1-12 逮捕!!!!?

「まあ、美味しいですね。お花の香りですのに全く味を邪魔しませんわ」

「でしょう! 僕も初めて茉莉花の移香茶を作ったんですけど、意外と合って驚いたんですよ」


 今日は茉莉花の茶葉を持って芙蓉宮を訪ねていた。


「茶心堂さんにももう届けたんですけどね、とても喜んでくれましたよ」

「そうでしょう。松明花も素晴らしいお茶でしたが、こちらもきっとまた人気になりますわ」

「そうなってくれると嬉しいですね」


 邑の人達には、移香茶には色々な香りがあることを知ってもらいたかった。

 心を落ち着ける香り、精神を元気づける香り、身体から力みをとる香り。

 香りと一口に言っても、その内容は千差万別であり、その日の気分や食事によって飲み分けて、自分のお気に入りの香りを見つけて楽しんでほしい。

 香療術の一つである移香茶とは、本来そういうものだ。


「僕のお茶で、街の皆が笑顔になってくれたら素敵だなあ」

「大丈夫ですわ、きっと」


 亞妃は茉莉花茶を気に入ったらしく、言葉の合間合間で茶器に口を付けていた。

 飲んだ後に、ほっと口元を緩めている姿を見ると、こちらまで嬉しくなる。

 すると、鄒鈴が不安そうな声を漏らした。


「でもぉ、確かに今は茉莉花の時期でしょうけど、その香り付けに使う精油は足りるんですかぁ?」


 鄒鈴の問いに、月英はふふふと得意げに口端をつり上げて笑う。


「それが、実は何とこの茶葉には、精油を使ってないんですよ」


 え、と亞妃と鄒鈴は目を瞬かせて驚いていた。

 鄒鈴なんかは、信じられないとばかりに茶壺の蓋を開けて中の茶葉を確認している。


「え、でも、茶葉に茉莉花の花びらが混ざっているわけでもないし……じゃあ、どうやってこの香りを付けてるんですぅ?」

「茶葉の、香りを吸収するって性質をそのまま利用しました」


 わざわざ一度豚脂に香りを吸着させ精油を作るのではなく、茶葉にも似たような性質があるのだし、豚脂の代わりに直接香りを吸収させてはどうかと考え試してみた。

 結果、これが大成功。

 おかげで、かなりの時間短縮が出来るようになった。

 他の花で試したことはないが、恐らく茉莉花は香りが強いから出来たのだろう。

 箱の中で、茶葉と花を交互に数段重ねたものを置いておけば、あっという間だった。しかも、直接花が茶葉に触れていることもあって、精油の時よりも早く香りが移っていた。


「そういうわけで、生産量も確保できそうなんです」

「良かったですぅ」


 鄒鈴が安堵したように胸をなで下ろしていた。

 しかし、一つ解決したらまた別のことが気になり始めたのか、鄒鈴は扉の外に立つ人影に目を向ける


「随伴の内侍官の方も一緒に飲まれたらいいのにぃ……もったいないですぅ」


 今までも何度か一緒に茶を飲まないかと、李陶花などが彼に声をかけてくれているのだが、未だに断られ続けていた。

 いつも部屋の外に衛兵よろしく立っているのだ。


「実は僕、内侍省の方々に警戒されているようで……恐らく、だからあまり関わらないようにしてるんじゃないですかね」

「月英様を警戒? どうしてでしょう?」

「万里を太医院に取ったようなもんですしね」


 あはは、と月英は苦笑した。

 以前とは違い、随伴役の内侍官も毎回違う人がつく。

 その誰もが、月英とは必要最低限の会話しかしないかった。喋ったら洗脳されるとでも思われているのかもしれない。

 百華園に入るときに、随伴の内侍官は札を入り口の衛兵に見せるのだが、「その札って何が書いてあるんですか」って聞いても「文字」としか教えてくれなかった。

 だから何の文字なんだか。


「ああ、そうそう。名を聞いて思い出しましたが……」


 茶を飲んでいた亞妃が、相変わらずの淑やかな声で月英に顔を向ける。

 だが、その瞳は先ほどまでと打って変わって全く笑っていない。


「もう一人の香療師はちゃんと仕事はなさっているのですか?」

「ぁえっ!?」


 まさかの話題に、思わず声が裏返る。


「あの、一言余計なやぶへび男は」


 これで分かるのもどうかと思うが、誰を指しているのか分かってしまった。

 月英の視線が亞妃から逃げるように、宙空を彷徨う。


「お話を聞く限り、この移香茶の件は月英様単独でやられている様子ですが?」

「ギクリ」


「わたし、口でギクリって言う方初めて見ましたぁ」と空気を読まずに呑気に言う鄒鈴の口を、李陶花りとうか明敬めいけいが手で塞いだ。


「まあ、きっとやぶへび男が悪いのでしょうが」

「いえ、そんなことは……」

「いいえ、悪いのはあの男です。絶対に月英様は悪くありませんわ」

「亞妃様の依怙贔屓えこひいきがすご……もがっ」


 言いかけた明敬の口を李陶花と鄒鈴の手が塞ぐ。


「……僕がちゃんと話さなかったのが悪いんです」

「人には話せることとそうでないことがありますもの」

「本当はもう決心が付いてて、話したいんですけどね。でも……すれ違ってばっかりです」


 あまりの間の悪さに、呆れて自分でも笑いが漏れてしまう。


「時は何も解決しませんわ、月英様。解決するときは何かしらの行動があってこそですもの」


 彼女がいつのことを言っているのか心当たりがある月英は、今自分がこうして諭される立場になってしまったことに、ははと思わず空笑いが出た。


「リィ様の言葉は重いや」


 ふっと亞妃は微笑んだ。


「ただ覚えていてくださいませ。わたくしはどのようなことがあろうとも、月英様の味方ですから。あなた様がいてくださったおかげで、今のわたくしがありますから」

「ありがとうございます、リィ様。元気が出ました」

「月英様の気持ちが少しでも楽になったのなら良かったですわ。わたくし……月英様のことがその……好きですから」

「僕もリィ様のことが大好きですよ」

「まあ、恐ろしい鈍感ですこ……もごっ」


 明敬と鄒鈴が李陶花の口を手で塞ぐ。


 月英は、しばし亞妃と笑みを交わしあった。

 そういえば、と妙に部屋が静かなことに二人して侍女達の方を向けば、部屋の片隅に変な像が建立されていた。


「……面白い侍女達ですね」

「……ええ、全くですわ」

 



       ◆◆◆




 月英が茶心堂に茉莉花の茶葉を届けた後――。


「さて、茉莉花茶か。これは忙しくなりそうだぞ」


 鄒央が気合いに腕をまくったときだった。


「こんにちは、荷物を受け取りに来ました」

「やあ、いらっしゃい――って、おや。見ない顔だね、新人かい?」


 入り口にはいつもの配達人の青年ではなく、もう少し年上で体格の良い男が立っていた。


「ああ、今までの者が、今回長駆荷の引き受けをしたもので、しばらくは空いている者たちでこちらを担当することになったんですよ」

「そうかい、よろしくね」


 男はがたいの良さに似合わない、子犬のような人懐こい笑みで「よろしくお願いします」と首を上下させた。


「ちょうどさっき新しい茶葉が入ったばかりでね。今度は茉莉花なんだ。これがまた良い香りでね」


 鄒王は茉莉花の茶葉が入った包みを受付台の上に並べては、記載してある宛先を一つずつ読み上げる。

 そうして確認が終わると、男へと丁寧な手つきで渡した。


「それじゃあ頼んだよ」

「ええ、任せてください」


 男は、背負った籠に包みを入れると、また人懐こい笑顔をひっさげ茶心堂を出て行った。




        ◆◆◆





「さて、そろそろ本気で万里に話さないと、いつまででも話す機会が巡ってこないや」


 これ以上機会を逃し続ければ、きっとお互い一生わだかまりを抱えたまま、何も言えなく、そして聞けなくなってしまう。

 大方、どこで何をしているかの予想はついている。というか、豪亮が時折やってきては医薬房の様子を伝えてくれていた。


「迎えに行かなきゃな」


 そうして、月英が香療房ではなく医薬房へと足を向けた時だった。

 ドタドタと重い足音をさせながらやってきた衛兵達に取り囲まれたのは。


「えっ! えぇ!? な、ななな何!?」


 物々しい格好の衛兵達の中から、官吏が姿を現し声を張り上げた。


「太医院香療師、陽月英! その身柄を拘束する!」


 驚きに声を上げる暇もなく、月英は衛兵達によってあっという間に拘束されてしまった。



――――――――――――――


いよいよ明日単行本②巻が発売になります!

(早いところでは既に本屋さんにならんでいるとか…)

②巻は心温まるストーリーを、これまたこずみっく先生が素敵なイラストで飾ってくださっております。


どうぞ本屋さんやネットで見つけた際は、買い物カゴに入れてレジへゴーしていただけますととても嬉しく思います。

よろしくお願いします。

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