1-4 新たな仕事と問題事
「確かに最初は躊躇う人が多いでしょう。でも、そこは
鄒鈴は己の華奢な腕を自信満々に叩いて見せた。
ペンッと可愛らしい音がしていたが、彼女の輝くような満面の笑みを見れば頼もしく思えるから不思議だ。
それに、ここまで力説されれば正直悪い気はしない。香療術が認められたみたいで嬉しかった。
「月英様、いかがでしょうか。わたくしとしましても、この移香茶はもっと多くの人に飲んでほしいと思うのです」
亞妃が卓に置かれていた移香茶を手に取り、香りを堪能するように鼻を近づける。
「きっとわたくしのように、お茶の温かさと……この香りに心を救われる方もいるでしょうから」
確かに、これは月英にとっても願ったり叶ったりの状況なのかもしれない。
元より国中に香療術を広めるのが月英の目標である。
しかし、香療術を広めるにはまず、香療術の知識を持った人手も精油も相当に必要になるのだが、現状そのどちらも不足しており、王宮内で使用するだけでやっとであった。
とても王都や他の邑にまで、と言える状況ではない。
それを思えば、今回の鄒鈴の話は渡りに船なのかもしれない。
いきなり香療術を広めるより、茶という民の生活に紐付いたものからの方が、受け入れてもらいやすいだろう。
移香茶は精油さえあれば大量生産できる。
しかも、普段通りお茶を淹れるだけで良く、特別な技もいらず誰でも楽しめる。
精油と比べて使い方も単純で管理も楽な上、なにより移香茶には特別な効能がないため、月英の手から離れても安心なのだ。
「鄒鈴さん」
「はい、月英さま」
「お金はいりません。茶葉を用意していただければ作りますよ」
「それはつまり……!」
「ええ、どうか移香茶を広めてください」
「やったぁ! 商売繁盛――じゃなかった、ありがとうございます月英さまぁ!」
何やらたくましい商魂が垣間見えた気がしたが、何にせよとても良い機会をもらえた気がする。
――移香茶で皆が笑顔になって、それで少しずつでも香療術について知ってもらえたらいいな……。
こうして香療房の新たな仕事として、茶心堂へ移香茶の茶葉を届けることが加わった。
◆◆◆
さて、良いことがあれば困ったこともあるというもの。
「うぅ……戻らなきゃ仕事はできないけど、戻ったら仕事ができなくなるかもしれない」
下手をすれば、国が滅ぶかもしれない。
なんという状況だ。
同じ香療房に勤める香療師である万里。月英が香療師であるかぎり、絶対に逃げられない存在である。
「結構怒ってたもんなあ……逃げるように出てきちゃったし、さらに怒ってそうだよ」
それでも月英の足は、無事に香療房へと到着してしまった。
開け放たれていた扉から中を確認すれば、しっかりと万里がいる。
そこでまず最初に月英がやったことと言えば、入り口を塞がれないように扉の前に陣取るということ。
「た、ただいまぁ……」
「おう」
恐る恐る声をかけてみた。が、もう万里が迫ってくる様子はなかった。作業台に向かいながら淡泊な返事があったのみ。
ただ何か言いたそうにチラと横目を向けられた。
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