある。ギルドの依頼ボードは既に見てもらったと思う。あの依頼ボードは上に行けば行くほど難易度が高いとされているが、最上位の依頼を達成したものは未だ現れていない」

「なにそれなにそれ!」


 ミカが目を輝かせて聞いた。


「うむ。その依頼とは現在は三つ。大陸最高峰の山、ドラゴニア山のドラゴン三体の討伐。この世の鉱石すべてをその背中に乗せて歩くと言われる巨大亀、オレグナントタートルの捕獲。そして、素性が謎に包まれ目的すらも未だ不明の宗教組織、『アダムス』の壊滅だ」

「アダ、ムス……だと?」


 ライトがギルの言葉に反応を示した。語気が強い。それでいて、怯えているような。


「ん?あぁ。そうだが」

「そうか、組織だったのか。そうか、そうか……」


 ライトが小声で何かを言っている。俯き、目を細め、その口は牙が剥き出ていた。殺気。憎悪がライトから煙のように湧き出てくる。


「お、お父?」


 ミカが心配そうにライトの手に自分の手を重ねた。冷たい。ライトの手が冷たい。冷や汗?ライトの手はほんのり湿っていた。


「お父!」

「え?お、おう。どうした」


 ミカの声でライトは正気を取り戻す。顔には明らかに動揺の跡が浮かんでいる。


「なんか変だった」

「そんなことねえって。大丈夫大丈夫」


 乾いた笑いでごまかすライト。

 ライトには何かがある。もしくはあった。治療の際、ライトの感情の波を受けたキャメルはそう確信した。そしてその要因には「アダムス」が関係している。彼がアダムスを尻尾を掴む手掛かりになり得るのか。まだ分からない。


「話を続けよう」


 ギルは再び語りだす。


「この三つの依頼をどれか一つ達成することで、ギルドから大穴への挑戦を許可されるというシステムになっている」

「勝手に大穴に挑んじまう奴もいそうなもんだがな」

「確かにいた。だが、今はいない」

「どうして?」

「大穴から一定の距離を離してギルドが関所を設けている。ぐるっと大穴を囲うように設けられたなん箇所かの関所には、千里眼のような異能を持った職員が滞在していて、それ以上誰も入らないように監視しているのだ。ギルドからの許可証を持っていれば、そこを通過できるというわけだ」

「なるほどなぁ」


 うんうんと頷くライトが一拍おいて、「おし!」と顔を上げた。


「そんじゃま早速!亀だかドラゴンだかアダムスだか、片づけに行きますか!」

「お?おー!」


 気合を入れる父娘。だが、そうはいかない。


「だめだ」

「「へ?」」

「すまない。こっちを先に説明すべきだった。討伐者にはランクが存在する。Eから始まりD、C、B、A、Sそして最後がZだ。そして、それぞれのランクにはそれぞれのランクに合った依頼しか受けられない。あの三つの依頼はSランクだ」

「はぁ?それじゃあEからダラダラと上げていくしかねぇってのかよ」


 ライトが苦言を呈す。ミカも不満そうで「ぶーぶー」と唾を飛ばしている。


「いや、君たちのランクはCからだ。ギルドが雇用する討伐者は皆Cからと決まっている」

「それでもCからか……チッ、まあしゃーねーか」

「どうすればランク?ってのは上げれんだ?」

「例えばCランクでは、ランク内の依頼を一定数こなすことでBランク相当の依頼をギルドから依頼される。それを無事こなすことができれば無事Bランク昇格だ」

「失敗すれば?」

「もう一度、Cランクを初めから、だな」


 溜息をつくライト。それを真似してミカも溜息をつく。

 めんどくせぇ。だが、俺たちの目的は世界を救うことじゃねえ。金をもらい、生活をしていくことだ。俺の目標は、ミカを守ることだ。めんどくせぇが、それができるならめんどくさくたって構わねぇ。まだ溜息をついているミカの頭をライトは撫でる。


「しゃーね、やったりますか」

「やったりますか~!」


 ギルは小さく頭を下げた。

 二人なら、いや三人なら、やってくれるかもしれない。ギルの中の小さな心の炎が燃えている。

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