外ー2 ほっ……

 前触れなく開けられた扉に、月英は飛び上がると一緒に椅子の陰に身を隠した。


「……何やってんだ、オマエ?」


 椅子の陰で身を丸めている月英を、万里は片眉を跳ね上げ不審がる。


「い、いやぁ……ははっ、ちょっと落とし物を……」


 急いで胸元を閉じ何事もないように振る舞えば、万里は「あっそ」とそれ以上特に気にした様子もなかった。


 ――あっぶなぁ……。


 確かに香療房は月英専用室ではないし、職場の扉をいちいち叩く者はいないと思うのだが、それでももう少し前触れがほしい。せめて足音とか。


「万里、もう少し元気良く歩こう。先輩命令」

「先輩が今日もアホで困る」


 瞼を重くして、溜め息と一緒に房へと入って来た万里だったが、よく見ればその手には植物が鷲掴まれている。


「万里、その手にしてるものって何?」

「おう、そうだそうだ。オマエがいない時にていが来てさ、なんかオマエがほしがってた植物が咲いたから採って行けって。オマエいなかったからさ、オレが代わりに採ってきたけどこれで良かったか?」

「……廷兄って呼べばいいのに」

「呼ぶか、この歳で」


 確かに。しかし『アイツ』から『廷』へと呼び方が変わったのは、やはり前進だろう。

 万里が作業台の上に植物をバサリと置く。


「うん、これこれ。そういえば頼んでたの忘れてた。ありがとう、万里」

「今からこれを精油にすんのか?」

「そうだよ――って、じゃあ一緒に精油を作ろっか。これはげっとうって言ってね、花じゃなくて葉っぱから精油を作るんだ」

「ってことは、水蒸気蒸留法ってやつか」

「正解! じゃあ早速準備していこう」


 二人して花をむしったり、竈に火をいれたりと着々と準備していく。

 やはり人手が二倍になると単純に作業も早くなるし、その点はありがたかった。

「なあ、これって――」という万里の呼び声に、月英は彼の脇からその手元を覗き込む。燕明がいたら「距離感!」と騒いでいただろうが、彼が何かに気付くような素振りはない。


 ――ほーら、やっぱり大丈夫だよ。


 心配しすぎなのだ、燕明は。

 月英は桶を手にして入り口へと向かった。


「じゃあ、僕は井戸から水を汲んでくるから、器具の組み立てよろしく」


 とは言いつつやはり気になるのか、月英は歩きながらも、チラチラと振り返っては万里の手元に目を向けている。


「うーい――って、バカ! 前見ろ!」


 気怠げに返事をした万里であったが、月英に顔を向けた瞬間、予想できた災難に声を上げた。


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