2-13 計画通り

 燕明の私室のあるりゅうかんきゅうを挟んで、太医院と反対に位置する内侍省に月英が向かっていると、見覚えのある青年がちょうどこちらに向かってきていた。


「ちょうど良かった! おーい、万里ー!」


 手を振りながら駆け寄る月英に気付いた万里は、口角を下げた。


「……なんだよ」

「あのさ、もし亞妃様に香療術をとか頼まれたら、悪いけど暫くは訪ねられないって断ってくれないかな」

「何でだよ」

「僕、暫く太医院を空けるからさ。春廷と一緒に」


 万里は、月英が最後に付け加えた言葉にピクリと反応を示した。が、もう声を荒げることはない。


「空けるって……どのくらい……どこに行くってんだよ」


 興味ないといった様子で視線は逸らされているが、足元に視線を落とせば、万里のつま先は忙しなく地面を叩いていた。


「狄に行こうと思うんだ」


 万里の目がクワッと見開かれる。


「なんだってそんな場所に……っ!? もしかして、あのお姫様のためか?」

「自分のため、かな。もう陛下の許しももらってる。開国はしたっていうけど、やっぱりまだ危険性はあるみたいで、目立たないようにって数人だけの旅になるんだ。僕と春廷と……あと一人はまだ決めてないけど……」

「ア、アイツもなんだな」

「うん、自分から言ってきたよ。新しい医術の発展に繋がる何かが得られるかもしれないからって」


 月英が俯いた。

 二人の間に、何とも言えぬ閑寂とした空気が流れる。


「万が一さ……万が一だけど、ここに帰れなくなるかもしれないから……会えて良かったよ。ほら、君とは少なからず関わりはあったから。それに、亞妃様への伝言も頼めたし」


 月英の顔が上がれば、万里はビクッと肩を微動させた。

 困ったように笑う月英の弱々しい笑みに、万里は言葉の重みを知る。

 月英は踵を返し万里に背を向けた。


「じゃあ、もう行くね。早くもう一人探さないといけないし」

「――っま、待て! オレも行く!」


 気が付いたときには、万里は叫んでいた。

 驚きに月英が目を瞬かせる。


「え、でも……」

「行く! 待ってろ、今すぐ呂内侍に了解もらってくるから!」

「う、うん。分かった」


 待っていろと手を突き出し、反転するとあっという間に、内侍省へと走り去っていった万里。

 その背を見送りながら、月英はニヤリと口端を深く深くつり上げた。


 ――かかった。

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