外ー1 ひんッ!?

「ひぃぃ、やっと解放されたぁ……あ、足が……」


 月英は、ほうほうの体で香療房に辿り着くと、どっかと椅子に腰を下ろした。

 燕明から、実に長々とした説教をもらってしまった。

 やれ自覚が足りないだの、やれ対人関係の距離感を学べだのと。

 しかし、そんなことを言われても困る。


 同じ職場で働く者達なのだからどうしても距離は近くなるし、性別についてはむしろバレる気配さえない。

 心配無用である。

 燕明は新たに万里が香療師になったことで、香療房に男女が二人きりになってしまうという点を心配しているようだったが、どういう思考をすれば心配など生まれるのだろうか。

 一緒に白国まで旅して寝食を共にしているのだから、今更のような気もするが。


「あれ? そういえば万里ってばどこに行ったんだろ」


 房の中には月英以外に人の気配はない。

 まあ、どうせ厠とかだろう。


「にしても、香療師が二人か……」


 同じ空間に、自分以外の温度があるというのも久しぶりである。

 香療房ができて分かれてからも、時折医官達はやって来てくれていたのだが、やはり時にはあの騒がしさが恋しかったりもした。


「まあ、悪くはないかな」


 きっと、これから少しずつ香療師も増えていくのだろう。

 このがらんとした房も、医薬房のように少しずつ賑やかになっていくはずだ。


「そっか……もう僕一人だけの場所じゃないんだ」


 それを嬉しく思うと同時に、少しだけ惜しく感じる気持ちもあった。

 確かに一人の時間は寂しくもあったが、宮廷内で息抜きができる貴重な時間でもあった。


「まあ、医薬房時代に戻っただけと思えば、それまでだけどさ」


 一度、解放感を知った後では惜しくもなるというもの。

 月英はふと思い立ったように腰を上げると、房の入り口から顔だけ覗かせ、キョロキョロと辺りを確認する。

 そうして誰も訪ねてくる気配がないと分かると、ピシャリと香療房の扉を閉めた。


「ちょっとくらい大丈夫、大丈夫」


 月英は医官服の胸元を開き、中のさらしを緩めた。

 汗ばんだ肌に触れた空気がヒヤリとして心地良い。

 視線を胸元に落とせば、ささやかな膨らみがある。

 それは、自分が女であるという証し。


「……これが亞妃様とかだったら、大変だったろうな」


 月英は亞妃の豊かな胸元を思い出し、嘆息した。

 身体は月英よりも小さいというのに、しっかりと女人であることが伝わる体つきであった。

 燕明は、万里が性別に感づくことを心配していたようだが、内侍官であった彼は、亞妃のようないかにもな女人ばかり見ていたのだから、まさかこんなひょろっこいのを同じ女人とは思いもしないだろう。


「お、戻って来てたんだ」

「――ひんッ!?」



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