1-2 香療師への依頼②

 亞妃には三人の侍女がつけられている。

 月英が彼女達を見たのはこれが初めてではない。

 亞妃の心を癒やすために芙蓉宮を訪ねていた時に、何度も会っている。

 しかしその時は、亞妃の部屋まで案内すると彼女たちはすぐに別室へと引っ込んでしまい、会話らしい会話すらしたことがなかった。

 だから、まさかいつも目礼のみで静々と下がっていた侍女達が、これほどに賑やかだとは思いもしなかった。


「驚かれましたでしょう、月英様」


 月英の様子を見ていた亞妃が、クスクスと肩を揺らしていた。


「ええ……びっくりです。随分と宮の雰囲気が明るくなったなあと……」


 月英は隣で座る亞妃の顔をまじまじと見つめ、ふっと表情を和らげる。


「それと、リィ様がとても楽しそうだなって」


 月英を見上げた亞妃は一瞬笑いを引っ込め目を瞬かせると、次には苦笑を漏らしていた。


「そうなのです。実は、以前よりも毎日が楽しいんですの」


 腕に絡む薄紅色の袖を淑やかな手つきで撫でる亞妃の表情は、穏やかそのものだ。


「……色々と……本当に色々お話ししたのです。好きなものや嫌いなもの、教えてほしいことやしてほしくないことを、わたくしのこの口で、言葉で、彼女達に伝えたのです」


 彼女は自分の思いを告げることを怖がっていた。

 それで疎まれたらどうしよう、と。

 しかし、勇気を出した亞妃に侍女は応えてくれたのだろう。

 こうして四人の様子を見る限り、良い関係を築けているようだ。

 それは、亞妃の髪型からも見てとれた。

 ひっつめた髪は嫌いだと言った亞妃。大きく波打った灰色の髪は、今では半分だけ結われ大半は背に流されている。


「彼女達も、どのように接して良いのか分からなかったみたいで……随分と気を遣わせていたようですわ。それも今では、侍女というより姉や妹みたいで毎日退屈しませんの」

「リィ様が心から笑えてるのなら、僕はそれが一番嬉しいですよ」

「月英様……わたくし、あなた様には感謝しきれないくらい感謝しておりますの」


 月英の袖を控えめに引き、見上げてくる亞妃。

 髪と同じ色の瞳は、朝空のように薄光し美しい。

 頬紅だろうか。ほんのりと赤く色づいた頬が亞妃の色白さを際立たせ、髪や瞳の薄色と相まって儚さを纏わせる。


「月英様……わたくし……っ」

「リィ様?」


 得も言われぬ空気の中、月英の袖を引く亞妃の力が強くなった時。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る