とある漫才師のつぶやき…

兎緑夕季

泣かしのルイボール

「以上、ルイボールのお二人でした」


大きな会場内はグスン、グスンと言う泣き声や鼻をすする女性達の姿で溢れていた。


「くそっ!」

ワタリは乱暴に楽屋のドアを閉めた。

「いや、今日も大繁盛だったね」

サノタは呑気な声を上げながらパイプイスに腰掛ける。

「どこがだ!」

サノタは相方の不機嫌な理由が分からず首を傾げた。ワタリは盛大にため息をつく。

「お前はこれでいいのか?」

「何が?」

「俺たち漫才師だろう」

「そうだ」

「笑いを取るのが仕事だ。それが泣かれてどうする!」

「う〜ん。でも売れたじゃん」

「お笑いを認められたからじゃない。俺たちがなんて言われてるか知ってるのか?」

「泣かしのルイボール。俺たちの漫才を聴くと人々は涙しストレス発散…」

「それ以上言うな…」

「いや〜嬉しいよね。人の役にたつのって」

「俺は笑わせないの。泣かれたいわけじゃねぇ!」

ワタリの心の叫びがこだまする。

「うふふふっ!」

突然、笑い声が耳をかすめた。

振り返ると5歳ほどの少女がお腹を抱えて笑っていた。

「リリオ、来てたのか?」

サノタが駆け寄る。

「誰だ?」

ワタリは訪問者の顔をまじまじと見る。

「姪だよ…リリオ、母さんは?」

「客席で泣いてる」

その発言に肩を落とすワタリ。

「私はおもしろいと思うよ。おじさん達のお話…」

「本当か?」

ワタリは目を輝かせた。

「そうか。わかる子には分かるんだな…」

「よし。いっぱい聞かせてやるぞ」

「おいおい、子供相手に…」

サノタは呆れつつ、ワタリの隣に立つ。


数分後…。


「うぇぇん!」


号泣しているリリオ。

その場に呆然と立ち尽くすワタリとサノタ。

「結局こうなるんかい!」


頭を下げながら、二人同時に、

「はい。ありがとうございました」

まばらな拍手が通り抜けていった。

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とある漫才師のつぶやき… 兎緑夕季 @tomiyuki

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