4-7 父親というものは
『脚の不自由なあの子が別の部族へ嫁げば、苦労は目に見えていた。琅牙族にいても自分の身の置き場に苦痛を抱いていたのに、どうして他の部族にやれる。では同じ部族内でとお主らは思いそうだが、白土では族長の子は同部族内では結婚できん。不公平を招く理由になってしまう』
『それじゃあ、亞妃様をどうするつもりだったんです!?』
『私がリィの一生を背負って生きていくつもりだったのだ』
『でも、それって……』
いつしか必ず別れがくる。
その時、一人になった彼女はどうするのか。
月英が濁した言葉の先を察したのだろう、大于は小さく頷いた。
『母親は一番下の娘を産んで亡くなった。そして、私もあの子よりきっと先に逝く。だが、リィには琅牙族という家族が残る。生まれた頃より時間を共にした者達は、たとえあの子が一人になろうと、絶対に見捨てはしない。当然、皆の者もこれについては承知している。誰か一人があの子を守るのではなく、琅牙族全体で守っていくものだと』
『そんな優しさの中にあって、どうして亞妃様は、居場所がないだなんて思ったんでしょうか』
『あの子も、立派に白土の民だからなあ……』
染み入るように、大于が呟いた。
困ったように片眉だけが下がってはいるが、同時に口は弧を描き、誇らしそうでもある。
『私に似て剛気なのだよ。自分で立てる存在でありたかったのだろうな。ただ守られるだけの自分を、あの子自身が許せなかったのさ』
そういえば、彼女は周囲の優しさが惨めになると言っていた。
それだけ彼女は、己一人で立てないことを悔しく、不甲斐なく思っていたのだろう。強くあろうとするも、成せない自分という理想と現実との差異に苦しんで。
『あの子は皆に好かれている。優しく、強く、そして……ほんの少し、甘ったれだ』
そう言う大于の声に、叱責の色はなかった。
聞いている者が胸を鷲掴まれるような、甘く、嬉しそうな、慈愛に満ちた声。
『強すぎる者には誰も手を差し伸べん。差し伸べることが侮辱ととられかねないからな。だが、リィには皆、喜んで手を差し伸べる。それはあの子の本性が、『強』ではなく『優』にあるからだ』
月英には、大于の言葉がよく分かる気がした。
亞妃と知り合ってそれほど長い時を過ごしたわけではない。しかしそれでも月英は、亞妃の根本が優しいということを充分に理解していた。
彼女は優しいが故に強いのだ。
理想とする姿になりたいのは、全て誰かを想ってなのだ。
部族の枷になりたくない、北と萬華国との架け橋になりたい――それを優しさと言わずして何だと言うのか。
だからこそ、亞妃が自身の理想とする自分であろうと、己の過去まで切り捨て進もうとする姿はどうしても見過ごせなかった。
『だから、僕が今ここにいるんですね』
月英も亞妃の強い優しさに手を差し伸べたくだった一人だ。
おそらく、万里もそうだろう。後宮の女が嫌いと、あれだけ亞妃の不調はただのわがままで、もう訪ねなくて良いと口では否定の言葉を吐き続けていたのだ。
それなのに彼は、一度も月英の随伴からは逃げなかった。誰かと交替するなり、訪ねても、早めに切り上げさせることもできただろうに、文句を言いつつも最後まで勤め上げた。
彼女の姿を見て、何かしら感じるものがあったのだろう。
だとすると、大于は亞妃の萬華国での様子を知って、どう思うのだろうか。
そこまで愛している娘が、心の病を抱える結果になってしまったのなら、やはり入宮を取り消したいと思うのではないか。
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