終ー1 あ! 君達はいつぞやの…

 亞妃に呼ばれ、月英と万里が芙蓉宮を囲う壁の門扉を開けたときだった。

 背に、カナ声の嘲弄が掛けられたのは。


「あら、やだぁもう……まだ鼠が出るなんて」

「暫く見なかったから、てっきりいなくなったものと思っていたのに、ねぇ?」


 振り向けば、実に既視感のある光景――袂で口元を隠したいつぞやの侍女達が、隠す気のない嘲りを口にしながら、芙蓉宮の門前を通り過ぎようとしていた。

 侍女達は月英の視線に気付くと、顎を上げて明らかな侮蔑の視線を向けた。


 それにしても、中々に度胸のある侍女達である。

 確か、以前彼女達は鼠は『二匹』だと言っていたはずだ――月英と亞妃だと。

 今、彼女達の目の前には後宮妃である亞妃の住まう宮があり、門扉も開いている状態だというのに。よくもこんなに堂々と陰口を叩けるものである。


「よっぽど馬鹿なのかな?」

「おい……っていうより、聞かれても問題ないって思ってんだろうな」

「なるほど、舐めてるわけだ」

「とりあえず、敵に回すと厄介だから無視しとけ。行くぞ」


 ほら、と万里は先に門扉をくぐる。

 月英も後をついてくぐろうとすれば、それをあしらわれたとでも取ったのだろう。侍女達は一瞬悔しそうな顔をした後、声を一段と大きくする。


「そういえばぁ、この宮の妃妾様ってどうやら病んでるらしいわよ」

「あらぁ、お可哀想。でしたら無理なさらないで、さっさと北の奥地に帰ればよろしいのに。そういえば、鼠って寒さに強いんだったかしら」


 さすがにこれにはカチンと来た。


「すみませんが、その下品な口を閉じていただけませんかね。正直不快でして」

「おい、無視しろって……!」


 万里がやめろと腕を掴むのも構わず、月英は宮に入りかけた足を引き戻し、彼女達を睨み付ける。

 たちまち侍女達は色めき立った。

 口を慍色に尖らせ、眉間をこれでもかと顰めている。


「あらぁ、どこで喋ろうと私達の勝手でしょう? どちらかと言えば、あなた達の方が百華園ここでは部外者だというのに」

「内侍官ならともかく、医官ごときに喋る場所まで指図される覚えはないわ。それに、私達のどこが下品なのか教えてほしいものだわ。ただ単にさっき鼠を見たから、話題に出しただけなのに」


 すると侍女の一人が「ああ」と、満面の笑みで手を打った。


「もしかして、ご自分のことだと思われましたぁ」


 侍女達はクスクスと勝ち誇ったように、月英に嗤笑を向けた。

 月英達を対象としているのは明らかだというのに、揚げ足を取って逃げようとする、その姑息さがまた腹立たしい。


「そうやってまた――!」


 月英が声を荒げようとした刹那、横を高速の何かが通り過ぎた。


「キャアァ!?」

「ひゃんっ!」


 月英が「え」と怪訝に声を上げるよりも、侍女達が悲鳴を上げる方が先だった。

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