第11話 ライトという男

 寂れた路地裏。そこに建てられた小さな小さなテント。テントと言っても、何本かの木材を組み合わせ、ただ布を掛けただけの簡易的なもの。

 この路地裏にはそれと同じようなものがいくつも並んでいた。そのどれからも人の気配を感じる。そして、そのすべてが亜人のものだ。その中の一つに、娘の帰りを待つ青年もいた。


「お父~!」


 元気のいい声と同時に、勢いよくテントの入り口が開く。


「お、帰ったかちび助!」

「うっせ!これから伸びるんだ!」


 ちび助改めミカがなんだか嬉しそうに帰ってきた。こういうときは決まってよからぬことをしでかしていて、そのことに自分自身で気づけていない時だ。


「今日な!変なおっさんとおしゃべりしてな!変な奴に謝ってな!討伐者になれって言われた!」

「は?」


 我が娘ながらこいつは何を言っているんだ?と、ライトはミカの目を見つめる。とにかくテンションがかつてない程高いのは分かるが文脈が無茶苦茶だ。それになんだって?討伐者になれって?こいつまさか一人でギルドに行ってたのか?


「娘よ、とにかく落ち着け。初めから話してみな」

「お?分かった!――――」


 ライトは一通りミカの話を聞いた。落ち着いて話したところで文脈は無茶苦茶だったが、それなりに何があったのかは理解できた。ただ、理解できたからと言ってミカを叱らないわけにはいかない。


「どうだ?すごいだろ!」

「ミカ……俺は今からお前を叱るぞ」

「え?」

「主に理由は二つだ。まず一つ、一人でギルドには行くなっつったろ!確かに俺達には金がねえ。仕事もろくに見つからねえ。だから、危ねぇけど二人なら大丈夫ってお前に説得されて討伐者になろうって決めたよ。昨日な!だからって早速一人で行ってんじゃねえ!あそこは危ねぇところだって言ったろ!」

「え~でもさ~」


 ミカは不満を露わにしている。頬を膨らませ、拗ねている。その姿にライトは一瞬、怒りを収めそうになる。が、これは父親としての仕事だ。娘として育てると決めたんだから。


「でもじゃない!もう一人ではいかないこと!約束!」

「うー……はーい」


 しぶしぶミカは頷く。自分なら危なくても大丈夫だと思っているのだろう。だから危ないからという理由が、ミカにとってギルドに行ってはいけない理由になっていないのかもしれない。せめてもう少し考える力がつけば良いのだが。


「そしてもう一つ!なんで俺以外の奴に負けてんだよぉ!!」


 ライトの怒号が路地裏に響き渡った。一つ目の理由よりも感情のこもった声にミカは体を竦ませる。


「お前は強い!俺の次に強い!それがなんで負けてんだよ!話を聞く限りなよっとした優男っぽいじゃねえか……」

「だ、だって!あいつ強かったんだよ!……ってか、強いっていうか、なんていうかさぁ。んーなんだかよくわかんなかったんだよな」

「どういうことだ?」


 ライトからの問いにミカは首を捻る。胡坐をかいて腕を組んで、眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

 しばらく唸っていたかと思うと、ぱっと目を見開いて一言。


「お父も戦ってみたらわかるよ!」

「……はぁ」


 ミカのかわいらしい顔と素直な声にライトは溜息を零すしかなかった。無理やり引き出した怒りも引っ込んでしまう。しかし、ミカを負かしたという奴のことは気になる。


「ねえねえお父~。ギルド行くぞ~。おっさんにもすぐ帰ってくるって言ってるんだ~。それにすぐ行けばあいつもまだいるかもしれねーぞ?」


 ミカがライトにすり寄ってくる。ライトは思わずミカの頭を撫でながら考える。

 討伐者にはなろうと考えていた。が、こんなに早く、しかもギルドの関係者からのスカウト付きとは何とも出来すぎた話だ。ミカの潜在能力は確かなものだ。が、今のミカが討伐者の中で圧倒的な力を持っているかと言われると正直どうだろうか。


「んー……」

「なーあー」


 おそらくこの話には裏がある。それがミカを否応なしに危険にさらすようなものだったら断らざるを得ない。ただの討伐者なら危険度の低い依頼だけを受けとけばいいし、ミカが大人になり強くなったらだんだん依頼の内容を濃くしていけばいい。


「んー……」

「……お父?」


 話を聞かないことには何も分からないか。


「……おっし!ギルド、行くか?」

「お?おぉ!行こー!!」


 ミカが勢いよくテントを飛び出した。その姿を見てライトは誓いを思い出す。

「こいつだけは絶対に、何があっても守り通す」

 ライトはゆっくりと立ち上がり、ミカの姿を追いかけた。




「相っ変わらず人臭ぇなぁここは」

「こっちこっち!」


 ミカがどんどんギルドの中を駆けていく。どこに向かおうというのか。

 ミカの後を追いかけると、ある扉の前にたどり着いた。扉の上には「訓練所」の三文字。この先に目的の奴がいるのか?


「おっさ~ん!また来たぞ!」


 ミカが三度勢いよく開ける。また扉の開け方を教えないとな。ライトは頭を抱えながら扉をくぐった。


「あれ?おっさんいねーじゃん。それにあいつも」

「いねぇんかい」


 ミカが手のひらを目の上に当ててきょろきょろとあたりを見渡している。ここには二人以外の匂いはないし、きっと誰もいない。


「おーいミカ。探しに行くぞー」

「お待ちしておりました」

「「!?!?」」


 ライトが振り向こうとした。その瞬間に誰かの声が真後ろから聞こえた。もちろんミカではない。当のミカもライトの少し前で警戒したような態勢をとっている。

 ライトは瞬時に声の主から距離をとるようにミカの元へ。そのままミカを庇いながら声の主へ視線を向けた。


「誰だ!」


 声の主は驚いたような表情を一瞬浮かべたが、すぐに頭を下げる。


「驚かせてしまったようで申し訳ありません。気配を消してしまうのは私の癖のようで……私の名前はキャメル・ブライトと申します。当ギルドのギルド長、ギル・ブライトの秘書をさせて頂いております」


 こいつ、おかしい。

 ライトはキャメルの匂いを覚えようと試みるが、彼女からは一切匂いを嗅ぎとれない。目をつぶればその辺の草や木に気配が紛れてしまう。


「秘書さんか。すまない、失礼な態度をとってしまった」


 ミカを庇っていた手を戻しながら、ライトはキャメルに話しかける。この人は敵ではない。そのことが分かった安堵を感じながら、背中に伝う汗が背中を冷やしていることに気付いた。


「こちらこそ申し訳ありませんでした。お二人の事をお待ちしておりました。ギルド長がお待ちです。こちらへどうぞ」

「おう!さんきゅーな!」

「……」


 ミカはまだびっくりした顔のまま固まっている。匂いがない存在に混乱しているのだろう。ライトも同じく初めて出会ったが、こんなにも混乱するのかと自身の焦りを隠すので手一杯だ。

 ミカの背中をぽんぽんと押しながらライトはキャメルの後についていく。歩いていても、キャメルはほとんど音を立てない。彼女は隠密を得意とした討伐者なんだろうか。それがギルド長の秘書だ?ギルドはこんな奴らがうじゃうじゃいるのだろうか。ライトの額にさらに汗が滴る。


「――――こちらです」


 キャメルが立ち止ったのは大きな二人の男が立つ扉の前。男たちは二人を一瞥し、頭を下げる。巨躯、こんな腕で殴られたら一溜りもない。そんな想像をついしてしまう。


「……っ!うわぁ~でっけ~な~!」

「あ、ちょっ!ミカ!」


 突然ミカが正気に戻ったかと思えば、すぐに走り出した。興味をそそられるものがあれば走り出してしまうのはミカの悪い癖だ。ミカはあろうことかミカは片方の巨男の腕にしがみついてよじ登り始めた。


「すっげ~太って~!」


 腕を登られている男は困ったような顔をしている。しかめっ面というか、ミカを視界の端に捉えながら動けないでいた。

 すぐに下ろそうとライトは動いたが、その前に動いた男がいた。 


「失礼します」

「わっ!」


 もう片方の巨男が低い声を出し、ミカへ手を伸ばす。男の手は大きさに反して優しい手つきで、ゆっくりと優しくミカを地面へと下ろした。


「我々の仕事は遊具ではありませんので、申し訳ございません」


 男は腰を下げ、できるだけミカと目線を合わせてからにっこりを笑って見せた。


「ご、ごめんなさい、でした!」

「タハッ!」


 なんだ、いいやつじゃん。

 ライトは少し笑ってしまう。人は見た目じゃ判断できねぇってか。自分の猫耳を弄りながら、自分の思考に反省した。


「……もう、よろしいですか?」


 キャメルが扉の前で待っていた。いつもなら真っ先にミカが走っていきそうなもんだが、まだキャメルを警戒しているのだろう。ライトの少し後ろに立って、ひきつった顔をしていた。


「お、おう!大丈夫だよ!」

「すまねえ秘書さん。行こう」


 言いながらミカの背中をポンと押す。ミカは抵抗するように後ろに体重を乗せていた。


「ふふっ。それでは」


 コン、コン、コン

 

 ゆっくりと三度、キャメルは扉をノックする。

 

「入れ」


 聞いただけでわかる。強い男の声がする。声だけで、この男が強いとわかる。ライトの背中をまた汗が伝う。


「失礼します」


 キャメルによって扉がゆっくりと開かれ、部屋の中にいる男がライトの視界に捉えられる。瞬間、ライトの至る所から吹き出る汗。男から感じる圧倒的強者のオーラを全身で受け止める。まずい、これは。


「ほう……何故、笑っているんだい?」


 そう言う男もにやりと笑っている。

 ライトは言われてから自分が笑っていることに気が付いた。自分の頬に触れ、口角を戻そうとするが戻らない。笑みが治らない。


「お父?」


 不安そうにミカがライトを見上げる。キャメルは何も言わず、男の斜め後ろまで歩いていき、お手本のような姿勢で控えた。


「あぁ、いや。なんでもない……ただ、あんた強そうだなって思ってよ」

「はははっ!そうだな……私は、強いぞ」

「へへっ。だろうな」


 ライトの口角がさらに吊り上がる。瞳の中の生気が稲妻のようにバチバチと耀く。その光に当てられたか、男の瞳もメラメラと燃え始めた。


「ミカ君と一緒ということは君はミカ君の父君か?」

「そうだ」

「ふふふ……詳しい話はあとだ、君の実力を一度見てやろう。君も抑えられないんだろう?」

「ああ、そうだな」


 恐らく、いや確実にこの男はギルド長その人だろう。ライトはそう確信した。ライトたちはこの男に話を聞きに来た。だが、ライトは全身に迸る汗を止められずにいた。口角は一向に下がらない。この汗と闘志を抑えずには、この男の話を聞いてなんかいられない。


「せ、せめて訓練所でやってください!」


 二人の闘志を感じ取ったのだろう。キャメルの焦った声が部屋を満たした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る