第三部 碧玉の男装香療師は、国を滅亡させる!?

序-1 僕のせいで!?

「なにっ! あいつが女だっただと!?」

「しかも、陛下も知っていたですって!?」

「ありえないね。僕達を騙してただなんて」


 医官達から向けられる目は、出会った頃のものよりも遙かに冷たい。


「ち、違……っ」


 やめてよ。

 そんな目で見ないで。

 違うんだって。


「女人の身で我々を欺いて働いていたとはけしからん! 牢塔にて裁きを待て!」


 御史台の官服を着た者達に両脇から腕を掴まれ、ずるずると引きずられていく。


「待って! 僕の話を聞いてよ!」


 しかし、誰も耳どころか目すら向けてくれない。

 そのまま月英は牢塔へと放り込まれた。

 そして時を同じくして、女の身であると知っても宮中で働かせ続けた燕明も罪に問われ、朝廷官達によって投獄されてしまった。

 すると、燕明がいなくなったことで、異国融和策に内心では反対していた者達が次々に声を上げ始める。その声はだんだんと大きくなり、朝廷官達は開国の断念を取り決めた。


 結果、異国融和策の象徴である亞妃は後宮より北の白国へ突き返され、その亞妃へのぞんざいな扱いに激怒した大于が、全部族を率いて萬華国に攻め入り、萬華国は戦火に包まれ民は逃げ惑い国は阿鼻叫喚の地獄絵図で――。






 

「――ぼぼぼぼ僕のせいで萬華国が滅んじゃう!!」


 月英がガバッと勢いよく上体を起こせば、目に入ってきた景色は牢塔の薄暗い石壁でもなく、阿鼻叫喚の地獄絵図でもなく、毎日見ている自分家のひびが入った土壁だった。


「あ……なんだ夢か」


 額を手で拭うと、汗で濡れていた。


「あははは、僕ってばなんて馬鹿な夢みてんだろ。ありえないってば」


 しかし、ほっと安心したのも束の間。


「……いや…………いやいやいやいや」


 この夢が正夢になる可能性があることを思い出す。

 拭ったばかりの額が再び、じわりと湿り気を帯び始める。


「――っどうしよう! 絶対ばれたよね!? 絶対気づいてるよねアレ! 昨日の万里のあの叫びはそういう意味でしょ!?」


 胸を触られた。しっかりと。

 油断してさらしを緩めていた胸を。

 それで叫ばれたし、こちらも叫んだ。

 そのまま月英は逃げるようにして家へと帰ってきたのだが。


「あああああああああああ! きっと今日には衛兵が僕を捕まえにくるんだ! 国家なんたら罪とかで僕は死刑になるんだ!!」


 身を隠すように掛布をバサッと被り、丸まった月英。

 月英はその日、ずっと丸くなって震えながら一日を過ごした。

 翌日、藩季からもらった干し棗で飢えをしのぎながら過ごす。

 しかし――。


「……来ない」


 もしかしたら家が分からないのかもしれない。

 下民区は路地などあってないようなもので複雑だ。

 今、様子見で外に出るのは危険である。

 もう一日待ってみた。

 しかし――。


「……やっぱり来ない」


 もう三日目だ。

 万里が当日ではなく翌日に御史台に駆け込んでいても、そろそろ音沙汰くらいはあって良いはずなのに。


「あれ?」


 のそのそと掛布の中から這い出て正座する月英。その首は傾いている。


「もしかしてこれって――」


 月英が一つの結論に至ろうとしたその瞬間。


「月英、大丈夫か!」


 家の戸を壊さんばかりに開けて、場にそぐわない眉目秀麗な男が飛び込んできた。


「え……陛下が、どうして……」


 もしかして、やはり彼も断罪され王宮から逃げてきたのでは、との考えが一瞬頭をよぎる。

 入り口に仁王立つ美丈夫――燕明と目を丸くした月英の視線が交われば、彼は飛びつかんばかりに月英の肩を掴み揺らした。


「無事か! 餓死してないか!?」

「ががが、餓死?」

「意思疎通できてるな! よし!」


 いや、疎通はできていない。全くよしじゃない。

 状況が理解できていない月英を置き去りに、燕明は一人自己完結するとひしっと月英に抱きついた。


 ――あ、あれぇ……どういうこと?


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