第9話 新たな出会い、仲間へ

 朝。父も母も、いつもと同じ時間を過ごしている。二日ぶりの自分のベッドに窓から吹き込む風、鳥の鳴き声。何も変わっていない。ただ唯一違うのはルイの心ただ一つ。ルイは討伐者となるのだ。

 

「おはよ」


 部屋から出、ルイはすでに起きて活動を始めていた両親に声をかける。


「おはよ~!」

「おはよう」


 二人からの朝の挨拶をしかと耳から受け取り、ルイは父の座るテーブルに着く。父と言葉を交わす間もなく母が朝食を持ってきた。母は流れるように父の隣に腰を下ろす。


「さ、食べようか!」

「うん。いただきます」

「いただきます」


 母は朝から元気だ。というか、一日中変わらず元気でいる。そんな母の姿をしばらく見れなくなると思うとなんだか喪失感があるようにも思う。寂しいと感じているのだろうか。

 母の他愛ない話に、父はもくもくと朝食を口に運びながら頷く。母はそんな父の様子など気にすることもなく話を続ける。また父は頷く。

 それだけでいい。ルイにとってはそれが一日の始まりであり、夕食時に見る同じ光景が一日の終わりだった。その日常が今日で終わる。後悔はもちろんない。ルイは選択したのだ。自分の進みたい道をようやく見つけたのだから。


「それじゃあ行ってくるね」


 ルイは朝食を食べ終え、未だ話し続ける母と聞き続ける父に向けて言った。二人の行動が一瞬止まる。普段と変わらないと思ったが、二人もどこかで意識していたのだろう。


「も、もう少しゆっくりしていってもいいんじゃな――――」


 母がルイに語り掛ける。しかしそれを父が手で制した。母は言われるまでもなく黙り込む。母の目は父を不安げに見ていた。


「……気を付けてな」

「……はい」


 ルイは二人が座るテーブルを立ち、玄関へ向かう。振り返ることはしなかった。二人に会えなくなるわけではない。また、帰ってくればいいだけだ。簡単なことだ。町からは歩いて一日の距離。なんてことはない。向こうに行っても生活に困ることはない。雇用契約者として、ギルドから手厚いサポートがある。困ったらギルド長に頼ればいい。悪いようにはされないだろう。

 突然、後ろから抱き着かれた。優しい匂い、母だ。


「いつでも帰ってきていいんだからね」

「うん、分かってる」

「あんたは、なにがあろうと私たちの息子だよ」

「うん、分かってる」


 母はルイの返事に満足したのか、二回頭を強めに撫でるとルイの背中をたたいた。


「よし!行っといで!」

「行ってきます」


 ルイは両親を一瞥し、玄関を出た。

 帰ってくるところがある。帰ってこなければならない家がある。ルイは何があっても、死んではならない。そう心で何度も唱えながらナポリスへと旅立っていく。



 街の喧騒は相変わらず狂気じみているように見えた。人の多さは村の比ではない。落ち着いている村とは対照的な様子に、ルイはすぐに順応する。人ごみを避けながら歩く術も程なくして身に着けた。

 ギルドまでもうすぐそこだ。と、突然肩をたたかれた。


「はい?」

「よっ!!」


 振り返ったルイの視線の先には誰もいない。


「下だよ!!」


 言われるままに視線を下に向ける。


「おっす!」


 そこには金髪猫耳碧眼少女の姿。というかミカその人が立っていた。

 前回のときに比べて装備も少し変わっているだろうか。得物は変わっていないようだが、ボロボロだった皮の装備は新調されている。それに、目を引くのは深い緑色をしたマントだ。広げればミカをすっぽりと覆えてしまいそうだが、歩いても走っても邪魔になりそうではない。サイズ感はぴったりで、扱い方によっては戦いに役に立ちそうだ。


「久しぶり……?」

「おう!元気だったか?」

「うん、僕は元気だよ」

「それは何より!それより見ろよボクの新しい装備!」


 そう言ってミカはくるくると回って見せる。その仕草は見た目相応の幼さがあった。


「どう?どう?」

「うん、とても似合ってる」

「そっか~?そっか~見る目あるなお前!」


 バシバシとミカはルイの腰あたりを叩く。力の強さは見た目相応ではなかった。


「そ、それよりどうしたのその装備」


 ルイは何となく歩き始める。向かう先はギルド。ミカも何も言わずにルイの横に並び歩き始める。


「えっとな、これはあのおっさんがくれたんだ」

「おっさん?」


 ギルド長のことだろうか。もしそうだとしたら、なるほどマントを与えたのは彼女の異能ならではの判断なのだろう。


「そうそうおっさん!」

「な、なるほどね……」


 ルイはミカの言葉になんとなく返事をしながらギルドへ歩を進めていた。人ごみが少ないを道を無意識に選び、少し回り道になりながらも確実にギルドに近づいていた。ミカもルイの道選びに特に違和感は感じていないようだった。いや、気にしていないだけかもしれないが。

 今歩いているのは薄暗い路地。こんなところを選んで歩く人はいないであろう影が差す道。人がいない村に慣れているルイにはむしろこっちの方が歩きやすかった。ただ、これはルイの配慮が足りなかったと言えることだろう。

 人のいない薄暗い路地。それは死角。そんな場所にうら若き少女を連れ立って入ったのだ。それは傍から見れば連れ込んでいるようにも見えただろう。そして、それを見たのが仮に少女の父親だったらどうだろうか?


「おい!てめぇ……うちの娘に、何するつもりじゃー---!!!!!!!!!!」

「!?!?」


 一瞬、ルイの視界が真っ白になった。何も見えない。脳天を突き抜けるような衝撃がルイの全身に走った。

 何が起こったのか分からない。ただわかるのは攻撃されたということ。とにかく敵の姿を捉えなければ。そう思いルイは声が聞こえた後ろを振り向こうとする。視界は徐々に回復してきている。しかし、振り向けない。いや、振り向こうにも振り向いて見えたのはレンガタイルの地面だった。数舜あって、ルイは地面に倒れていることに気が付いた。すぐに起き上がる。無理。なぜか体が痺れている。筋肉という筋肉が言うことを聞かない。どこにも力が入らない。かろうじて動かせるのは頭だけ。


「ほう……俺の電撃を受けて意識を保っていたのはお前が初めてだぜ。だが、その記録もすぐに無くなる。なぜならお前は今から死ぬからだ……っ!」


 声の主が足元の方にいる。カツカツとタイルを歩く音がゆっくり近づいてくる。まずい、これは殺られる。


「お父!ストーーーーーーップ!!!」

「……っ!」


 ミカの叫び声。それに応じたのか、殺気を垂れ流しにしていた主は歩みを止めた。痺れも無くなり、ルイはようやく体を起こす。


「な、なんだよミカぁ」


 声の主はミカによく似ていた。金髪猫耳碧眼の青年。ミカと同様に皮の装備を身に着けている。それは使い込まれている様子はあるがよく手入れされているのだろう、本当に自然で体によく馴染んでいる。


「お父!こいつは昨日話した奴だよ!」

「へ?こいつがぁ?」


 ミカがお父と呼ぶ青年は、上半身を起こし地面に座っているルイをのぞき込む。近くで見ても若々しい。亜人とは歳をとっても見た目が変わらないものなんだろうか。


「こいつがミカを負かしたねぇ……強そうには見えねぇけどなぁ」

「お父黙れ!まずは謝る!はい!」

「お、そうだな。俺の言いつけしっかり覚えてて偉いぞぉ~」


 ミカの父はミカをこれでもかと撫でまわす。その表情はでれでれと惚けていて子煩悩そのものだ。ミカも嬉しそうに頬を緩める。が、すぐにはっとなり、また父に謝るよう促した。


「謝れって!」

「お、おう……す、すまんかった!」


 ミカの父が座り込むルイに頭を下げる。なぜか隣で一緒に頭を下げているミカ。

 確かに突然攻撃されて戸惑ったが、これはルイにも明らかに非がある。少女を路地に連れ込む男なんてほぼ全員犯罪者と相場が決まっている。改めて自分の行動を見返すと襲い掛かられても仕方がない。

 ルイは一度立ち上がり、頭を下げている二人に向かって頭を下げた。


「こちらこそ、紛らわしい行動をしてしまい申し訳ありません」


 暗い路地で、三人がそれぞれ同時に頭を下げている様子はなんとも意味不明な図だったに違いない。幸いなのはここには三人以外誰もいないということだろうか。

 三人はほぼ同時に頭を上げた。そして、改めて顔を合わせる。


「俺はライト。このちびの親父だ。確かに襲い掛かったのは早計だったが、もう二度と娘を路地になんか連れ込むんじゃねえぞ。あぶねぇだろうが」

「僕はルイ・ウィンターです。その件については本当に申し訳ありませんでした。これは僕の過ちです。もう二度とそのような真似はしません」

「わかったならいいんだよ。俺は物分かりがいいやつが好きだ」


 ライトは「行くぞ」と、路地の外へ顎をしゃくった。とにかく娘を路地から出してやりたいのだろう。ライトがミカの手を引こうとすると、ミカは全力で拒否し、さっさと走って行ってしまった。

 「待てよ~」とライトが追いかける。ルイもすぐに二人の後を追った。路地を出たところはやはり人にあふれており、少しだけミカの姿を見失ってしまう。しかし、ライトはさして慌てた様子も無い。

 ルイはのんびりとミカを追いかけているライトに追いついた。


「あの、ミカちゃん見失っちゃいますよ?」


 聞かれたライトは不思議そうにルイを見つめ、ぽんと手のひらを叩いた。


「あーそっか。お前ら人間は鼻が効かねえんだよな」

「鼻?」

「俺ら亜人のほとんどは鼻がよ~く効くんだよ。だからにおいを覚えてるやつの大まかな場所くらいはわかる。それでさっきお前らを見つけたしな」


 納得。完全な死角になっていたあの路地にいるルイ達を見つけたのはそういうことだったのか。確かに娘の匂いと一緒に知らない匂いの奴がいたら変な奴だと思うのは仕方がない。

 ライトはゆっくりとミカの後ろを追いかける。ミカはいつの間にか父との鬼ごっこのような気分になっているのだろう。仕切りに父の姿を確認しながら楽しそうに逃げていく。本当に楽しそうに。


「……ミカちゃんと一緒に討伐者になるというのは本当ですか?」


 ルイは自然とその質問を口にしていた。ルイの中でふと引っかかったのだ。

 ミカの身の安全を第一に考えていそうなこの人が娘と一緒に討伐者になるなんて、なんだが腑に落ちない。ミカは確かに強いとはいえ、討伐者は危険な職業であることには違いない。


「あいつ、強かっただろ」


 ライトがいたずらっぽく微笑んだ。

 

「え、えぇ。とても強かったです」

「だろ?そして言うまでもなく俺も強い。すっごく強い」


 冗談のようにライトは言う。が、この人はきっと強い。ミカ曰く、ミカが唯一敗北を喫したのがこの人らしいから間違いない。


「そして何より、俺達には金がなかった。だからだよ……討伐者になる理由なんてそんなもんだろ」


 どこか含みがあるようにも聞こえたが、ルイは聞き流した。


「そんなもんですか……」

「昨日、ミカに連れられてギルド長のおっさんのところに行った。そん時にお前の話は何となく聞いたよ」


 ライトは立ち止った。そして、軽くルイの肩を叩く。


「お前がどんな決断をしたのかはわからねえがな、ここにいるってことはそう言うことだろ……まあ、俺たちがいりゃたいていの事は大丈夫だ。お前は俺たちについてくりゃいいんだよ」


 彼なりの激励の言葉だったんだろう。ルイにはそれが、軽く突き放すような言葉に聞こえたが、それがライトの本意ではないのだろう。ただ、そういう気持ちをライトが持っているのは間違いではないのかもしれない。


「お~いミカ!そろそろおっさんとこ行くぞ!」

「あ、は~い!」


 ミカが人ごみの中からひょこっと顔を出す。ミカもライトの匂いを覚えているようだ。


「俺たちも今からギルドに行って正式に討伐者になるとこだったんだ。お前がいてくれりゃ都合がいい。一緒に討伐者になってパーティー組むぞ。そういう話だったよな?」

「え?まぁ、はい」

「よし!それじゃあいっくぞ~!」


 ミカがまた元気よく走り出した。それをライトが笑って追いかける。困惑したままルイは二人を追いかけた。

 新たな出会い、息つく暇もなく仲間へ。

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