第4話 VSギルド長
恐怖心は無い。緊張もしていない。ただ、対峙するギルド長の目からは殺気が溢れている。それがひしひしと伝わってきて身体が痺れる。
ギルド長の手には刀。ルイにはただの握りこぶしが二つ。武器の圧倒的差。絶対に勝てない。だが、勝つ必要なんてない。負けなければ、それでいい。
「今度はこちらから行くぞ」
ギルド長が静かに言った。一言掛けてから攻めるのは、ギルド長なりの優しさだろうか。
ギルド長が駆けた。距離は約10メートル。それが一気に0になる。ギルド長がどうやって一瞬で距離を縮めたのか、全く見えなかった。
「うおっ……!」
上段に構えられた刀がまっすぐルイの脳天目掛けて振り下ろされる。ルイは何とか身体を右に投げ出して躱した。
限りなく速い。速いなんてもんじゃない。刀が出していいスピードじゃない。避けられたのもただのまぐれだ、勘だ。あれを避け続けろなんて、無理な話だ。
「やるじゃないか!」
転んだままのルイに向かってギルド長は刀を突き出す、突き出す、また突き出す。ルイは尻餅をつきながらなんとか後ずさり、それらを躱す。が、三度めの突きが右の太ももに深く突き刺さった。
「……っ!!!!」
声が出ない。こんな痛みは初めてだ。でも、痛いと言っている場合ではない。
ルイはとにかく立ち上がる。怪我をした右脚を庇いながらとにかくギルド長から離れようと背中を向けて走った。
「はぁっ!!」
背中を向けるなど、愚策も愚策。ギルド長が見逃すはずがない。
また、少し空いた距離をギルド長が一瞬で詰めてくる。背中はがら空き。恰好の的だった。ルイはそれを狙っていた。
「んぐっ……!!」
ギルド長の攻撃に合わせてまた横っ飛び。隙をあえて晒すことで、攻撃を読みやすくする作戦だった。なんとか成功させたがすぐに来る。横っ飛びした後も頭から転がり、すぐに立ち上がる。そして、今度はギルド長に正対。
「なるほど、戦闘中に頭を使えるのは良い事だ。順応のお陰であまり恐怖心もないのであろう……だが、いつまで躱せるかな?」
ギルド長が下段に刀を構えた。ゆっくりと距離を詰めてくる。距離が縮まらない様に、ルイも合わせて後ずさる。ギルド長から目を離さない。刀だけを見てはだめだ。ギルド長全体を眺めるように、俯瞰するように見ないと。
「んな……っ!!」
気が付けばギルド長が肉薄していた。ルイには全く、何も見えなかった。どうしてこんなに一瞬で距離を詰めれるのか全く分からない。また同じことの繰り返しだ。
「今度は簡単には躱させんぞ」
同じことの繰り返しなんて、起こるわけがなかった。そんなのはルイの希望的推測に過ぎない。
ギルド長が細かく、素早く、正確にルイの身体を切り刻もうとする。
下段から、血を流している右太ももに向けて一太刀。これを、右脚をひいて辛うじて躱す。が、態勢を崩してしまう。さらに、左わき腹から右の肩に向けて一太刀。身体を仰け反らせ、躱そうとする。これもなんとか。それでも、ギルド長は止まらない。
見ないと。刀の軌道を見て、避けないと。ルイは見る。とにかく見て、反応する。ただそれだけに集中した。
次は、右上からもう一度右肩。仰け反るときに開いていた右腕を体の内側にしまい、躱そうとするが、肩の肉をごっそりと持っていかれた。痛みはさほど感じない。けれど、右腕にもう力が入らない。ギルド長はさらに、右わき腹から左肩目掛けて一閃。これは、もう避けられない。なら……!!
「うおっ!」
身体を前に倒し、ほぼゼロに近いギルド長との距離をさらに詰める。寧ろぶつかりにいく。ギルド長は虚を突かれたのか、体勢を崩した。その隙にルイはまた距離を取る。そして、ギルド長を見据える。次は、次はどこからくる。
「ターーーーイム!!」
「へ?」
ギルド長が叫んだ。タイム?なんだ?何が起こっているんだ?
分からないが、とにかくギルド長の刺すような殺気が消えた。刀も鞘にしまって、ルイに近付いて来る。戦闘は終了ということか。
ルイも戦闘態勢を解き、その場に立ち尽くす。右腕に力が入らない。
「どうだ。何か感じたか?」
ギルド長はぶっきらぼうに尋ねた。さっきまで殺しにかかってきていた人とは思えない優しい声だった。
「よく、わかりません。もう必死で、躱すことだけ考えていたので」
ルイは正直に答えた。何も感じなかった。感じる余裕すらなかった。今生きているのは奇跡としか言いようがない。それに、怪我の程度も普通じゃない。痛くはないが、早く治療した方がいいのではないだろうか。
「そうか……私はこれが確信したぞ?お前の順応は世界を救うとな」
「はぁ……どうして?」
「ここを見てみろ」
ギルド長はルイの右太ももを指さした。ギルド長が深々と刺した傷。もう痛くはない。が、血で服がびっしょりと濡れている――――おかしい。服に空いた穴から見えるはずの傷が塞がっている。血は確かに付いているが、もう乾き始めているし、新たに血は流れてきていない。
「さらに、右肩」
今度は右肩を指さす。ごっそりの切り落とされた肩の肉。もう右腕は使い物にならないと思えるほどの傷。が、こちらもいつの間にか肉が再生している。血も止まり、切られた痕も残っていない。試しに右腕を振ってみるが、痛みも違和感も感じない。
「再生している?」
「そう、みたいだな……言った通り、超人だ」
にやりと、ギルド長が笑う。正直これはかなり気持ちが悪いと思うのだが、ギルド長は仮説が正しいと証明できそうで嬉しいのだろう。
「さらにそれだけではない。戦闘開始直後のお前と戦闘終了間際のお前では明らかに戦闘力が違っていた。と言っても、お前は躱し続けていただけだが、戦闘開始直後のお前は躱すというよりも、結果的に躱せただけだっただろう。まぐれだ。たまたまだ。だが……」
「最後の連撃は、なんとか見えていた……」
「そうだ」
ルイは見ていた。ギルド長の太刀筋を。躱そうと、必死に見ていた。身体は追いついてこなかったが、目は追いついていた。いや、追いつけるようになっていた?
「お前の身体がどんなプロセスを踏んで、そうなったのかは分からないが、とにかく私の太刀筋を『見れる』程度には順応していたということだ……私の仮説が一つ立証されたな――――ふは、ふははは、ふはははははははははははははげほっ!げほっ!」
「大丈夫ですか?」
肉体の再生。動体視力の強化。加えて、もしかしたら最後の突撃も順応のお陰で成功したのかもしれない。突撃するという思考に至ったのは順応が思考を強化していたからか?今考えればあんな選択、無謀としか思えない。が、実際にやってのけてしまった……順応、まだまだわからないことだらけだ。
「よし!それじゃあ続きをやるぞ!順応がどのように作用するかが分かっている状態で戦えば、能力発動までのラグが短くなるかもしれんからな!」
ギルド長が刀を持った肩をぐるぐると回しながらルイとの距離を取る。そして、刀を構えてルイに正対した。有無を言わせないつもりのようだ。
「は、はい。では――――」
「ちょっと待ったあああああああああ!!!!!!!!!!」
訓練場に爆発するような声が響き渡った。
甲高く、大きい声は訓練場の入り口の方から。二人は反射的にそちらに目を向ける。
「なんだかおもしろそうなことやってるじゃん!ボクも混ぜてよ!!」
「君はあの時の……」
「なんだ?知り合いか?」
そこには、猫の様な耳、猫の様な目、猫の様な牙をした身長140センチほどの小さな少女が立っていた。
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