4-12 最後まで世話がやけるよね

 月英は、目の前で「はぁ」とこれ見よがしの溜め息をつく。

 てっきり、北に行った勢いのまま解決するかと思えば。

 万里と春廷のすれ違いは、今なお継続中であった。


「僕にはちゃんと言えたじゃん! それと同じ事を全部春廷に言えば良いんだって。一緒に北に行くって言ったときの、あの勢いはどうしたの!? 春廷を引き留めたときの君のあの懸命さはどうしたんだよ!」

「あっ、ぁあぁぁあれは! そ、それこそ勢いっていうか……異国に行ってちょっと気持ちが昂ぶってたっていうか……」

「はぁーっ! なっさけない!」


 溜め息を通り越したただの叫びを受けても、万里は珍しく月英に反論しなかった。恐らく自分でも、その不甲斐なさを分かっているのだろう。

 机に頬をつけ、すっかりと臆病風を吹かせている。


「オレだって、オマエの言葉やあのお姫様の姿を見て、変わらなきゃって思ったのは確かなんだよ。いつまでも膝抱えてないで前を向かないとって……でも、いざ顔を見るとさ、こう……ここまでは出てくんだけど、なんか……まあ、あれだよ」

「どれだよ」

「……そんな冷たくすんなって」


 どの口が言っているのか。

 初対面で碧い瞳を見て、「変なの」と鼻で嗤った者と、本当に同一人物なのだろうか。北の地ですり替えられている可能性が浮上してきた。

 それは良いとして、いつまでも彼のウダウダに付き合う気はない。

 月英は、竈に火を入れると湯を沸かし始めた。


「分かった。取り敢えず、お茶は淹れてあげるよ」


 茶壺に茶葉を入れ、沸騰した湯を注ぐ。


「その茶葉って、お姫様用につくったやつ?」

「これは違うよ」

「そっか……しっかし、まさか精油ってのが、あんな大量な花からちょっとしかできないなんてな。しかも、移香茶は作るのに時間もかかるし。結構手間暇が掛かる術なんだな」


 一緒に亞妃の茶を作ったときの事を、思い出しているのだろう。

 万里は視線を斜め上に飛ばしながら、「アレは鍋の蓋」「コレは精油瓶」と、房の中に置かれた精油作りの道具を指さし、ブツブツと確認している。

 一度一緒に作っただけなのだが、手順までしっかりと覚えているようだ。さすがはと言ったところか。


「さあ、できたよ」


 コトリ、と万里の前に茶を置く。


「それを飲んだら、さっさと向こうに行ってよね。君がいると僕がくつろげない」

「はあ? 茶くらい、オレがいても飲めるだろ」

「君と違って僕は繊細なの」

「多分それ、オレが知ってる繊細じゃない。極太は、繊細とは読まないんだぞ?」

「さっさと飲め!」


 どっかと万里の向かいに腰を下ろし、月英は自分用に淹れた茶に口を付けた。眉間に寄っていた皺が、徐々に開かれる。

 その様子を見ていた万里も、出された茶に手を付ける。

 そして、一口飲めば――


「――っん!」


 万里は驚きに目を瞠り、すぐさま月英に顔を向けた。

 しかし、月英は外を眺めながら、平然として茶を飲み続けている。


「おい……まさかこの茶葉――」

「北はあんなに寒かったのに、こっちはすっかり春だよねぇ」


 独り言のような言い方だったが、その声は万里にしっかりと聞こえるくらいには大きい。


「やっぱり春って言ったら、すももだよねぇ。内朝にもいっぱい咲いてるし」


 ハハ、と万里は笑った――わざとらしすぎるだろう、と。

 淹れられた茶は、ただの茶ではなく移香茶。

 そして香りは、何度も彼女の幻影を映しては溜め息をついた庭木――李の花。


「……ったく、いつの間にこんなもの作ったんだよ」


 月英は素知らぬふりして、また茶をすすっていた。

 万里は残りの茶を一気に飲み干すと、茶器を勢いよく卓に置いた。コンッと一つ、気持ちを切り替える合図のような音が響く。

「ごちそうさん」と席を立った万里は、房の入り口へと足を向けた。


「あ、そうだ……実家のさ、庭にも李の木があるんだけど……今度花見にでも来いよ」


 出て行く直前に足を止めた万里は、振り返らずそれだけを言うと、走るようにして隣の房へと駆けて行った。

 足音が遠くなる。

 隣の房が、騒がしくなった気配がした。


「全く……世話が焼ける兄弟だね」


 実は朝礼時に、同じ茶葉を先に春廷には渡していたのだが。さて、彼も飲んでくれているだろうか。

 たっぷりと二人して悪いものも良いものも、何でも吐き出してくれればと思う。今の二人ならきっと互いの言葉を受け止められるだろうから。


「ん、良い香り」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る