終-2 同一人物?
彼女達は地面に驚きの目を向けており、そこにはぶっすりと一本の矢が刺さっている。
「え……矢?」
まさかの矢である。
「ちょっと、何すんのよ!」
「あんた、私達に危害を加えようっていうの!?」
「いや、あの……」
侍女達は月英が投げたと思っているようだが、当然、月英も驚きに目を丸くしている側である。
月英はまさかとは思いつつも、矢が飛んできた方――門の内側へと目を向けた。
そこで月英は更に目を丸くすることとなる。
「申し訳ありません。鼠という声が聞こえた気がして……」
芙蓉宮の真正面で、大弓を手にした亞妃がにこやかな顔をして立っているのだ。
万里の「まじかよ」という唖然とした呟きが聞こえた。同感である。
「せっかく弓が手に入ったので、腕が鈍らないようにと練習をしていたのですが……驚いて手元が狂ってしまいましたわ」
手に持っているものと、あまりにも乖離したまろやかな嬌声。
亞妃は、至極申し訳なさそうに溜め息をついていたが、矢をつがえる手は止まらない。
月英の視線で、侍女達は矢がどこから飛来したか分かったのだろう。困惑に顔を蒼白にして、「え」やら「あ」やらと言葉にならないようだった。
やばいと思ったのか、彼女達は互いに身体を寄せ合いながら、ジワジワと後退している。
「やはり腕が鈍っていますわ。これでは、まだまだ練習が必要ですわね」
弓がキリキリと引き絞られ、矢が真っ直ぐに侍女達に向いた。
「それで、どこですの…………鼠は?」
それがトドメだった。
「い、いやあああああッ!」
「スミマセェェェェン!?」
侍女達は互いを押し飛ばすと、先を争うようにして芙蓉宮の前から逃げ去る。綺麗な襦裙が乱れるのも気にせず、品のない悲鳴を上げながら先の角に消えていった。
侍女達のあまりの慌てぶりを見て、またも亞妃は予想外の反応を見せる。
「あらまあ……鼠みたいな逃げ方ですこと」
矢を射た張本人とは思えない、まるで『今日は魚料理なのね』くらいの軽い口調に、黙って見ていた万里がとうとう噴き出した。
「ふはっ! ま、まじかよ……っはははは、すっげ!」
「あら、わたくし、何か笑われるような事をしまして?」
「いえいえ、女は怖いなと……人の世の妙味をしみじみと感じただけですよ」
確かに、この間までの様子からは、絶対にこの姿は想像できない。
月英も、画から出てきたような異国のお姫様が、まさか身の丈ほどある大弓を引けるとは思ってもみなかった。
「どうやら、お姫様はすっかり変わられたようで……」
安心しましたよ、と万里は見直したとばかりに片眉を上げた。
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