1-3 それはまさに宇宙猫

「あぁ、そうでしたぁ! それでですね、月英さま!」


 思い出したように手をパンと鳴らした鄒鈴の声が、部屋に響き渡った。

 どうやら李陶花の説教は終わったようだ。いや、終わらせるために声を上げたようだ。

 話を聞いてくれとばかりの懇願の目を、鄒鈴が月英に向けていた。


「移香茶の件ですが、ぜひうちで茶葉を扱わせてほしいんですよ」

「えっと、まず『うちで扱う』ってどういう意味なんでしょう?」

「実は、鄒鈴のご実家は茶葉の卸売商なんですの」


 首をひねった月英の疑問に、亞妃がさりげなく答えてくれる。

 気がつけば、袖にあった亞妃の手はいつの間にか離れていた。何か言いたいことがあったのではと目で問うてみるも、亞妃は微笑を浮かべ微かに首を傾げるのみ。


 ――大したことじゃなかったのかな。


 月英も特に追求するようなことはせず、鄒鈴の話に耳を傾ける。


「そうなんです。ちゃしんどうって言いまして、父で六代目になる王都ではちょっとは名の知れた茶商なんですよぅ」


 誇らしそうにえっへんと胸を張る鄒鈴。


「それは凄いですね。僕も一度飲んでみたいもんですね」

「有名な茶屋や甘味処にも卸してます!」


 鄒鈴の胸を張る角度がさらに増す。

 自慢なのだろうが、彼女にはどこか憎めない愛嬌があった。


「私の好きな甘味処のお茶も鄒鈴の家のだったようで……世間って狭いものですよね」

「へえ、李陶花さんも甘いものが好きなんですね。僕も好きなんですよ」


 失礼ながら、涼しげな薄顔で厳格な雰囲気を持つ李陶花は、甘い物よりも辛い物の方が好きかと思っていた。

 やはり、甘い物は万民共通の正義である。


「うちは兄妹揃って甘い物に目がないんです」

「それは一緒に甘味処に行けて良いですね」


 誰かと食べる甘味は確かに美味しい。

 月英には兄弟はいないが、いつも一緒に頬張ってくれる父と保護者はいて、やはり一人で食べるよりも美味しかった。


「それでですね、この素敵な移香茶を、ここだけで楽しむのはもったいないと思うんですよぅ」


 再び脱線しかけた話を、鄒鈴が声を大きくして引き寄せる。


「ふふ、移香茶を一口飲んだ時の鄒鈴の顔は、今思い出しても面白いわ」

「ええ。猫が香物を嗅いだ時みたいな顔してましたもんね」


 思い出し笑いに眉を下げた亞妃に追い打ちをかけるように明敬が言葉を挟めば、亞妃の笑いが一層濃くなる。

 ひくひくと身体全体を震わせ、目尻には涙まで浮かべている。

 一体、鄒鈴はどのような反応をしたのか。ぜひとも見たかった。

 そこで鄒鈴が咳払いした。


「わ、わたしの反応は良いとしてですね……とにかく! こんなに素敵なお茶なんですから、絶対王都でもすぐに人気になりますってぇ。もちろん、タダでなんて言いませんから、どうかこのお茶を扱わせてください」

「でも、香りのついたお茶なんて受け入れてもらえますかねえ?」


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