4-13 皇帝、仕事します
燕明は、久方ぶりに見る大于の大きさに、たじろぎを覚えずにはいられなかった。
しかし、そこは東覇の皇帝。
感情の揺らぎなどおくびも見せず、顔には余裕の笑みを湛え、威儀を全身に纏わせる。
「遠くから足を運んでもらってかたじけない、烏牙石耶殿」
「なに、我々は駆けることには慣れておりますのでな。この程度の距離、気になさいますな、華陛下」
先華殿の一室で、燕明と大于は相対していた。
最後にまみえたのは、燕明の即位式の時。その時は、それぞれの立ち位置が上と下に分かたれていたため、これ程に近くで顔を合わせるのは初めてであった。
燕明が手で席を勧めれば、大于はその類い稀なる巨躯を椅子に落ち着ける。
他の者が座ると、ちょうどかそれよりも一回り大きく見える椅子も、大于にかかれば、まるで幼児椅子のようになってしまう。狭い場所に尻をねじ込ませて申し訳なく思いながら、燕明は早速に、彼に見合う椅子を誂えておく算段を頭の中で立てる。
どうせこれから先、このような機会は増えるのだから。
大于は「さて」と話題を切り出した。
「いただきました書簡には、我々と国交を結びたいと記してありましたが……
既に萬華国と狄の間には、朝貢関係ではあるが国交はある。
しかし、燕明が敢えて書簡に『国交』という言葉を使い、『結びたい』などと、現状と反するような書き方をしたのは、その言葉が今までとは違う意味を持つからに他ならない。
「我々を属国ではなく対等国としてみる――そのように捉えて、よろしいのですかな」
燕明の真意を探るように、大于の瞳の奥で氷刃がひらめいた。
この強圧な眼光だけで腰を抜かすものもいるだろう。
しかし、正面からその眼光を浴びても燕明の表情は些かも崩れない。
そのことには、当の大于も僅かながらの感心を覚えていた。自分の息子よりも年若だというのに、実に堂に入った統治者っぷりである。頂に座る者は、決して下の者に動揺を悟られてはならないということを、この年で理解し会得しているとは、と大于は口端をつり上げた。
「当然だ。むしろ私は今までの非礼を詫びたくある。ただ我が国が、少しばかり先に豊かになっただけのことだ。それで他国を下に置いて良い道理などなかったというのに」
「お互い様でしょう。我々も『狄』と呼ばれるのに、すっかり慣れてしまっておりましたからな……内心はどうであれ」
大于の笑みは崩れない。
しかし、付け足された大于の言葉に、燕明の眉宇は曇った。
「ですが、それに抗わなかったのも我らの事実。つまり、この朝貢関係はお互い様の結果なのですよ」
大于の瞳から、ふっと鋭さが消えた。新たな自分の妃となった彼女と同じ灰色の瞳が、穏やかに見つめてくる。
燕明が「では!」と声を明るくすれば、卓の上で組まれていた大于の岩のような手が、ぬっと燕明の前に差し出された。
「我ら北の地に壁はありません。我らも、ちょうど南の壁を煩わしく思っていたところです」
燕明は躊躇わずに、差し出された手を両手で強く握った。
「これからは共に歩んでいこう、烏牙石耶殿」
「対等ということで、もう尊称はつかわんぞ、萬華王」
突然の砕けた口調と不敵な笑みを受け、燕明は「もちろんだとも」と破顔した。
「烏牙石耶殿には、その方が似合う」
大于は皮膚が硬くなった皺だらけの自分の手と、燕明のはりのあるきめ細やかな手を見比べた。それは、違っていても手は取り合える、と言っているようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます