4-15 父親と保護者と②

 弱肉強食の世界で生きる白土の民ならば、強大な萬華国を作り上げてきた先代達は凄いとみるところだが、大于は今の皇帝――ひいては今の萬華国の方が好ましかった。


「しかし、彼らのおかげで我らが家族の命は救われた。救ったところで見返りはなく、むしろ下手をすれば、その身すら危ういといった状況だったというのに」


 月英達からの報告で、燕明もその件については知っていた。


「我が国の医官は優秀だろう? 医官としても、人としても」


 眉を上げて得意気に微笑む燕明に、大于も素直に頷く。


「その医術知識もさることながら、学ぶべきところが多かった。何よりその馬鹿な行動が、我が娘の為であると知れば、私はもう嫌いになれぬよ」


 誰をとは、大于は口にしなかった。その臣下達を、その臣下の行動を許した皇帝を、その皇帝を玉座につけた者達を――と、この状況を為しているのは、一つではないのだから。


「我ら白土の民は、家族を最も大事にする。たとえ血の繋がりはなかろうとも、義で繋がればそれは家族だ」


 互いに視線を交わす。

 黒と灰色の瞳が、同じ高さで交わる日が来るとは、誰が予想できただろうか。

 やおらに、大于は己の親指に歯を立てた。

 ブチッと皮膚が裂ける音がして、指の腹から血が滴り大于の唇を汚す。


「――萬華王、義を交わせるか」


 ぬらりと赤く光る親指が、燕明に向けられた。

 その意味は、説明されずとも理解できる。

 燕明は自らの親指を口に運ぼうとした。


「言っておくが、これを交わさなくとも、私が何かしら態度を変えることはない」


 再考を促すような大于の言葉に、しかし、一旦止めた指を、燕明は躊躇いなく噛み千切った。

 そして、驚きに目を大きく見開いている大于の親指に、自分の親指を押し付ける。


「烏牙石耶殿、若いからといって舐められては困る。これでも私はあなたと同じく、萬華の民の王だ」


 下から見上げるようにして向けられた勝ち気な顔に、大于はふと鼻から息を漏らした。

 確かにこの国は変わりはじめていた。

 かの小さな医官が言ったように、この皇帝は今までとは違うのかもしれない。

 もし、この王の優しさのせいで萬華国は弱くなったと揶揄され、戦火が及ぶことがあれば、誰よりも真っ先に駆け付けようと大于は心の中で強く誓った。

「本当、この国の行く先が楽しみだ」



 

 

 この会談により、萬華国と狄は朝貢関係ではなく、正式に対等国として国交を結ぶ運びとなった。

 そしてこの時、調印誓約の証しとして萬華国から狄に贈られたものがある。

 北の地には『狄』改め、『白国ツァスト』という国号が燕明より贈られた。

 燕明がどのような想いを込めて、白国という名を贈ったのかは詳しく語られてはいない。ただ彼はとある医官が持って帰ってきた、袋いっぱいの真っ白な花を殊更に気に入っていたという。


『希望の花』という名の、小さな白い花を。


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