第10話 救うもの
ルイ、ミカ、ライトの三人はそろってギルドに足を踏み入れた。立ち込める人々の熱気。ここにいる皆が生きるために命を張っている。それ故に、みな強い。腕っぷしもそうだが、何より意志が強い。皆、生きようとしているのだ。金を稼ぐために。生きるために命を落とすことなんてあってはならない。そのために討伐者は誰も手を抜かない。
しかし、それでも依頼をこなす中で命を落としてしまう人がいるのは確かな事実だ。そんな世界に、三人はたった今足を踏み入れた。討伐者となるために。そのために、まずはギルド長のところへ向かう。
「お疲れ様です」
ルイは相変わらず不愛想な男二人に挨拶をする。
「……」
「お疲れ様です。お通りください」
片方の男はやはりルイと目も合わせようとしない。もう一人の男も、言葉さえ交わせど言葉の中に人間味のようなものはないように思える。
だからなんだというのか。ルイは気にすることもなく二人の間を通り過ぎた。この扉をノックすれば、ギルド長から「入れ」と言われるのだろう。その言葉を聞いてしまえば、もう後戻りはできない。ここまで足を運んだルイをギルド長は逃がさないだろう。彼は様々声を掛け、ルイを討伐者へと仕立て上げるだろう。元よりそのつもりなのだから何を尻込みする必要があるか。もう決めたではないか。あの両親の前で。
ルイは一つ息をつき、ドアをノックしていただろう。後ろからかわいらしい声が聞こえなければ。
「お~っす!今日もお前でっっっかいなぁー-!!!!」
「んぅ?」
純粋無垢。ミカの天真爛漫な声が聞こえた。思わずルイは振り返る。その目に映ったのは到底理解が追い付かない光景だった。
ミカが、ルイと目も合わせなかった男の腕をよじ登ろうとしている。男の体躯は平均を大きく上回る。そんな男の太い腕を芋虫のようによじ登る。ライトは何をしているのか。こんな危険そうな男に絡むミカを止めないのか。
「ぎゃははははははははは!!!!」
ライトは、膝を叩きながら腹を抑え笑っていた。目には軽く涙も溜めている。なにが、面白いというのか。
「んぅ……」
終始無言を貫いていた男が困惑している。ミカをどのように扱えばいいのか分からない様子だ。そうしている間にもミカはどんどんと男の肩に上ろうとしている。
「お前でっかいからな~!どんな景色が見えんのかな~!」
男の肩まであと一歩。いや、あと一よじ登り?なんといえば分からないが、とにかくもうすぐといったところ。
「失礼します」
「おわぁ!」
もう一人の男が動いた。
ミカの小さな体を、両手を使って丁寧に持ち上げて地面に優しく下ろす。「我々で遊ばれては困ります」と、ミカとついでにライトに微笑んだ。被害にあった男の方は照れ臭そうに頭をかいていた。なんだかその表情がやけに人間臭くて妙に親近感が湧いてしまう。もしかしたら人見知りなだけなのかもしれない。
「ご、ごめんなさいでした」
「すまんかった!」
二人はお決まりの謝罪を決め、頭を下げる。この人たち謝罪するときはちゃんとするんだよなと、ルイは呆れてしまう。
「わかってもらえたなら何よりです。さあ、ギルド長がお待ちですよ」
「うん!」
ミカが元気よく返事をして、ルイの方に歩いてきた。男も困っていたのだろう。なんだか早く行くように言われたような気もしないでもない。
「おう、待たせたな」
「なにしてんだ?早く入ろうぜ!」
「君たちを待ってたんだけどね……」
ライトとミカの勢いに急かされ、ルイは扉を叩いた。勢いのままに叩いたから、もう一度息を吐く暇なんてなかった。
「入れ」
ギルド長の重く、強い声。入れと言われているのに少しだけ扉を開けるのを躊躇ってしまいそうになる。
「邪魔するぜ~」
「おっす!おっさん!」
しかし、二人は涼しい顔をして入ってしまった。あのギルド長に臆することなく、というか無作法にもすたすたと扉をくぐってしまった。二人の肝はどこまで座っているのか。もはや寝転んでいるのではなかろうか。でも、どこか頼もしさを感じてしまうのはおかしなことだろうか。
「失礼します」
ルイは二人の後をついてギルド長の部屋に入った。ミカライト親子はもう応接用の椅子に座って待っている。頼もしいというより、図々しいの方が正しいような気もしてきた。
部屋にはキャメルさんもいた。前回同様、ギルド長の斜め後ろに控えている。二人の態度には特に言及するつもりはないようだ。そして当のギルド長は楽しそうに二人の様子を見ている。昨日二人はギルド長と話をしていると言うから、その時に二人の態度には慣れてしまったのかもしれない。
ギルド長はルイの姿を捉えた。そして、にやりといたずらっぽく笑う。
「来たかルイ君。思ったよりも早かったな」
やはり、とでも言いたそうな顔だった。
「君も座り給え、さあ」
早く。あなたもそうやって急かすのか。
ルイの足は自然と早足になる。ようやくテーブルに着くと、すぐに鞄から契約書を出し、テーブルに置いた。出せと言われる前に出す。何度も急かされては気持ちまで急いてしまう。
「書いてきました」
ギルド長はそれをゆっくりと手に取った。そして、ゆっくりと頭から最後まで確認する。それをキャメルさんにも渡し、キャメルさんもそれを頭から最後までゆっくりと確認する。読み終え、ギルド長に頷いた。
「……ルイ君。まずは、ありがとう」
「ありがとうございます」
ギルド長とキャメルさんの頭頂部を眺めながら、今日はやけに人の頭を見る日だとルイは他人事のようなことを考えていた。するとすぐに二人の頭頂部は見えなくなった。
「君がここに来てくれたからには、我々は君の活動を全力でバックアップするつもりだ。そして、あの大穴に挑戦するときが来たら、協力してほしい」
「はい。わかってます」
返事に迷いは無かった。ルイは世界を救うことに協力する。なんの役にも立てないかもしれないけれど、必要としてくれる人がいるのであれば協力したい。しかし、それはルイが世界を救いたいからではない。ルイは自分を変えたいだけだ。平凡な人生を非凡な人生にしたいのだ。平穏な生活を捨ててでも、自分の世界を変えたかったのだ。そのために、そのためだけにルイは世界を救うのだ。
「ありがとう。そしてライト君、ミカ君。君たちもよろしく頼む」
「なんだかルイの脇役みたいで癪だが、構わねえぜ。俺たちは金が多くもらえるならその方がいいしな」
「世界救うとか、なんかかっこいいじゃんね!」
ライトもミカもすでにルイに課された任務が何なのかを聞いている。それを理解したうえで、それでもいいと言っている。きっと大穴の話も、ギルド長の仮説も、ルイの異能の事も聞いている。ただ討伐者になるよりも命を落とす可能性は高いかもしれない。そんなことは理解しているのだろう。ギルド長がリスクの話をしないとは考えにくいし、その上でライトは金と言った。
命よりも重い金があるのだろうか。二人の事はまだよくわからない。
「よし、ではルイ君に昨日二人にした話をしよう。君たちのこれからのことだ」
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