第3話 ナポリスギルドにて

「さあ、どこからでも掛かってきなさい」


 強面髭面筋骨隆々なんでもありの男が言った。

 男はルイの四、五メートルほど先にいる。周りには少しの木々と訓練用のダミー人形。一人の観客もいやしない。

 ルイの手には誰もが一度は持つであろう訓練用の、これまた平均的な剣。刃は潰されており、指で撫でても傷はつかない。しかし、これでぶったたけばそれなりに痛いだろうし、それなりの怪我を負うだろう。男も同じものを持っている。

 男は余裕しゃくしゃくといった様子。鎧も付けていなければ、構えてすらいない。右手に剣を持ち、腕をだらりと垂らしている。まさに、自然体。対してルイは両手で剣を持ち、へその前あたりで構える。切っ先はやや真上より相手に傾け、剣越しに男を見据える体勢。ルイが初めて剣を持った時に父から学んだ構えだ。


「どうした、来ないのか?」


 男がルイに言う。ひょいひょいと、剣をルイに向け、手招きをするように動かしながら。

 ルイは動揺しない。いたって冷静、男に惑わされることは無い。しかし、だからと言って攻め手があるかと言われれば、無い。ルイはまともに剣で人と打ち合ったことがない。


「行きます」


「よし、来い!」


 ルイは走り出した。と言っても四、五メートル。すぐに互いの間合いに入る。

 ルイは三メートル距離を縮めたところで剣を上段に構え、振りかぶる。右上から左下に向けて、一気に振り下ろすつもりだ。

 男は一向に動く気配がない。剣を持つ右手はまだだらりとしている。これは入る。ルイは構えた剣を振り下ろした。


「普通だな」


 ルイ渾身の振り下ろしが空を切る。男は半歩、下がったのみでルイの剣撃を躱した。剣と男の距離は紙一重。完全に間合い把握していないとできない芸当である。

 ルイは続けざまに、左下から右上へと切り上げる。が、男は半身身体をずらして躱す。ルイは止まらない。避けられることくらい織り込み済みだ。

 右側に流れた身体を、腰を左に回すことで反動をつける。そして、剣を男の脇腹目掛けて思い切り振りぬく。が、


「いたって普通」


 真横からの一撃を、男は右手の剣で下から弾いた。ルイの剣と力が上へと流れる。今、叩かれればルイにその攻撃を防ぐ術はない。それを男が、ギルド長が見逃すはずがない。


「これで、一度」


 言いながら、ギルド長はルイの心臓があるであろう場所に切っ先を向けた。ルイは弾かれた衝撃で両手は頭上、剣を必死に握りながら棒立ち。胸に突き付けられた切っ先を見つめることしかできない。


「お前は死んだ。どうだ、何か感じるか?」


 ギルド長が剣を鞘に納めながらルイに尋ねる。ルイは何かを感じ取ろうと、その何かがないか必死に体の感覚を脳にかき集めるが、何もない。


「特に、何も……」


「んー、なるほどぉ……」


 ギルド長は思案するように腕を組み、目を閉じる。


「やはり、何かの手違いか勘違いなのでは?」


 ルイは聞く。


「いや、まだ仮説の一つ目を試したにすぎん……次は、そうだな。本気で殺すつもりでやってみようか」


「え?」


 殺す――――?

 ルイは一瞬戸惑った。耳に入ってきた言葉を解釈するのに困ったからだ。

 ギルド長は、さも当然のように言い放った。日常でよく使われる言葉のようにごく自然にその物騒な言葉を口から出した。


「俺は次はこれを使う」


 ギルド長が手にしたのは、おもちゃの剣ではなく。はじめから腰に提げていた方の剣。いや、あれは刀だ。

 剣よりも少し刀身が長く、反りがある。反りの外側だけに刃があり、言いようがない禍々しい波紋が内側に広がっている。


「お前も好きなものを使え」


 ギルド長が顎を動かす。顎で示した先には木製の扉。きっとその先は武器庫になっているのであろう。

 ギルド長は抜いた刀をフォンフォンと軽く振って見せる。先ほどまでとは違う。あれは本当に殺る気だ。


「わかりました」


 ルイはてんぱっちゃいない。冷静だ。冷静になろうと努めているわけではない。ただ、冷静でしかいられない。ルイもこんな状況で冷静なのはおかしいと思う。それなのに、なぜなのか。今はその理由が分かる。ルイはギルド長の言葉を思い出していた。


――――


 ルイがナポリスに着いたのは家を出てから一日経った頃だった。家には馬がいないから、丸一日歩きっぱなしだったが、ようやくたどり着いた。馬なら三分の一程度の時間で来れるのに、ナポリスは近いようで遠い。

 巨大な街の入り口の門をくぐると大きな通りがまっすぐ、街の中心へと伸びている。そこから細かい道が左右に幾本も伸びており、それがぐるっと円を描いている。ナポリスは円形の街である。それを外壁が囲んでおり、入り口は巨大な門が二つ。ルイが入ってきた側とそのちょうど反対側にもう一つ。それ以外はない。

 街の中心にはギルドが堂々と座している。大通りから直接アクセスできるようになっており、ギルドは街のシンボルでもあった。


「ギルド……相変わらず大きいな」


 ルイは街に着くと、まっすぐギルドへと向かった。ギルドに近付く程、行き交う人は増えていく。また、露店の数も比例して増えていき、ギルドの周りでは人の喧噪で息がし辛いほどだった。


「そこの人!一つどうだい!」

「兄ちゃん!!一本でいいから買ってきな!!」

「この最高の剣がなんと5シルバーだよぉ!!買った買った!!!」


 誰もが喋っている。黙っている人などルイ以外に見当たらない。ルイは逃げるようにギルドに駆け込んだ。

 ギルドは街の中心なだけあり、建物自体が大きく、街の門に負けていない。二、三十メートルほどあった門と同じかそれ以上の大きさを誇るギルドは見た目だけではない。

 門をくぐると大きな空間が視野いっぱいに広がっており、そこにはたくさんの飲食店と雑多に配置されたテーブルと椅子。そこに、酒や食い物を楽しむ討伐者が溢れている。そうではない討伐者は受付に行き、自分にこなせそうな依頼を受けに行く。広間中央に設置されている受付は大きなドーナツ状になっており、その内側には受付係が座って討伐者の対応をしている。受付係はだいたい二メートル間隔で、ざっと二十人ほどだろうか、がたくさんの討伐者に対応していた。そして、ドーナツの中心には見上げる程の依頼ボード。三枚の巨大な縦長のボードが三角柱になるように組み立てられており、依頼が書かれた紙がびっしりと貼り付けられている。上の方になればなるほど難しい依頼ということらしいが、一階からでは上の紙はもはや見えない。依頼ボードを中心にギルドは吹き抜けになっており、五階まであるが、上の依頼内容を見るにはわざわざ上の階まで行かなければならないのだろう。

 そして、五階まであるのは依頼内容を見るためだけではない。寧ろそれはおまけの様なものだ。これほどまでに巨大なギルドの中には様々なサービス、設備が詰まっている。武器店、防具店、レストラン、バー、カジノ、宿屋、病院さらには子連れの討伐者用に託児所まで完備されている。そして、それらは毎日人でいっぱいだ。

 どうしてギルドがこんなにも栄えているのか。どうして数えきれない程の人が集まるのか。それは単純に金がよく動くからだ。金回りが良い場所には人が集まる。

 

「どこに行けばギルド長に会えるんだ?」


 ルイがギルドに来るのは初めてではない。が、今までは父の付き添いだった。一人で来たのは初めてであるし、ギルド長に会うなんてもってのほかだ。

 ルイはぐるぐるとあたりを見渡してみるが、もちろんギルド長らしき人がいるわけがない。仕方なく、ルイは受付へ向かった。

 受付には大量の人、人、人。受付係が二十人もいるというのに、それ以上に討伐者が多すぎてどの受付にも列ができていた。ルイはとりあえず一番近くの列に並んだ。


「今日は何すっかなぁ」

「狩りっしょ、ゴブ狩り」

「またかよ!飽きたわぁ」

「じゃあホブゴブは?」

「一緒じゃん!!」


「あんた、最近太ったんじゃない?」

「え?そうかな?」

「そうよ!今日は運動もかねて荷物の配達するわよ!」

「えぇ……」

「なによ」

「いえ!ママに従います!」

「パパのそういうとこ、嫌いじゃないわよ」

「えへへ」


「……」


 列の前後ろからたくさんの声が聞こえる。ルイはひたすら黙って自分の番を待った。しかし、それは当分先のようだ。


「ねぇ」


 と、突然横から肩を突かれた。振り向くと、そこには金髪の小さな女の子。あまり手入れがされていない頭からは猫の様な耳が生えている。前髪の隙間から見える目はきれいな緑色をしていた。身長は140センチほどだろうか。しかし腰には短刀を携え、身軽そうな装備だがただの服ではなく、ぼろぼろの皮の装備を身に纏っていた。彼女は討伐者のようだ。


「はい?」


「あんた討伐者?」


「いえ、違いますが」


 ルイは答えた。ルイは当然、討伐者ではない。討伐者とは、魔物と戦い、勝つ術を持つものを指す。ルイはその術を持ち合わせていない。ただの荷物運びでさえ、街から続く道を外れれば魔物がでるし、魔物がでたら戦い勝たねばならないのだ。ルイにそれはできない。


「なんだ、違うのか」


「どうしたんですか?」


「ボク、パーティーメンバーを探してんだ」


「あぁ、なるほど。だから一人の僕に声を掛けたんですね。すいませんお役に立てなくて」


「討伐者になったら声かけてくれよなっ。仲間に入れてやっからさ」


 彼女は微笑んで、親指をぐっと立てた。きりっとした猫の様な目を細め、にっこりとした口から犬歯を覗かしている。ここに亜人がいるのは珍しいな。ルイはそう思った。


「分かりました。ありがとう」


 ルイも微笑み、小さく親指を立てる。少女は満足したのかニコニコしたままどこかへ行ってしまった。別の人に声を掛けに行くのだろう。

 討伐者になることなんて、あり得ないけどさ。

 

「次の方どうぞ!」


 気付けばルイの番になっていた。受付が張り付いた笑顔でこちらを見ている。


「あ、ギルド長にお会いしたいのですが」


「……あ、ルイ様ですね?お話は伺っております。あちらの扉にお入りください。中でギルド長がお待ちです――――次の方どうぞ!」


「あ、ありがとうございます」


 受付はもうルイの言葉は聞いていなかった。

 受付に促された扉を見ると、一見普通の木製の扉だが両開きになっている扉はあの扉だけのようだ。よく見ると両端には周りの討伐者とは違い姿勢よく立つ男が二人。護衛か、もしくは侵入者を防ぐためか。とにかく、ルイは扉の前の男に話しかけることにした。


「あの、ルイと申します。ギルド長から面会がしたいとの手紙を頂いたものです」


 目の前に立つと、二人の男はルイの一回りも大きかった。ルイの身長は170程度だが、ルイがいくら平均だからと言って二人はでかすぎる。2メートルは越しているだろう。


「手紙を」

 

 右側の男が手を差し出す。男の声は低く、ルイを威嚇しているようにも聞こえる。男の手には無数の傷があった。


「あ、はい」


 鞄から手紙を取り出し、男に渡す。手紙を受け取る男の手つきは案外柔らかかった。左の男は視線を周囲に配っていた。ルイの方は一切見ない。


「拝見いたしました。どうぞ、お通りください」


 手紙を確認したのだろう、用が済むと左の男のようにルイから視線を外す。手紙は返してはくれないようだ。

 男の横を通り過ぎて、扉の前に立つ。ノックは必要だろうか。しないよりましか。三度、扉を叩き、反応を待つ。


「入れ」


 中から低い男の声。たった一言なのに心臓に張り付くような迫力がある。


「失礼します」


 ルイが中に入ると、ギルド長はいた。

 ルイはギルド長がどんな人なのか知らなかった。が、すぐにこの人がそうだと分かった。広間にいた討伐者の誰よりも強いと、すぐに理解できた。なぜか、理由なんてわからない。

 扉の中は執務室のようで、少しの本棚に書類がいくつかと、ギルド長用のデスクに応接用のテーブルがあった。ギルド長は応接用のテーブルに腰かけており、その傍に秘書であろう女性が控えている。二人とも、腰には武器を提げていた。


「君が、ルイ君かい」


 ギルド長はゆっくりと尋ねた。少し俯いていて、上目遣いにルイを見据えている。品定めするような目。ルイはそっと視線を外した。


「はい。ルイです」


「ルイだけかい?」


「ルイ・ウィンターです」


「そうだったね。ルール・ウィンターとイリア・ウィンターの息子。ルイ君……さぁ、座りたまえ」


 ギルド長の声が柔らかくなった。品定めは終わったのだろうか。

 ルイはテーブルをはさんで反対側に腰かける。すると、秘書が持っていた書類を、ルイに向けて置いた。自然とルイはそれに目を移す。


「これは、いわば雇用契約書だ」


 ギルド長は言った。


「はぁ……」


「つまり、われわれギルドは君を討伐者として雇用しようと考えている」


「はぁ……?」


 さすがに頭が追い付かない。展開が急すぎる。

 何も分からないといったルイの反応にギルド長は声をあげて笑った。


「すまないすまない。急な話で驚いただろう――――説明するには少し話が長くなるが、聞いてくれるか?」


「えぇ……もちろん」


 ギルド長は話し出した。


「まずは、そうだな。このギルドの話から始めようか。君は、ギルドがどのような理念を持っているか知っているかい?」


「いえ。申し訳ありません」


「いや、いいんだ。正直いまこのギルドにいる討伐者たちも誰一人理念のことなど考えたこともないだろう。じゃあまずはそこから――――


 まず、ギルドというのは今我々がいるような建物を指して呼ばれることがほとんどだが、実際は組織の名前だ。この建物で行われている、依頼仲介業を行う組織の名前がギルド。つまり、あまり建物は関係がない。この建物も金が有り余ったから、人が集まりやすいようにどんどん改築されていっただけで、実際、ギルドは元々小さな小屋から始まった。

 数人の腕に覚えがあるやつらが集って、金を稼ぐために困っている人たちを助けては報酬をもらい生活をしていた。そんな、組織とも呼べない状態から始まったのがギルドだ。そいつらの活動が評判になり、腕のいい何でも屋がいるぞと、様々な人たちから依頼が舞い込むようになった。その頃には金に苦労することもなくなったが、逆に依頼が多すぎてすべての依頼をこなすことが困難になった。そこで、一緒に依頼をこなしてくれる人を募ったわけだな。そうすると相当の人数が集まった。そして、組織として名があったほうが活動しやすいということになって、つけられたのが「ギルド」というわけだ……というのが、表向きの歴史。これは知っている奴らもいくらかはいるみたいだが、本当は違う。誰も知らない理念が確かにある。と言っても、別に隠しているわけではないから、秘匿義務もない。リラックスして聞いてくれ。

 君は、「魔の大穴」を知っているか?そう、魔物が蔓延る原因。魔物を産み出す大穴だ。その穴から魔物は産まれるといわれていて、魔物は常にその穴から這い出てくる。その直径は十キロと言われており、その周りも魔物の巣窟になっている。

 なぜ、大穴の話をしたか。それは、我々ギルドの目的が、大穴の探索及び魔物の掃討だからだ。我々の理念は、魔物を一匹残らずこの世界から排除すること。そして、邪魔する者、組織すら排除し、この世界に平和をもたらすことである。


――――どうだろう。いったん、理解してくれただろうか?」


「は、はい」


 言っていることは理解できる。しかし、それが実現可能だとは到底思えない。ルイも「魔の大穴」のことは知っていた。なにせ、父と母から小さい頃から教えられていたからだ。

 魔の大穴はルイが住む国ガイアと亜人・魔人・獣人が住む国ランドのちょうど真ん中に鎮座している。ガイアとランドはほぼ真円を描いており、それをちょうど左右に分けた右側がガイア、左側がランドの領土となっている。そして、その円の中心に位置するのが大穴。つまり、地続きで、だれでも近づこうと思えば近づける位置に大穴は存在してしまっている。ギルド長が言うように、大穴付近は魔物が跋扈しているため、普通は近づこうとしない。

 ただ、討伐者の中には腕を試すために近付く者もいる。ルイの両親も若かったころに近付いたことがあるらしいが、あまりの魔物の多さと強さに尻尾を巻いて逃げたと聞かされた。さらに、母の千里眼で大穴の奥を覗こうとしたことがあるらしいが、覗こうとした瞬間、頭の中が爆発したような衝撃を受け、気絶してしまったらしい。以降、二人は大穴には決して近づかない様にしている。と、何度も言い聞かされた。そんな変な気は起こすなと、父に強く言われた。


「そのようなこと、実現可能なのでしょうか?」


 ルイはたまらず尋ねた。あくまでルイの持っている情報の限りではだが、ギルドの理念はどうかしているとしか思えない。


「今のところ、実現不可能だ」


「え?」


 ギルド長ははっきりと断じた。淀みなく、はっきりと。


「今のところは、だけどな……実現不可能だと思う理由はたった一つ。大穴に関する情報が少なすぎることだ。今まで、大穴の探索をしようとたくさんの実験をした。千里眼や透視のような視力を拡張する異能持ちが大穴を覗いてきたが、皆激しくうなされた後に気絶する。そして、だれも中の事を覚えている者はいない。また、腕に覚えのあるものがなんとか大穴に辿り着き、中に入れたとしても、ついには誰も帰ってこなかった。我々が持っている大穴の情報は少ない。魔物が這い出てくるということ、少なくとも我々が観測できる範囲はなだらかな坂になっており崖ではないこと、不可解にも深さ数メートルで光が遮られていて中の様子が分からないこと、そして何をしようとも観測不可能であるということだけだ」


「……」


 ルイはなぜ、このような話をされているのかを考えていた。大穴の話は大抵知っていた。ただ、ギルドが大穴を狙っていただなんて知らなかった。これは隠している話ではないと言っていたが、逆にルイに話す必要性もなかった。この話を一人一人国民にしているわけもないだろう。だめだ、答えが出ない。


「我々は考え、調べた。さらに考え、考え、考え、一つの仮説を立てた」


「仮説……?」


「大穴には人からのあらゆる力、刺激、その他すべてを遮る瘴気ないし障壁のようなものがあるのではないか。そしてそれが我々には観測できていないだけなのではないか、と。」


「……」


「もしかしたら、大穴に入り、暗闇に入り込んだ瞬間からその人間は瘴気にやられ死んでいるのではないか。我々の僅か数メートル先で息絶えていたのではないか。しかし、我々にはそれを観測する術がない。だから、仮説だ」


「……あの、本当に話が読めないんですが。どうして僕はこの場に呼ばれたのでしょうか」


 ギルド長の話は分かる。ギルドの中で何が起こっていたのかも理解できた。ただ、ルイが呼ばれた理由だけが本当に分からない。


「単刀直入に言おう。君のその順応性は、世界を救う異能かもしれない」


「馬鹿な……ただ、平均的になるだけの異能ですよ?」


 何を言っているのだと、ルイは思った。能力が平均的になる異能。しいて言えば、人より感情の起伏が少なく、恐怖心もあまりないし緊張もしないというのがちょっとアドバンテージになるくらいだ。それに、そんな人は他にもいるし、その人たちは他に何か異能を持っている。つまり、なんの能力も持たないただの人のなりそこないだ。そんな異能が?世界を?わからない。


「そういうがね、私の仮説はそうではない。順応の能力を見極める実験はしたのか?何をもって順応しているというのか、何に順応して何に順応しないのか。順応するのは身体なのか技能なのかそれとも両方なのか。そして、順応とは何なのか……君は試したのか?」


「いえ……なにも、していません」


 何もしていない。言われたようなことは何もしていない。ただ、平均的で、何をするにも普通であった。そして、それにもすぐに慣れてしまった。こんなものだろうと、思っていた。それでいい、とも。


「君は感情の起伏も極端に少ないようだが、それも順応が発現してからなのか?」


「はい」


「なるほど。君の身体は『通常』を保とうとするようだね」


「通常?」


「今の君の自然の状態。人間のあるべき姿。健康体……まあ何でもいい。私の仮説を話そう」


「はい……」


「私の仮説では、君は周りの環境、対峙する者の能力、君自身が置かれた状況次第で進化する超人だ」


「……はい?」


「つまり、火の中に入れば火の中でも生きていけるように身体が順応し、火が熱くなくなり火傷もしなくなる。食べ物がなく、飢え、身体を動かすのに十分な栄養が取れなくなれば、栄養を必要としない身体となる。剣の達人と対峙し、死に追いやられれば、身体を壊されない様にと身体が順応し達人の剣を見切ることができるようになる。と、ざっくりとした私の考える君はこうだ。実際はもっと細かい調整が入るのだろうが……まあとにかく試してみようじゃないか」


「ま、待ってください……本当にそんな力が僕にはあると?」


「仮説さ、そしてこの仮説が正しければ、大穴にあるかもしれない瘴気を突破できる……」


「なるほど……」


「兎に角!仮説を立証しないことには始まらない。さあ、訓練所へ行くぞ」


「え?あ、はい」


――――


「お前も好きなものを使え」


「わかりました」


 扉を開けると、数多くの種類の武器が雑多に置かれていた。多くの人がこれらを持ち、魔物を殺すために訓練しているのだろう。どれも使い込まれている。

 ギルド長の仮説が正しいのであれば、ルイはどれを使おうとも関係ない。関係なく、相手に負けない様に身体が順応していく。


「よし」


 ルイは選んだ。否、選ばなかった。

 ルイは武器庫を出、刀を構えるギルド長に対峙する。


「お前……なるほど、そうきたか」


 ギルド長がにやりと笑った。


「お願いします」


 ルイは両こぶしを握り、ファイティングポーズを取った。

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