4-5 移香茶

 すっかり嗚咽も聞こえなくなり、今はスンスンと鼻をすする可愛らしい音だけになっている。

「すみません、落ち着きましたわ」と、小声で呟いた亞妃は、少し照れくさそうにしていた。


「――しかし、このお茶はどのように作られたのです。待雪草スノードロップはお茶にできるような葉ではなかったはずですが」

「これ、茶葉自体は普通の萬華国の茶葉なんですよ」


「これが」と亞妃は首を傾げる。


「こちらへ来て飲んだお茶で、このような香りのお茶はありませんでしたが」


 もう一度亞妃は茶を口に含み、そしてやはり首を傾げた。

 心なしか、彼女の態度から飾り気が落ちたような気がする。表情もどことなくスッキリとしている。


「茶葉は萬華国のなんですが、そこに待雪草の香りをつけたんですよ」

「そのような事ができるのですか!?」

「はい、移香茶と言います」

「い、こう……?」


 クス、と月英は笑って作り方を説明する。


「茶葉に香りをつける方法は実は二つあるんですが、一つは精油を直接、乾燥させた茶葉に吹きかける方法。ただこれは、直接精油を口にいれる事にもなるんで僕は使いません」

「精油は口にしてはいけない、ということですか?」

「そうですね。どのくらいの量でどのような影響が現れるか分からないんで、口にしないことが一番です」

「では、こちらのお茶は、もう一つの方法で香り付けを?」


 月英は頷いた。


「精油を直接茶葉に吹きかけるのではなく、『香り』だけを茶葉に移すんですよ。箱に乾燥茶葉と精油の入った小皿を入れたら、蓋をして数日待ちます。茶葉には匂いを吸う性質があるので、それを使って香りを移すんです。だから実はこのお茶には、芳香浴のような植物特有の効能はないんですよねえ」

「そのようにして作られたお茶なのですね」

「数日かけてできるのは、ただの良い香りがするだけの茶なんだよな」

「だけとは失礼な! まあ、その通りではあるけど」


 確かに、この茶を飲んだからと言って腰痛が治るわけでもないし、情緒不安定に効くというわけでもない。ただの良い香りの茶。

 すると、「そんなことはありませんわ」と亞妃が声を僅かに強めた。

 彼女は茶器に注がれた薄緑に鼻を近づけると、立ち上る香気を深く吸う。


「決してお茶だけでは、このように懐かしい気持ちになれませんでしたもの」


 目を閉じ、心地良さそうに口元を綻ばせた亞妃。


「もう……二度と望めぬものだと思っておりました。香りだけでも白土を感じられ、とても幸せですわ」


 ありがとう、と亞妃は初めて穏やかな笑みを見せた。


「それにしても、偶然でもよくこの花を見つけられましたね。これは白土の奥にしか咲かない花なのですが」

「実は偶然じゃないんですよ。この花のところまで案内してくれた人がいるんですよ」

「まあ、そのような優しい方が。どこの部族でしょうか」

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