終ー11 それぞれの進む道
ただでさえ春廷と似た青年が来たことで皆ざわめいていたというのに、彼の配属先が分かると、どよめきとなって一気に房は騒がしくなった。
「~~っこれかぁ」
月英は、やられたとばかりに額を叩いた。
呆気にとられ口を開けっぱなしにしていれば、万里の視線が月英に向く。
何やら口の動きだけで言っている様子。
「ん? えっと何々……『あ』『ほ』『づ』『ら』」
アホ面。
「おのれ――っ、馬鹿万里ィィィィィッ!!」
月英は跳ぶようにして、彼の真っ新な浅葱色に掴み掛かった。
「初日からシワッシワになってしまえぇぇぇぇ!!」
方々から「猿が出たぞ!」「仕返しが地味だ!」と医官達が慌てて、万里の首元を絞めにかかっていた月英を引き離す。
月英から解放された万里は、首元の医官服をシワシワにしたまま楽しそうに大口を開けていた。
『楽しみは寝て待ってて』と春廷に言われたが、はたしてこれは楽しみと呼んでも良いのだろうか。
「まあ、これからよろしくな、月英先輩」
万里はやはり、意地悪そうに口端をつり上げて笑うのだった。
「こんな後輩いらん!」
一人きりで静かだった香療房も、少しだけ賑やかになりそうだ。
朝っぱらからギャアギャアと騒がしい太医院。
こと半年くらい前から、一気にその騒がしさは増したように思われる。
開いた扉からは房の中の様子が丸見えで、小さいのが中くらいのに掴み掛かっては、威勢良く暴れ回っていた。それを医官達が手慣れた様子で止めに入ったり、周りで笑いながら見守っていたりしている。
その様子を、太医院の外から眺める者が一人――。
「どうしました、呂内侍?」
外朝へと向かう途中、突然足を止めた呂阡に内侍官が声を掛ける。
呂阡は、顔を正面へと戻すと「いいえ」とだけ答えて、止めた足を動かそうとした。
その時、「月英距離かぁぁぁぁぁん!」と聞き覚えのある声が、太医院の方から聞こえてきた。
再び視線をやれば、ちょうど燕明が皇帝にあるまじき速度で、太医院に駆け込んでいくところであった。
その後ろを付き従うように疾走する者は、彼の側近中の側近である藩季だろう。「面白すぎます燕明様!」と、謎に肩を痙攣させながらも全速力を保つ姿は、実に器用である。
二人が太医院に駆け込めば、賑やかさはさらに加速する。
「うわっ、騒々しい。いつにも増して太医院はうるさいですね」
内侍官が片耳を押さえながら、太医院に眇めた目を向けていた。
呂阡は鼻で笑って返事をする。
「全くですね。さあ、行きますよ。こううるさくては敵いません」
今度こそ呂阡は足を進めた。
背後へと遠ざかる喧騒。時折混じる誰かの笑い声。
「――実にお似合いですよ」
ぽつりと呟いた呂阡の口元は、ほんの少しだけ弧を描いていた。
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