第12話 ライトVSギルド長

 ライト、ミカ、ギルド長の三人は訓練所に立っていた。ライトとギルド長は向かい合い、一定の距離を保っている。ミカは二人から少し離れ、おとなしく二人の様子を傍観していた。


「本気でいっていいんだよな?」


 ライトは先制とばかりにギルド長を挑発する。武器は持たず、自らのこぶしを何度も握りなおす。だんだんと力を籠め、また開く。握られる拳から小さくバチバチと音がしている。


「全てをぶつけてきなさい」


 ギルド長は腰の刀に手を掛け、ひたすらライトを見据える。ライトの手の内を見透かしてやろうというのか。穴が開くほどライトを見る。静かに、荒ぶることなくただ立っていた。

 二人の瞳がバチバチと、メラメラと煌めく。目の前の男を打ち倒す。自身の実力を相手にぶつける。どうしてこうなったのかなんて今はもう関係ない。俺とお前、どちらが強いのか。気になるから、戦う。理由なんてそれだけでいい。


「行くぞ」

「来いよ」


 先に動いたのはギルド長だ。刀に手を掛けたままライトに向かって走り出す。速い。前傾姿勢で、重心が頭にあるように思える。本当に二足歩行なのか疑いたくなる速さだ。開いているギャップはすぐに埋まり、一瞬で抜かれた刀がライトを切り伏せるだろう。

 二人の様子を唯一見ているミカは、しかし暢気にもあくびをかましていた。


「遅ぇなあ」


 ギルド長がライトに肉薄し、刀を抜こうとしたその時。目を瞑りたくなるほど眩い光が訓練所を包む。すぐに敵を補足しようと目を開いたギルド長の視線の先には、もうライトはいない。


殺気。


 ギルド長はほとんど反射的に右に横っ飛びをする。その刹那、ギルド長のいた場所に雷が走った。空から落ちてきたわけではない。地面と平行に閃光したのだ。そんな挙動はあり得ない。自然の摂理ではない。となると、それはライトの異能に違いない。

 ギルはすぐさま立ち上がり、背後を振り返る。しかし、またライトの姿はない。また来る。すぐに横っ飛び、前回りに回転しながら勢いのままに走り出す。その間に二度閃光が走っていた。

 まだ一度も当たっちゃいないが、一度当たれば間違いなくやられる。ギルド長はギルの姿をとにかく捉ようと首を振りながら常に走り続けた。進行方向を読まれないよう、不規則に方向を変えながらひた走る。視界に映るのはバリバリと迸る電光とバチバチと光り、音のするライトの残像。

 背後、前、横。雷光が至る所に落ちる落ちる。今避けれているのが不思議に思えるくらいの頻度で襲い掛かってくる。


「元気なおっさんだな!」


 どこからかライトの声が聞こえる。様々な方向から声がする。まるで同時に何人も存在しているような。そんな錯覚に陥りそうになる。が、そうではない。

 ギルド長は走りながら考察する。ライトの異能は間違いなく雷を扱う異能だ。いや、扱うだけではないか。それなら残像を残すほどの光速移動は実現不可能なはず。であれば、ライトは雷そのものにもなれるのか。光の速さで移動する実態無きライト。これを捉えきることができるのか?いや、実行するまでだ。


「お褒めに預かり光栄だよ!」


 ギルド長が刀を振る。右手で柄の最下部を持ち、リーチを最大限にして振り回して見せた。


「おっと!そんなのろまな攻撃じゃ当たらないぜ!」

「くそっ……!」


 無防備なギルド長にさらに一閃、雷が放たれる。それを間一髪で躱し、また走り出す。

 ライトの発言からして、雷状態になっている際にも当たり判定のようなものはある。刀が当たればライトは実害を被るし、それが足にでも当たればライトの動きは止まらずとも鈍るかもしれない。

 しかし、そんなライト任せの作戦でいいものか。いいや、良いわけがない。それなら、ライトが刀に自然に向かってくるような状況を作ってやればいい。


「へいへいおっさん!そんな逃げてばっかで俺はあんたの異能も見てねーぞ!本気見せてみんかい!」

「そうだな……遊んでいては勝てないようだ!」


 ギルド長が急に立ち止り、地面に刀を突き刺す。ライトはチャンスと雷を放とうとするが、状況はすぐに変わった。

 

「私ギル・ブライト、炎帝の力を見せてしんぜよう」


 突如噴き出す炎の壁。地面からライトとギルを囲うように現れる。半径5mほどの円を描いた炎の壁はそのまま二人の戦場となる。


「お父!」


 ミカからは中が見えない。近づこうにも、近くにいるだけで熱く火傷してしまいそうだった。


「こ、これがあんたの異能かよ……!」

「私の異能は『炎』。いつからか『炎帝』の異名で呼ばれるようになった」

「へへっ……いいね。俺に異名なんてものはねえが、そんなもんがなくたってあんたに勝つぜ、俺は」


 ライトの足は止まっていた。戦いが始まってからライトがギルに姿を見せるのはこれが初めてだった。

 ライトは自分の背中に汗が流れているのを感じた。炎で熱いからか。違う。焦っているからか。いいや違う。目の前の男との勝負に興奮しているからだ。


「俺から行くぜ……っ!」


 ライトは高速でギルに近づき拳を見舞う。先のような光速ではなく、あくまで高速。この狭いフィールドの中では大胆な移動はできない。ただの壁なら多少平気かもしれないが、当たったら即アウトの炎の壁はまずい。だから、調整が効くように出力を落とす。ただし、クロスファイトになれば話は変わってくる。


「おら!おらぁ!」


 拳と脚を雷に変体、ハンドスピードとキックスピードを光速まで跳ね上げる。ギルの刀に触れないように、空いている体のどこかにひたすら攻撃を繰り出す。右の頬、左わき腹、右腿、腹、とにかくスピード重視で殴る蹴る。

 ギルは対処しきれないのかひたすら防御を固め、守りに徹する。時折繰り出されるギルの刀も、変体している脚なら余裕で避けられる。ほらまた来る。

 ギルから繰り出される右肩への突き。光速ステップで足の場所を入れ替え、半身で躱す。そしてすぐに正対。間髪入れずに左肩にも突き。同じ要領で躱し、また正対。突き、正対、突き、正対。矢継ぎ早に繰り出される突きをひたすら躱し続けるライト。次の突きにカウンターのミドルキックを入れてみよう。


「来いよおっさん!」

「んぬぁ!!」


 来た。

 左胸への一突き。これを食らえば心臓を貫かれてあの世行き。背中から汗が噴き出る。最高だ。

 同じ要領で左足を下げ、体を開いて体を完全に左に向ける。しかし視線はギルから離さない。体を左に向けた反動で右足を繰り出す。そしてそれは無防備な脇腹に突き刺さる。そのはずだった。

 左胸にがあった場所まで深く繰り出されているはずの一突きが、軌道の途中で止まっている。それだけではない。ギルの腕は伸びきるどころかすでに戻り始めている。光速の右足ミドルの動きに入ってしまっているライトはもう足を止められない。


「まじかよ!」

「青いのぉ」


 穏やかなギルの声。

 いくら光速でも、来るとわかっていれば対処できないこともない。少なくともギルにとっては。なぜなら置いておくだけでいい。右足が来る場所に、刀を置いておくだけであとは勝手に自滅してくれる。

 ギルは戻す刀を自らの左側の地面に突き刺す。それと同時に踏ん張り刀を支えた。光速で蹴られた刀がどうなるか分からない。もしかしたら折れるかもしれない。できるだけそうならないように思い切り腰に力を籠めた。


「ぐぁあああ!!!!!!」


 刀と脚が衝突する。眩い閃光。ギルと刀は吹き飛ばされ、炎の壁は消滅した。

 ギルが体を起こそうとする。閃光に目がやられているのか、前がよく見えない。ライトは、どうなった。


「……お、おっさん……やるじゃねえ、か」


 ライトの激痛に歪む声が聞こえる。手応えは間違いなくあった。ライトの右足はお釈迦になっているはず。ギルは立ち上がり、動けないライトを制圧するだけでいい。


「ライト君と言ったか……君は素晴らしい討伐者になるぞ」

「くそっ……俺は、勝つ、つもりで戦った、んだ……」


 ギルが腰を上げ、地面に手を着く。視界が戻り始め、ライトの方向に歩き出す。まだはっきりとは見えない。


「なのに、結果はこれかよ」


 おかしい。

 ライトが地面にあおむけに倒れているのはなんとなくわかる。だが、ライトの上に浮いているあれはなんだ?


「お父……!」

「すまん、ミカ……父ちゃん勝てなかったわ」


 だんだんと大きくなっていく。眩しい、光の、玉?


「……やっちゃえ、お父!」

「まさか引き分けになるなんてなぁ」

「い、いかん!」


 ライトがギルに向かって手を伸ばす。すると、光の玉はギルに向かって襲い掛かった。もはや避けれるスピードでも大きさでもない。簡単にギルを包み込める大きさまで育った光の玉は、すぐにギルに衝突した。

 瞬間、爆音と共にギルの全身に電撃が流れる。声も出せず、痙攣を繰り返すギル。そして、光の玉の消滅と同時にギルは倒れた。白目を向き、意識は無い。


「お父……おっさん死んだ?」

「殺すわけ、ねえだ……ろ……」

「お父!」


 激痛に耐えていたライトも、程無くして意識を失ってしまう。

 爆音を聞きつけ、訓練所に飛び込んできたキャメルとその他討伐者が二人を発見するも、二人が目を覚ましたのは数時間後の事だった。

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