4-11 これで万事解決……?

「ちげぇよ! ……あんまりお姫様と仲良くするんじゃねえぞ」

「うわ、性格悪っ」


 急に亞妃から引き離すように腕を引っ張られ、ボソボソと小声で耳打ちをされたのだが、その内容に月英は軽蔑の眼差しを向けた。


「バッカ!? ここは陛下の後宮で、お姫様は陛下の妃妾なんだよ。本来なら手すら握ったらダメなんだよ。今までは、まあ、あれ……だったから安心させるためには仕方ないって大目に見てたけどよ。陛下以上に親密になるのはダメなんだよ」

「あ……あーなるほど……そーなるよねー」


 万里が、あーだこーだと懸命に正しい後宮妃との距離感という、内侍官に伝わる秘技を教えてくれている中、月英は生中な相槌を打ちながら視線を横に滑らせる。

 何となく後ろめたい気持ちだった。

 女とバレてはいけないと気遣ってはいたものの、男として扱われるような事もほぼほぼなかった為、すっかり忘れていた。

 周囲からは、亞妃との関係は『異性』に映るのだということを。


「こ、これからは気を付けるよ」

「いーや、オマエの気を付けるは信用ならない。この間の態度だって――」

「はあ!? 何でわざわざ今それを持ち出すかなあ! それじゃあ万里だって――」


 この際にと万里の不平不満が溢れ出せば、月英も反撃とばかりに騒ぎ出す。

 すっかり場所を忘れてうるさくしている二人であったが、亞妃は怒るでもなく、二人の姿を目を細めて眺めていた。

 そうして手にした弓に視線を落とすと、微笑を深めポツリと呟く。


「……さよならを言わなくて……良かった」


 窓の外に見える景色は、白土とは似ても似つかない。

 しかしこの地も、あの空も、全ては繋がっている。遠い遠い白土の地まで。

 目を閉じれば、馬蹄の響きが聞こえてくる。


 何度、袖を引いただろう。

 何度、逞しい腕に囲われ駆けただろう。

 何度、その大きな背中を見上げただろう。


 だが、もう袖を引くことはない。


「――もう、わたくしは大丈夫ですわ。お父様」


 亞妃は萬華の空に向かって笑みを送った。

 ここで新たな待雪草スノードロップを見つけたのだから、と背後の騒がしさに苦笑しながら。



 

        ◆




 無事に亞妃を笑顔にすることができ、香療房に戻って来た月英はほっと一息をついた。


「疲れたし、お茶でも飲んでゆっくりしようかな――って思ってたのに……何で君までいるんだよ……」


「万里」と、月英は我が物顔で椅子に座っている男に重い目を向けた。

 しかも、飄々と「茶飲むんならオレのも」などとほざいている。偉そうに脚なんか組んで。草汁を全身に塗りたくってやろうか。


「いや、っていうか間違ってるでしょ」

「何がだよ」

「来る房」


 指で彼がを示してやれば、ピタと万里の動きが止まる。しかし、目だけは忙しなく右へ左へと絶賛迷子中。

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