4-6 どうして
月英と万里は顔を見合わせると、二人して肩をすくめて苦笑した。
クツクツと喉を鳴らして渋るようにして笑う万里に、亞妃は少々頬を膨らませる。
「それ、お姫様のお父様ですよ」
え、と亞妃は頬から空気を抜いた。
そして月英に確かめるように、丸々とした目を向ける。
「大于さんです」
「大于……」
それは、皆が彼を呼ぶ時の彼の名。
それは、亞妃が隣で一番聞いた父の名。
「亞妃様、もう一つ贈り物があります……というより、ある人から預かってきました。亞妃様に渡してほしいと」
そこで亞妃は、ずっと入り口に立てかけられていた大きな袋の存在を思い出す。それは今日、万里が背に携えてきた謎の袋。
一切話題に上がらないので、すっかり亞妃も忘れていたのだが。
「しっかりと、その意味を噛み締めてくださいよ。お姫様」
「どういう意味ですの?」
万里は答えず、ずるい笑みを浮かべ亞妃へと袋を手渡した。
怪訝に眉を顰めつつも受け取った亞妃は、ズシリとした予想外の重みに驚く。
革紐でしっかりと縛られた袋の口をほどき、中にあったものを露わにした瞬間、亞妃は声も息すらも失ってしまった。
袋がめくれるようにして出てきたそれは――
「――弓……ですわ」
しかも、ただの弓ではない。
「これはお父様の……っ、どうして……どうしてこのような物がここに!? だってこれは、わたくし達白土の民にとっては命と同じくらい大切なもので――っ」
袋には、弓弦がまだ張られていない弓と矢が収められていた。
亞妃が引くには随分と大きいし、なにより
それは彼女が言ったとおり、大于の弓。
星が飛ぶように、亞妃は目をチカチカさせて弓を隅々まで見つめ、そして一度は引っ込んでいた涙を、ぽろ、と落とした。
亞妃は、月英にも万里にも何も聞かなかった。
二人も何も言わなかった。
亞妃は、自分の背丈ほどもある弓を、愛おしそうにただただ抱き締めていた。
やはり、彼の言った通り言葉はいらなかったようだ。
自分には持ち得ない『家族の絆』というものに、僅かながらの羨望を覚え、月英はその時のことを思い出していた。
◆
言わなくても良いことかもしれない。
他人の口から聞くことではないかもしれない。
しかし、二人が直接言葉を交わす機会はもう来ないかもしれないと思えば、このまますれ違ったままでいて良いはずがなかった。
『大于さん、実は亞妃様は――』
月英は、亞妃が今回の輿入れで抱いた思いや、北の地でどのように思い過ごしてきたのかを話した。
そして今、それらの過去全てを捨てようとしていることも。
大于は最後まで口を挟まず、静かに月英の話を聞いていた。
そして全てを聞き終わったとき、彼の口には真一文字の線が引かれていた。
『……リィが、部族を居づらく思っていることには気付いていた。だから、私は萬華国の開国を知って、すぐにあの子の輿入れを決めたのだ』
『亞妃様は、自分は脚が不自由で部族では役立たずだから嫁がされた、と言っていましたが』
『私含め、誰一人としてそんなことは思っていない。貰い手がなかったのは、私が全て断っていたからだ』
『え、そうだったんですか!? どうして、そんなことを……』
そのせいで、亞妃は自分が求められない存在だと、思い込むはめになったのだが。
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